006話 ゴブリン遭遇
――ウェイドア地方、森の中
ここは、英雄ウェイドアの子孫が治める領内です。
とは言え、この森は都市から遠く離れていました。
僕はリザだけを連れ、村を旅立ちました。
祖父母から、ウェイドア地方の森の中に、祖先にゆかりの場所があると教えられたからです。
村を出る際に、リザは母から…ボンネットのような帽子を渡されました。
魔王へ覚醒し始めたリザの頭に生えた、特徴的な漆黒の可愛らしい巻き角を…覆い隠す為の帽子でした。
これから、英雄側の領内で捜索活動をするのです。
そんな場所で、魔王を始めとした魔族の特徴とも言える…リザの頭に生えた角が英雄側に見つかれば命取りです。
恐らく…その場で交戦することになるでしょう。
リザに為、帽子を用意してくれた…母の思いやりに、僕は本当に感謝しかありません。
「ご主人様?見つかりませんね…。」
「そうだねぇ…。本当に現存するのかなぁ?」
歯が殆どなかった時のほうが…リザの喋り方が可愛らしかったとは、口が裂けても言えません。
今はただ…知性的な喋り方の隻眼の美少女でした。
「もう、僕達…何日森の中に居るんだろうね?」
ウェイドア地方の森は思った以上に広大でした。
その森の中で、どこかさえ不明なゆかりの場所を探すのは、至難の業に思えてきました。
「私、ご主人様と…一緒に居られて嬉しいです♡」
「うん。僕も…リザと一緒に居られるし、良いんだけどね?」
夜は、僕の張る結界の中で、二人身を寄せ…寝袋の中で眠っていました。
ですので、強大な力が結界にぶつかる事がない限り、安全に過ごせます。
――ガサ…ガサ…
「ご主人様?!あそこの茂みから音がします。」
確かに…何者かが居ることは分かりました。
動物などは、純粋な為…魔王が居ることが察知できるようで、全く近寄ってきませんでした。
これまで、人型の生き物とは全く遭遇してきませんでしたので、何が出てくるか少しだけ…楽しみでした。
――ガサッ…ガサガサガサッ!!
――バッ…!!
「おい!!そこの男っ!!大人しくその女を置いていけ!!」
「早くしろ!!とっとと、女をこっちに渡せ!!」
鬱蒼としている茂みから飛び出してきたのは、二匹のゴブリンでした。
リザの事をただの女だと思って、僕達を襲撃してきたようです。
一人は短剣を、一人は手斧を持ち、僕達の方へと刃を向けておりました。
「お前達こそ、とっととここから立ち去れ!!後世に及んで後悔する事になるぞ?」
リザを次期魔王という事に気付かず、刃を向けるような狼藉者は…惨たらしい最期がお似合いです。
「ゴブリンさん?」
リザはゴブリン達の元へ、自ら歩み寄りました。
「へへへ!!分かってるじゃねぇか!!」
「お前、たっぷり可愛がってやるぞ?」
今度は…ゴブリン達の目線にあわせるように、リザは屈んだのです。
「これ、なーんだ?」
すると、リザは…被っていたボンネットを、ゴブリン達の前で脱いでみせたのです。
「あ…。」
先程まで、あれだけ威勢の良かったゴブリン達が、急に静かになりました。
――カランッ…
一人のゴブリンの手から、リズに向けていた短剣が地面に落ちました。
「お…。」
――ドサッ…
もう一人のゴブリンも、短剣が落ちたのを見て…慌てて手斧を地面へと放りました。
「ゴブリンさーん?」
目線を合わせてリズはゴブリンに手を振りました。
「すみません!!」
短剣を持っていたゴブリンがリザに向かって、頭を下げました。
――バシッ…!!
