92 ゲーム同好会 続き
暗い上に身動きが取れない……
藍菜によってロッカーに満員電車のように無理矢理押し込められてしまった。
先客で対面した状態の茜とはかなり距離が近い。あと数センチ体を前に移動しただけで密着しそうだ。
彼女はマスクを着用してるが、それでも彼女の吐息の音が十分聞こえてくる。
外に出ようにも藍菜がロッカーに施錠までしてしまっていて、中から押しても扉は開かない。
2人きりで完全に閉じ込められてしまった。
このまま茜と対面したままなのも気まずいので、体を反転させることを何度も試みたが、腕が茜の体にぶつかってしまってどうもうまくいかない。
なんとか強引に行こうと試みるものの、声を発しなくても茜が痛がっているのが分かり、今の体勢を変えるのを断念した。
茜の方もなんとか体を動かすが、やっぱり無理なようだ。
しばらく静寂の時が流れた。
この姿勢のままでいるのも辛い。僕は堪らず彼女の両肩の上のスペースを見つけ、ロッカーの背面に寄り掛かるように両肘をついた。
そのままでは下半身が茜の体に接触しそうなので、上半身を折り曲げて下半身はなるべく扉方向に動かして茜に当たらないようにした。
一方の茜もたまりかねたようで、僕の右脇腹横の隙間に顔を入れ、両手で僕の背中の部分の制服を掴んで、僕に抱きついたような姿勢になった。
今気づいたが、そういえば女子とこんなに密着する経験などこれまでなかったかもしれない。
中3の文化祭で女子生徒と手を握ってフォークダンスをした時が関の山だ。
ほぼ暗闇という状況下かつ茜に抱きつかれている状態で、女の子の体ってこんなに柔らかいんだ、とか変な雑念が沸き上がってきた。
それでも終始目が前髪で隠れていて口元もマスクで隠れている異様ともいえる普段の茜の風貌を思い出して、あーいかんいかんと直ぐに我に返った。
僕には雨音がいるんだ。雨音一筋。そう自分に言い聞かせることでなんとかその場をしのいだ。
もう4,5分は経っているだろうか。外はいったいどういう状況なんだとか思っているとすたすたと靴音がしてロッカーの扉が開き、やっと光が差し込んで来た。
「おう、もう大丈夫だべ」
茜と抱き合っているようなこの状況を藍菜に見られるのは非常にまずいとすかさず後ろ向きのままロッカーから飛び降りた。
……が、茜が僕の制服を掴んでいる状態だったので、茜も僕に引きずられるように外に出てしまい、抱き合ったままのような姿を藍菜にばっちり見られてしまった。
気付いた茜はあわてて僕から離れ、恥ずかしそうに俯いた。
藍菜は特にその事には触れず、
「トラブルにはならなかったべ」
と言ってゲーム同好会の部室の方へと歩いて行った。
この準備室に来たのは幸いにも藍菜1人だけだった。
大衡やゲーム同好会の部員にあんなスキャンダラスな光景を見られなくてよかったと僕は安堵しながら彼女について行った。
「ごめんごめん。まだこのゲーム試作段階なもので」
部室には大衡に加えてもう1人いかにもゲームが好きを公言してそうな眼鏡をかけた先輩らしき部員もいた。
大衡とその先輩によると藍菜の使っていたPCが別に壊れてしまったわけではなく、キーボード上でESCボタンを押せばゲーム自体が強制終了して、また問題なく遊べるようになるとのことだった。
藍菜もまったく人騒がせなことをするなあと思いつつも、早くこの場から離れたかったので、いやー、こちらこそお邪魔しましたと言って、藍菜と茜を急かすようにそそくさと部室から出た。
そしてしばらく廊下を3人で歩いていると、
「それにしても、あんな狭いところに2人っきりで、せっかくのお楽しみを邪魔して悪かっただな」
と藍菜が悪びれた顔で頭を掻いた。
あれだけ人を振り回しておいてと僕は怒りたい気持ちになったが、茜が藍菜の腕を思いっきりバシッと代わりにやってくれたので、おかげで幾分気持ちは和らいだ。