005話 祖先の日記
――村ルシェイ、領主の屋敷
僕は今、ルシェイ家に伝わる…祖先達の書物や日記、魔法の教本等、様々な書き物が所蔵されている書庫へ、リザと共に来ていました。
「この部屋のどこに…祖先の書いた日記があるんだろうね?」
様々な巻き物や書物が、書庫の机や棚の上に無数に置かれていました。一見しても…どれが祖先の書いたとされる読めない日記か、見つける術を僕は持ち得ていませんでした。
「リザ?一度戻って、クォルスお母様に…どんな日記なのか聞いてこようか…?」
「ごひゅぢんひゃま?これ?」
リザは…手に持った書物を僕に見せてきました。
「全く読めない…。多分これだ!!リザ…?よく分かったね?凄いよ!!」
その書物の表紙には…何かの文字で数箇所書かれておりました。
少し前まで、僕は…どんな種族の奴隷にも会話が出来るようにと、魔族の言葉を学んでいたのです。なので、祖先の読めない日記も読めてしまうのではと…たかを括っておりました。
「えと、『あいひゅるあなたへ』?!ごひゅぢんひゃま!?」
「リザ!?読めるのか?!」
まず、リザが文字を読めたことに驚きましたが、それ以上に…『愛するあなたへ』という言葉が気になってしまいました。
「はい♡わたひ、よめまひゅ!!もっと、よむ?」
「うん!!リザ、頼む!!」
今日まで奴隷として生きてきた…リザが読めるとなると、魔王が使う文字なのでしょうか?
「えと、『あいひぇる、るひぇい、より、あいをこめて』…。ごひゅぢんひゃま?るひぇい!ひょひぇん?」
「『アイシェル=ルシェイより愛を込めて』?」
「はい♡ごひゅぢんひゃま?わたひ、ひゅわる!」
僕の腿をリザは手で叩くと、その上に座りたいという仕草をしてきました。恐らくですが、リザには…この日記が、愛を綴ったものに見えたようです。好きな相手と一緒に読みたくなったということでしょうか?
「分かった分かった!『掃除』!!ほら?僕の上、座っていいよ?」
床が埃だらけだったので、座る部分だけ魔法で綺麗にしました。
「ひつれいひまーひゅ♡」
読めない日記こと…祖先の日記を持ったリザが、胡座をかいた僕の脚の上へと…腰をおろしました。
「ごひゅぢんひゃま♡だいひゅき♡」
「僕も、リザのこと大好きだよ?」
「うれひい♡もっと、よむ?」
「頼むよ。」
リザは、日記の表紙をめくりました。
すると…そこには『描画』魔法で精巧に描かれた、仲睦まじい男女の姿の挿し絵がありました。
「ごひゅぢんひゃま?これ、まおう!」
「えっ!?」
その挿し絵の男女をよく見ると…男性の方はリザのように角が生えておりました。
「まさか…。」
女性の方は、魔王討伐に同行したとされる、祖先が身につけていたペンダントに酷似した物を、身につけておりました。
「この二人、今の…僕とリザみたいだね。」
「うん♡ごひゅぢんひゃま、わたひ。」
まさか…祖先が当時の魔王と懇意だったなんて、運命的なものを僕は感じました。
それに、祖先が女性だったとは…初耳です。
子孫の僕達には、祖先の特徴については…全く伝えられてきておりませんでした。
「ごひゅぢんひゃま…?もっと、よむ?」
「うん!!もっと…祖先について知りたいんだ。」
リザが挿し絵の頁を捲ると、日記のようでした。
「『こんなことになるなんて。かれをひんようひた、わたひがばかでひた。』かなひい…。」
それから、日記はこう続きました。
『彼は、私と貴方との関係を皆にバラすと脅してきました。』
『だから…私は、彼に…皆にバラさないよう、頭を下げました。』
『そうしたら、彼は…私が貴方と別れれば、関係をバラさないと言ってきたんです。』
『私にとって、貴方は…この世界で一番大切な存在です。』
