85 夢と現実
雨音のクラスに奇跡的な大逆転で勝利することができた。
試合開始前は2,3試合ほど軽く終えたら、下校の時間まで教室でまったりしていようくらいに僕も含めクラスのみんなで思っていたのだが、さっきの僕のミラクルによりチームの団結力が強まってしまった。
中には中学で野球部に所属していた者も何人かいて、その人達を中心に休み時間もグランドでノック練習までする始末だ。
僕も不本意ながらお神輿の一番上に乗せられた状態でチームの勢いそのままに、2試合目、3試合目と勝ち進んだ。
準決勝では、優勝候補の3年のクラスと当たった。相手も最後の年だからと僕等と同じかそれ以上の熱量で試合に臨んでいた。
試合後、
「ちくしょー」
「もう少しだったー、悔しいなあ」
とクラスメイト達。
シーソーゲームの末、惜しくも1点差で負けてしまった。
そして3位決定戦。試合開始の整列時、僕の目の前にはニンマリとした顔の藍菜がいた。
1回表―後攻なので、僕はレフトの位置についた。この時点までまだ一度も僕の方に打球は飛んで来てはいなかった。
守っている時はただ立っているだけで退屈だ、などと思っている僕の頭に、再びエウレカの東京ドーム公演の続きがよぎってきた。
「それでは、すっかり恒例になりました。今月誕生日のメンバーをみんなで一緒にお祝いしましょう!」
ドーム内に大きな歓声が上がる。
「10月生まれのさっきー、はるー、かえちゃーん、前へ」
透野リーダーに呼ばれた鐘臥 咲、矢巾はるか、葛巻 楓の3人は他のにこにこ顔のメンバー達とは対照的に浮かない顔だ。
「だって、今までシンプルに誕生日を祝ってもらった人っている?」
とは鐘臥。
「せっかくの誕生日イベントがちょっとした罰ゲーム化してるよね」
矢巾の不満げなクレームに葛巻も苦笑いしながら相槌を打つ。
「やっほー、お待たせー」
「今回は大丈夫ですよ。そんなこと言わずに素直に喜んでください」
水沢 唯と小祝 陽向が一緒に満面の笑みで大きなケーキを運んで来た。
鐘臥達が警戒するのも無理はない。
先月の広島公演のもようがネット上でファンによりレポートされていた。
それによると9月が誕生日の影差りえ、喜多上 渚、延田アリサが前に出され、今回同様に大きなケーキが出て来た。
「このケーキは要注意」
喜多上が一緒にケーキが爆発するんじゃないかとおそるおそるケーキに近づいて周辺を調べるが、特に何も見つからなかった。
「待って! ろうそくを消すタイミングでも注意よ」
影差が喜多上と延田を制する。
ろうそくの火を消す時に爆発するかもしれない。3人はケーキからなるべく顔を離した状態で口から勢いよく空気を送り、ろうそくの火を消していた。
取り越し苦労かと安心し切ったところでゼンマイで動くタイプのおもちゃの1匹の子犬が3人の下へゆっくりとやって来た。
「きゃー! かわいい、わんこ」
動物好きの延田がしゃがみ込んでその子犬の頭を撫でる。
影差と喜多上もそれに倣いしゃがみ込んだところで、子犬はピタッと静止した。
「えっ?」
異変を察知した延田は子犬の頭から手を離すと、そこから大きな音とともに1発の花火が舞い上がった。
「ぎゃあー!!」
3人はアイドルらしからぬ奇声に近い叫び声を上げながら、驚いた拍子で床にしりもちをついた。
「いやーん、もぉー」
観客と他のメンバーの盛大な拍手の中、悔しそうな顔をした3人の下に"ドッキリ大成功"と書かれた垂れ幕をぶら下げたパラシュートがゆっくりと降りて来ていた、ということだった。
「早く来て一緒に頑張ったもんねー」
小祝に笑顔を向ける水沢。
「どこにドッキリが仕掛けられているか分からないわ。ケーキ以外にも気をつけて」
水沢と小祝なんか気にも留めず、鐘臥は矢巾と葛巻と一緒に周囲を見回す。
「大丈夫ですって。2人で一緒にリハーサル前から作ってたんですから」
小祝も笑顔ではあるが、口角は上がっているけれども目が笑っていない。
「あんたが大丈夫っていう時はね、決まって大丈夫じゃないの」
と矢巾。
