95 謎解き部 解答編
僕等は再び問題1へと戻って来た。
茜はすでに問題の答えが分かっていたようで、黒板の問題文を消すような動作をし始めた。
それがきっかけで僕にもあっと答えがひらめいた。
そうか、黒板消しも問題を解くヒントになっていたのか。
「あ~! そういうことか!」
藍菜も答えが分かったようだ。
問題1の答え
シンカンセン
続いて問題2に取り掛かった。
僕と藍菜は問題2の正答を求め、最初の問題がすぐに分かった茜の方を見た。
彼女もこちらを向くと、右手をグーにして、左手では丸を作って僕等に示した。
ああ、と僕はまたしても茜のくれたヒントで気付き、喜びのあまりつい声を上げてしまった。
「何だ。どういうことだべ」
まだ理解していない藍菜をよそに、僕は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。
学校でふいに作詞のネタが浮かんでくる時があるので、忘れずに書きとどめておくためにいつも常備しているのだ。
先ほどの茜のヒントからグーが0だから、チョキは2、パーは5だ。
僕の書き込んでいるものを藍菜が横から覗き込んでくる。
「なるほどだべ。でもこの&はどう計算するべ」
「計算しないよ。だから"足す(+)"じゃなくて"アンド(&)"なのさ」
「へっ?」
僕は自分の書いた計算メモを2人に見せた。
すると茜は大きく頷き、藍菜はあああ~と断末魔に近い声を上げながら地べたにへたり込んだ。
問題2の答え
イチゴ
0 + (2 ÷ 2) & 5 = 1 5
(&は足さないで数字を横に並べる意味で使っている)
そして難問だった最終の問題3に僕等はやってきた。
しばらく黒板とにらめっこの状態が続いたが、何のことやらやっぱり分からない。
先頭の2つの数字と名前の最初の文字だけを使うというヒントもどう使えばよいのやら。
他の参加している生徒達もこの問題の前で立ち往生していて、正解者はまだ1人も出ていないようだ。
なんとか一番乗りしたい―そう思っていたのだが……
結局僕と藍菜では埒が明かず、2人で茜にすがった。
茜はサッと自分のスマホを取り出すと、手際よく操作して何かを調べ始めた。
そして、その結果を僕等に示した。
そこには幼稚園や保育園とかの教室でお馴染みのひらがなで表記されたあかさたな表が映し出されていた。
「もしかしてこういうことだべか」
今度は僕より先に藍菜が分かったようだ。茜が表示させたままのあかさたな表の中の"と"の字を指差す。
「この表で"とうの"の"と"から上に2移動させると"つ"だべ。次の数字が0なのでそこからの移動は無し。で、その次が"くない"の"く"で前の数字が"0 0"だから移動せずに"く"のまま」
そこで僕も法則に気付き、ああっと割と大きめの声を上げた。
そして、次の"-2 2 しわ いつき"からたどり着く文字を藍菜と一緒に指でなぞった。
「"し"から-2なので"せ"。次の数字が2なので、右に2移動させると"え"に行き着く」
各名前の最初の文字を出発点とし、頭にある2つの数字の内、最初の数字は上下に移動(上が+、下が-)、2番目の数字は左右に移動(右が+、左が-)させればよいのである。
「次"-4 -4 あまね"は"の"、次は"な"、そして最後が"か"!」
茜がうんうんと頷く。
藍菜と顔を見合わせ同時に答えを発した。
問題3の答え
つくえのなか
僕と藍菜が喜んでいる傍らで茜が出口付近を指差した。
その方向を見ると、ポツンと1つだけ机が置かれてあった。
代表して僕がその机の中を覗き込むと、合格証と記載された束を発見した。
合格証には順番が振られてあって、茜、藍菜、僕と最終問題の正解が分かった順で000番、001番、002番の合格証を受け取った。
他の参加生徒もそれに続けと便乗して僕の手から合格証を受け取り始めた。
かく言う僕も茜がいなければ正解できた自信はないが。
「見ろ、このやり方だとこんなふうに全問に正解しなくても合格証が受け取れてしまう」
聞き馴染みのある声のする方を見ると、いつの間にか栗原部長と2名の謎解き部員達が立っていた。
その3人とも、おそらく栗原部長の指示で作ったものであろう雫井 詩帆の笑顔が大きくプリントされたオリジナルTシャツを着ていて、そのアイドルオタク感丸出しの出で立ちと栗原部長のまるで軍隊の隊長のような格式ばった話し方のアンバランスさが僕等を含めて周囲にただならぬ緊張感を漂わせている。
それはともかく栗原部長の先ほどの会話の内容に立ち戻ろう。
謎解き自体はとても楽しめたのだが、今回のように希望者を続々と参加させる方式だと1人が正解してしまえば、その場にいる人達全員が正解しなくても合格証を受け取れてしまう。
栗原部長はそのことを問題視しているようだ。
「ところで、君」
栗原部長は、茜の方を見た。
「よくあの問題をあんな短時間で解いたな。けっこう自信作だったんだが」
茜は直立不動のまま、うなずくことすらしない。
難聴のせいか彼の会話を聞き取れなかったのかもしれないし、あるいは雫井Tシャツを着て眼前に立ちはだかる高身長の栗原部長に恐怖に近い感情を抱いているのかもしれない。
「謎解きの才能あるんじゃないか。よかったら我が部に……」
まずい、栗原は茜を謎解き部に勧誘する気だ。茜がうちの学校の生徒じゃないことがばれてしまう。
「い、いや~、この子、緊張しやすいタイプで……向いてないと思うべ」
「クラスは? 何年の何組だ?」
藍菜が間に入ろうとするが、栗原の興味は茜の勧誘以外になさそうだ。ここは、彼の興味の対象を別のものに向けさせるしかない。
「栗原さん、さっきの正解してない人でも合格証が受け取れてしまう件ですけど、1組の参加者を入れたら各問を制限時間内に答えさせて、答えられなかったら強制退場させて次の参加者を入れるようにしたらどうですか」
こういう理詰めで矢継ぎ早に言葉を投げかけてくるタイプの人間には、こちらも1度にまくし立てて応戦するのが有効な手段だとフリースタイルラップバトルの優勝者がネット動画でしゃべっていたのを思い出したので実践してみた。
栗原部長はスイッチの切ったロボットのように瞬時にピタリと止まったかとおもったら、後ろにいる謎解き部員達の方に顔を向けた。
「そうだ、その方法なら合格証は全問解いたグループにのみ渡るようになる!」
興味の対象を変えさせることにうまいこと成功したようだ。栗原部長は指をパチンと弾いた。
「さらに言えば、正解のネタバレが拡散するのを防ぐために最後の問題だけは何パターンか用意して直ぐに切り替えられるようにしておこう」
彼はいろいろとアイディアを巡らせているようだ。ここはチャンスだと思った僕は、そっと藍菜と茜に直ちに教室から出るように手で合図を送った。
「このノートに今まで俺が作った謎解き問題をまとめてある。ここから問題をいくつかピックアップして模造紙に書き込み……」
2人が先に教室を出て、最後に僕が出ようとした時、栗原部長に呼び止められた。
「アドバイス恩にきるよ。ところで、君、どこかで会ったような……」
ええ、もちろん会ったことありますよ。5月に横浜で開催されたエウレカの握手会の会場で。でも、なんかこの場で言いたくないwww
「いえ、栗原さんと話をするのは初めてです。気のせいだと思いますよ」
僕は謎解きを体感させ、楽しませてくれた栗原部長はじめ謎解き部員達に一礼すると、この居たたまれない気持ちから早く逃がれようとすぐさま教室を後にした。