96 ライブ開演前
校舎の2階に戻った僕等3人は、ここで別れることになった。
詳しくは教えてくれなかったが、藍菜と雨音の2人だけで何か行きたい場所があるらしい。
それじゃあここで、と彼女達に手を振って別れた僕は、近くの教室の壁に立てかけてある時計を見た。
10時45分―
そろそろライブのための最終調整に入らねばと軽音部の部室へと向かった。
「ああ、ちょうどよかった。ドラム運ぶの手伝ってくれない?」
軽音部の部室には、石森と丸森の2人がいて、ライブ会場である体育館に石森のドラムを運びだそうとしているところだった。
僕は部室に入り、持ち運びが手頃なハイハットを持って、バスドラムを運ぶ2人の後について行った。
体育館に入るとこんなに広かったかと感じた。ここに満員の観客が入ることを想像すると途端に緊張感が増してくる。
集会や体育の授業などで普段使っている場所だが、いざここでライブをすると考えると音響は後ろの席まで届くだろうかとか様々な思いが頭を巡る。
事前に楽器を鳴らしてチェックしておいた方がいいだろう。
結局、3人で4往復してドラムセットをステージの上まで運んだ。
体育館の時計を見ると、
11時05分―
正午を過ぎると混みそうなので、少し早めの昼食を済まそうと3人で1階の食堂に行った。
ここで僕は焼きそば1人前としゃけとおかかのおにぎり2つ、飲み物にはペットボトルのウーロン茶を買って食堂のテーブルについた。
続く丸森も似たような物を買っていた。
その後に石森が僕等の量に加え、手の平よりも大きなお好み焼きまで抱えて来た。
これから4曲もドラム演奏するからその腹ごしらえのようだ。
「いよいよだね」
3人で食べ始めるなり、石森が僕に言った。
僕はうんと軽く頷いただけだったが、それは自身の心の中にある緊張という荒波を抑えつけるためだった。
人生初のライブ―
これまで藍菜や石森、軽音部の部員達の前では何度も歌っている。
それはそうなのだが、これから数十人、いや百人規模の前でギターをかき鳴らしてマイクの前で歌う。
これは大袈裟に聞こえるかもしれないが、僕にとって1つの大きな革命を今から起こしに行くようなものだ。
「傍から見てて大変そうだな~と思っていたけど、今はなんか君らの方が羨ましい」
隣りの丸森が僕の方を向いて独り言のように呟いた。
「特に塔君なんて自分で作詞作曲して、みんなの前で歌うんだからさ、もうシンガーソングライターだよね」
ちなみに彼は、2年の多賀城さんをリーダーとしたアコギ集団の一員として最近ヒットしたJ-POPを4曲披露するんだとか。
「特にボーカルはみんなの視線を一身に浴びるね~、演奏が終わってステージ上で拍手喝采の嵐、いいなあ」
丸森が僕の腕を肘でぐいぐいと押してきた。
僕はやめろよと言いつつも、なんとか会場を盛り上げるようなパフォーマンスができれば確かに丸森の言う通りになるが、曲中に急に頭が真っ白になって歌詞が飛んだら地獄を見るなと複雑な気持ちになった。
すると急に僕等の前に石森が3等分に切り分けたお好み焼きの2切れを差し出してきた。
「やっぱり食べきれないや、2人も食べて」
僕と丸森はお互いに顔を見合わせ苦笑いした。
僕等は食事を終えると部室に戻り、各自最終練習を行った。
12時30分―
僕等はライブ会場である体育館に向かった。そして、アコギをステージ上のアンプにつなぎ、2人と館内の音響確認を行った。
少しずつ観客の生徒達が体育館に現れ始めた。
彼等の興味深そうな視線に恥ずかしさを感じながらも、ギターで適当に音を鳴らして最終チェックは終わった。