『なので…少しの間だけ、偽りのお別れをしようと思います。』
『ほとぼりが冷めた頃に、貴方にしか読めない日記を送ります。』
『そして、また…いつもの場所でお逢いしましょう。』
『早く、貴方の子供を抱ける日を夢見て。』
『愛しています。』
『アイシェル=ルシェイ。』
書物や日記と称して、実は手紙の代わりだったのでしょう。しかも、魔王と祖先しか読めない言葉で書き綴れば、解読される危険性はないのです。
この日記は恐らく…魔王宛に出すつもりが、出すことが叶わなかった日記なのでしょう。
「これ、なに?えっと…『もしも、このにっきを…あなたいがいのかたが、よんでいるとひゅれば…いっかいかぎりの、ちりょうまほうのひょとひて…おやくだてくだひゃい。』…。かなひい…。」
リザはそう言いながら、その後に続く…魔法を僕に教えてくれました。
「これは、古の治療魔法の書だ…。しかも部位限定でしか使えない、一番弱い魔法みたいだ。リザの身体…どこを治したい?」
「ごひゅぢんひゃま、はなひゅ。」
意外なリザの言葉に…僕はビックリしました。
「おなか治さなくていいのかい?リザは、僕との子供…欲しいのだろ?」
「わたひ、ごひゅぢんひゃま。はなひゅ!」
歯が殆どないリザは、単語でしか喋っていません。
リザにとっては、喋れないことが…相当のストレスなのかもしれません。
「一回しか使えないんだぞ?本当に…口を治すのに使ってもいいのか?」
「はい!あと、はなひゅ。」
僕は意を決めて、祖先の日記を持ちながら…古の治療魔法を唱えはじめました。
「『癒しの雫』!!」
リザの顔に一瞬ですが…光る雫が垂れたような気がしました。
ふと、開いていた祖先の日記を見ると…『癒しの雫』の記載部分の文字が消えておりました。
「どうだ?リザ?口、開けてごらん?」
「嫌、見せない!あれ…?」
明らかに、リザの言葉が明瞭になりました。
「ほら、あーんしてみろ?」
「ぷぅ…。あーん…。」
少し膨れ顔をしながらも、リザは確信があるのか…口の中を見せてくれました。
「口の中…凄く綺麗だ!歯も全部生えてるよ?」
「ホント…?!良かったぁ♡これで、ご主人様と…ちゃんとお話ができますっ♡」
しっかりとした言葉で喋るリザは…今までの可愛さを更に上回る可愛さでした。
口元も…今までは歯が殆ど無かったので、リザは手で覆ったりして喋っておりました。今も癖で、手を覆おうとするのですが、自分で気づいて慌てて手を外す仕草が…可愛いです。
「本当に良かったのか?おなか…治さなくて?」
本当に…口を治した事について、気になりました。
「はい。私がまた覚醒した時に、古の治療魔法を…覚える事が出来れば、その時、ご主人様にお教えすれば良いかなと…。」
「その頃には、リザだけになっているかも知れないよ?僕とリザは…種族が違う。だから、寿命も違うんだからね?」
ハッとした表情をして、みるみるリザの表情が暗くなっていきました。
「私…。人間じゃないのですか?!」
『状態確認』した情報を…リザに伝えておくべきだったかもしれません。明らかに僕の不手際でした。
「リザは、魔族と人間の混血なんだ…魔王の娘だからね?」
「嫌だああああっ!!私…ご主人様の子供欲しいのにいいいいっ!!うわああああああああああああああああんっ…!!」
――ガシッ!!
僕の膝の上に乗っているリザは…号泣しながら前側に崩れ落ちそうになりました。そんなリザを、僕がしっかりと抱き寄せました。
「なぁ…リザ?僕と一緒に…古の治療魔法、探しに行こうか?」
「はいっ!!行きます!!私…絶対に見つけるの!!絶対見つけて…ご主人様の子供産むの!!」
こうして、僕と…次期魔王のリザとの、古の治療魔法を探す旅が幕を開けるのでした。