007話 親衛隊長
――ウェイドア地方、森の中
次期魔王のリザに…啖呵を切った手斧のゴブリン。
その手斧のゴブリンは、怪しい動作を始めました。
「おい!!リザ様に…なんて事言うんだよ!!」
それに気付いた短剣のゴブリンは、僕達と手斧のゴブリンの間に入ると非難しました。
そして、僕に対して深々と頭を下げてくれました。
「シェルさん、本当に申し訳ない…。」
短剣のゴブリンが次の言葉を言いかけた時でした。
腰からぶら下げた袋に…手斧のゴブリンがそっと手をかけたのです。
――ザシュンッ…!!
――ビュンッ!!
森の高い木々の間に、手斧のゴブリンの首が高く舞い上がりました。
「ご主人様…。」
その瞬間を、目の当たりにしてしまったリザは放心状態でした。
「おい!!後ろ!!」
僕は向き合って立っていた短剣のゴブリンに、後ろを指差して声をかけました。
「え?シェルさん?なんです?」
首を失った手斧のゴブリンは、袋から何かを取り出すと…動かなくなりました。
「うわああああああああああああああああっ!!」
短剣のゴブリンも、首のない手斧のゴブリンの姿を見て…ただ叫び声をあげました。
――カラン…!カランッ…!
手斧のゴブリンの手から…虚しく二本の細い暗器が滑り落ちました。
「バカ野郎!!何でお前はバカなんだよ!!」
――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
首のない手斧のゴブリンの切断面からは…夥しい量の血が噴き出しています。
――ゴンッ…ゴロン…ゴロッ…
そして、高く舞い上がっていた手斧のゴブリンの首が…地面へと落下し、何度か転がって止まったのです。
――ブンッ…
急に手斧のゴブリンの首の近くに、全身革のボディスーツを身に纏った長身美女が現れました。
「魔王様に対する狼藉、目に余る!!」
――バキッ…
そう言いながら、手斧のゴブリンの首を…ヒールのある靴で踏み砕きました。
「ひっ…!!」
短剣のゴブリンは何処かへ隠れてしまいました。
――ビュンッ…
次の瞬間…美女はリザの足元に現れました。
「遅参しまして、誠に申し訳ございません…。」
そう言いながら、リザの方を向いて跪いたのです。
「あのぉ…。お姉さんはどちら様でしょうか?」
その言葉に、美女はショックを受けた様子でした。
「あは…は…。じょ、冗談ですよね…?魔王様…。」
「えっと…。私は至って本気なのですが…。」
急に、地面へ頭をガンガンと打ち付け始めました。
「あー。私、終わった。魔王様に捨てられた…。」
そんな言葉を美女はブツブツと呟きながら、地面が血だらけになっても頭を打ち付け続けておりました。
「あのっ!!ちょっと…それくらいにした方が…。」
見るに見かねて、美女に声をかけてしまいました。
「あ゛…?そうであった!!何故、旦那様でもない人間如きが…魔王様の側におるのだ!!」
良かれと思った僕の声かけは、完全に藪から蛇だったようでした。
「すみません…。このお方はですね?私の…ご、いえ。婚約者なのです!!」
僕と美女の会話に中で…ヤバそうな状況を見かねたリザが、咄嗟に口を口を挟んできてくれたのです。
「えっと…。あ、はい!!魔王様…失礼しました!!」
婚約者という言葉に対して、美女は…何か違和感があったようでしたが、一度鞘に収めたようでした。
「実はですね…?私は…魔王ではありません。申し訳ございません…。」
「またぁ…。魔王様、ご冗談を…!!いつも…なんて返せばいいか…。本当に困ってるんですよ??」
完全にリザの事を…魔王として、この美女は会話しているように聞こえました。
「本当に…私は魔王ではありません!!ほら…?私の右目…潰れてますよね?ただ、調べていただいた話では、私は…魔王の継承順位第一位だそうですよ?」
「え…。そ、その目は…どうなさったのですか?!」
もしかしたら、リズが右目をわざと瞑っているだけと思っていたのでしょうか。