「ちょっとちょっと2人とも。いつの間にかあたしを一番前にしないでよ。はる、運動神経のいいあなたが前に出て」
鐘臥が矢巾の背後に回り、矢巾の背中をグイグイと押す。
「ええ、ちょっと待ってくださいよぉ。一番後輩の楓に任せた」
今度は矢巾が、葛巻の背後に回る。
「やーん……ええーい、しょうがない、ままよ」
葛巻が顔を背けながらケーキやその上のろうそく、その周辺を洗いざらい手で払いながらチェックする。
それをただ黙って見守る鐘臥と矢巾。
「何も……仕掛けはないようです」
結局、葛巻が1人だけで3分くらい調べ、ケーキに問題が無いことが分かった。
「ハッピーバースデー、さっき―ちゃーん、はるーちゃーん、かえちゃーん」
透野と宮内を中心に誕生日を祝うメンバーとファン達。
「さあ、勢いよくろうそくの火を吹き消しちゃってください!」
水沢&小祝の言葉に鐘臥達3人は疑心暗鬼といった感じで顔を見合わせながらも、その後ケーキに近づいてろうそくの火をふーっと吹き消した。
「ケケケ、皆さんハッピーバースデー」
「ぎゃああー!! ケーキの中に人が!!」
3人は驚きのあまりのけぞって、やっぱり3人とも床にしりもちをついた。3人とも這いつくばった状態でよろめきながらもダッシュでケーキから離れて行った。
ケーキがむくっと起き上がり、その真ん中に人の顔が現れていた。
「会場のみなさーん、ご無沙汰してましたー」
以前学力テストに登場した石ドリアだった。
「もうっ! びっくりするじゃないの!」
鐘臥が非難するように石ドリアに向かって手で宙を払う。
「ふひぃ~、腰が抜けたかと思ったぜー」
矢巾が起き上がれずに床に四つん這いになったままでいる。
「いくら何でもやり過ぎ~」
葛巻も勘弁してといった感じで身体をゆらゆら揺らしながら石ドリアを指差す。
「まだまだあるぜい!」
石ドリアが彼の腰にある2本の紐を引っ張ると、彼の背中からドーン、ドーンと勢いよく2発の花火が上がった。
「ひゃー」
鐘臥達3人は間近で上がる花火の大きな音に今度は床に伏せた。
拍手と歓声を上げる他のメンバー達と観客達。
「はっはっはっ、最終日なので、これくらい盛大にしてみました」
ステージの奥から八幡タイヤが"ドッキリ大成功"の垂れ幕とともにやって来た。
「みなさーん、いかがでしたでしょうか。今回のドッキリはこの4人で考えてみました」
ステージの前面に立つ八幡タイヤの下に石ドリアと水沢と小祝が駆け寄り、観客に向かって4人で手を振って声援に応える。
「いつまでもやられたままで終わりにしないわよ! なぎっ! 例の物出して!」
矢巾が喜多上 渚に向かって手を挙げ合図を送る。
「あいよっ」
喜多上はどこからか大きな白い袋を持って来て、その中にあったプラスチック製の大きな銃を3つ取り出し、それらを鐘臥、矢巾、葛巻に投げて渡した。
「これでもくらえっ!」
鐘臥達は、水圧の強力な水鉄砲を八幡タイヤ達めがけて放った。
「うわー、冷たーい! 助けて―」
ドッキリを仕掛けた4人は見事に返り討ちにあい、ステージの奥へと退散して行った。
「最後はグズグズな感じになっちゃったけど、これにて1ケ月あまりにおよびましたエウレカ1984のドームツアーはしゅうりょ……きゃあー!」
マイクで最後の挨拶をしようとした透野の顔にも誰かの放った水鉄砲の水がかかり、その後いつの間にかメンバー同士がそれぞれ水鉄砲を持って水を掛け合うというしっちゃかめっちゃかでドームツアーは幕を閉じた。
「おーい、レフト! そっちに行ったぞー!」
時すでに遅し。手を挙げたグラブの横をすり抜け、それまで漫然と突っ立ていた僕の頭にボールがポーンと大当たりした。
「わはははは! おーい! あっちのレフトは穴だべー! 大穴だー、みんなレフトを狙え―」
藍菜の下劣な笑い声にさらに折り重なるように相手チームの大きな笑い声が響く。
僕は頭を押さえながら、背後に転がっていったボールを必死に追いかけた。
結果は0-3で敗北。
1回戦の奇跡は夢だったのだろうか―
何事もすんなり上手くはいかない―
夢から醒め、最後に僕を待っていたのはシビアな現実だった。