「バカ!!頭が高いんだよ!!申し訳ございませんでした!!」
手斧のゴブリンは、短剣のゴブリンの頭を叩くと、リザの方を向いて地面に額をつけ、必死に謝ってきました。
「あのぉ…ゴブリンさん?この辺りで…人間に関する古い言い伝えとか、場所とか知りませんか?」
僕が思っているよりも遥かに…リザは、賢いのかもしれません。
今の自分の立場をしっかりと利用しておりました。
「言い伝え…ですか?そう言えば、遥か昔に人間が建てたと言われている祠があります!!」
短剣のゴブリンがリザに向かいそう言いました。
「では、ゴブリンさん?私とこの者を…そこまで案内して頂けますか?」
リザの言葉に、少し困ったような表情を…短剣のゴブリンは見せました。
「ま、魔王様…。その祠の近くまでなら…私どもでご案内させて頂きます。ですが、祠のある場所は、最近人間が棲みついておりまして…。」
短剣のゴブリンがリザの事を、魔王と呼びました。
リザも僕も何も言っていないはずでした。
「分かりました。ゴブリンさん達に案内していただくのは、そこまでで構いません。あと…。」
「あと…?」
リザが何か言いたげに喋るのをやめました。
すると、短剣のゴブリンは…不安げな表情を見せました。
「そこのゴブリンさん?何か悪い事…してます?」
手斧のゴブリンが地面に額をつけた状態でした。
「喰らえっ!!」
急に…手斧のゴブリンが、顔をあげ叫びました。
「おい!!やめろ!!」
気付いた短剣のゴブリンは制止しようとしました。
「もう遅いっ!!」
――シュッ!!
制止を振り切った手斧のゴブリンの手から、キラリと光るものが…僕に向けて放たれました。
「ダメええええっ…!!」
リザは、その射線へ飛び出しました。
ですが、既に通過した後だったのです。
僕までの距離あと数十センチまで迫っていました。
「よしっ!!イケるぞ!!死ねっ!!」
――パサッ…
僕の前で木の葉が落ちる様に、それは落ちました。
地面には…細長い暗器の一種が転がっております。
「そこのゴブリン!!治療師のこの僕を、見くびってもらったら困るな?」
「なんでお前、こんなバカな真似したんだよ!!」
確かに…。
短剣のゴブリンの方は、リザを案内する気でいたと思います。
「そこにおわす魔王様は…その人間の奴隷にされてしまっているんだぞ??殺して強制的に奴隷契約を解除しようと思ったんだ!!」
なるほど…。
そういう理由であれば…今回のような事が起きても、おかしくありません。
「ゴブリンさん、私の為に…一肌脱いでくれたんですね?本当にごめんなさい。私…散々と酷い目に遭っていた所を、ご主人様に助けて頂いたのです。それに…ご主人様とは、婚約しているのですよ?」
「ほら見ろ!!魔王様が治療師様に向ける優しい眼差し見れば、分かるだろ?それに…見ろよ?同じ印の治療師様だぞ?」
同じ印の治療師?
外套の左胸部分に施された家紋の事でしょうか?
「まず、この子の名前はリザ。継承順位一位の次期魔王だ。次に僕は、シェルディス=ルシェイ。シェルでいい。治療師をしている。なぁ?印とは、これの事か?」
良いタイミングでした。
僕はゴブリン達に向かい、リザの紹介を先に行った後で、自分の紹介をしました。
その勢いのまま、外套の家紋を指差すと…ゴブリン達に問いかけました。
「リザ様。重ね重ねのご無礼お許しください…。」
「こんな狼藉が…魔族のどなたかの耳にでも入った日には、我々の棲むこのテリトリーは…消えてなくなるでしょう…。本当に申し訳ございませんでした…。」
神妙な面持ちで二匹のゴブリン達は、リザに頭を下げておりました。
「あなた達??ご主人様に謝りなさい!!狼藉を働いた上、謝罪しないとは失礼です!!あなた達の出方によっては…魔族に遭った際、報告することも辞さないですよ??」
怒った姿をリザと出逢ってから一度も見た事がなかったので、凄く新鮮な光景で…しかも、僕の気持ちもスカッとする展開で心躍りました。
「人間になど、頭を下げるくらいなら死ねと言われてる!!俺は無理だ!!」
手斧のゴブリンは、悪びれる素振りもせず…啖呵を切りました。