「私が…奴隷として売られ、各地を転々としていた頃です。ある男性と奴隷契約させられました。その男性から、毎日のように乱暴された結果…右目を潰されてしまいました。」
「なっ…?!なんて事!!その男、この私が…許しません!!」
リザが美女に向かい、首を大きく横に振りました。
「もういいんです…。関わりたくありません。」
そう言われてしまい、美女は…深くため息をつきました。
「でも、良かったぁ…。貴女が魔王様だったら本当に、色々とマズかったです…。先程、継承順位第一位って仰いましたよね?」
「はい…。確かに…そうお伝えしました。」
「長い間、所在不明のままなのですが…今、継承順位第一位を巡って大騒動が起きておりまして…。」
そもそも、リザは幼い頃…人間の子に擬態させられ、何処かへ捨てられたはずです。所在不明は、魔王側が追跡しなかった責任が大きいと思います。
「継承順位第一位の方が…所在不明なのですか?そのお方のお名前は何と言うのでしょうか…?」
「はい。事情を説明させていただきます。最近まで…継承順位第一位は、双子の男子リザルヴェイダでした。ところが…魔王の継承者を巡る、派閥同士の争いに巻き込まれ…誅殺されました。その為、第二位で…双子の女子リザルヴェイナが第一位に繰り上がったのです。ところが、第二位のリザルヴェイナは最後の砦で保険だった為、人間の治める領内に、人間の幼児として捨て隠されのです。」
最後の砦で保険なのに、人間の領内へと捨てて隠すと言う考えが…全く理解出来ませんでした。
獅子の子の育て方とは、毛色が違う気がします。
「では、私は…別人かもしれません。きっと…小さな頃、誰かが言っていたのを…幼心に覚えていたようです。」
リザは今までの話を…覆す返事を美女にしました。
「全く…貴女は、何を仰いますか…。魔王様に…こんなにも、似ておられるお方は…二人とおりませんよ?」
やれやれと言う表情で美女はリザを見ております。
「そんなに…?!私は…魔王に似ているのでしょうか?」
「はいっ!右目さえあれば…魔王様とは一見すると見分けがつかないと思います。強いて言えば、頭の角の大きさくらいですね。だって…普段、魔王様のお供をさせて頂いております側近の私ですら…貴女を魔王様と間違えたくらいですからね?」
それなら…この美女が開口一番、魔王様とリザを呼んだのも頷けます。
先に遭遇のゴブリンも同じ反応をしていました。
「あの…魔王は、女性なのでしょうか?」
「はい!!女性であり、貴女のたった一人のお母様であり、魔王様です!!」
この美女の様子から見ても、リザは魔王の娘という事で確定だと思います。
現在の魔王が女性だった事には驚きました。
「魔王は…女性だったのですね?!でも、私の母かどうか…実際会うまでは分からないです…。」
「いやいや…もう無理がありますって…!!強情な所も…魔王様にそっくり…。」
確かに…リザは芯が強く、考えを曲げない傾向にあるのですが、魔王も同じとは…この美女は苦労させられている気がします。
「本当の事、お伝えしますね?こちらのお方は…私のご主人様で、治療師のシェルディス=ルシェイです。そして、私は…その奴隷のリザルヴェイナです。」
「ルシェイを名乗る治療師…。なるほど…。何と言う因縁でしょうかね…。申し遅れました…私、魔王様の親衛隊長をさせて頂いております、アヴァルシェと申します。実は…魔王様から、お前は死んでも構わないから…娘のリザルヴェイナを探せ!と言われておりまして…。心底困り果てておりました。」
――パキッ…
地面に落ちた木や枝を踏み折る音が聞こえました。
「そこのお前!!この話を聞いておいて、どこへ行くつもりだ?答えよ!!」
「いや…私は、別にどこにも。ただ、シェルさんが…祠に行きたいと申しておりましたので…。」
そう言えば、そうでした。
手斧のゴブリンの暴走に始まり…アヴァルシェの乱入で、すっかり僕達の目的を見失う所でした。