75 学力テスト7
アウトドア通の済田 梨央は海や山で生き物と触れ合う機会も多い。
そういう理由からいつしか彼女はエウレカ内で生物博士のような存在となっていた。
3期生の延田アリサが犬を飼いたいという時におすすめのトイプードルを紹介したり、プロデューサーである一ノ瀬 騎械から事務所の社長室に淡水魚を観賞用に飾りたいと依頼された時も水槽や水底に敷き詰める砂利や水草、空気を送るポンプまで全て選定したようだ。
「カエルの一生? まあこんな感じよね」
透野とスタッフの説明を聞き、済田がフリップボードに描いたイラストは釜井達正解者とほとんど同じものであった。
「ほら、済田だってそうだろ」
石ドリアは華巻達不正解者に対して優越感を露わにする。
「あ、でもちょっと待って!」
済田が何か思い出したように胸ポケットから自分のスマホを取り出した。
ちなみにスマホカバーまで迷彩柄というこだわりようだ。
2分程そのスマホで何か調べ物をした後、彼女は口を開いた。
「やっぱり。南半球の一部地域でオタマジャクシにならないカエルも何種類か生息しているらしいわ。前に何かの動画で観たことあったのよね」
そうするとこれも正解と言って済田は華巻の解答とほぼ同じものを描いて皆に見せた。
「やったー!」
ガッツポーズをして勢いよく椅子から立ち上がる華巻。
喜多上の解答を見た透野がそうするとこれもOKなんじゃないと言うのを聞き、喜多上も華巻の後に続いて立ち上がった。
他のメンバーからは拍手喝采の嵐だ。
「な、なにぃー!」
予想外の展開に焦る石ドリア。
「それじゃねー」
済田とメンバーがお互いに手を振り合う。そして中継は遮断された。
「・・・ということで、あおちゃんとなぎちゃんも正解です」
華巻達に向かって拍手をする透野。その前を石ドリアが遮る。
「こんなのおかしい! 俺は認めないぞ!」
と言いながら彼は手をバタバタ振り回して騒ぎ始めた。
「この問題だって番組のプロデューサーさんも正解って両手で丸ポーズしてるよ。ドリアっち、何かあたし達に恨みでもあるの?」
華巻は不満げな顔で口をとがらせる。
その一方で喜多上は不敵な笑みを浮かべている。
「ふっ、ふっ、ふっ、あおいさん、おそらくあの件ですよ」
そして、華巻に顔を近づけ耳打ちした。
すると華巻は顔をニンマリとさせ、石ドリアへの反撃体制に入った。
「お勉強のほうは苦手ですけど、あたし達だって自慢できる物はありますよ、ね、なぎ!」
「はい! あたし達、先日の漫才グランプリで3回戦に進めました」
えー、すごいとかおめでとーなど透野達から祝福の声が上がる。
「やめろ、やめろ」
「くー、今それを言うかー!」
タイヤドリアの2人が揃って悔しそうな顔をしている。
その理由は後日ネットニュースで報じられていた(この収録の時点では発表前)。
それは年に1回開催される漫才の日本一を決める大会に華巻あおいと喜多上 渚が"アオナギ"という名でエントリーし、素人の即席コンビながら初出場で2回戦を突破したという内容だった。
そしてその記事の最後に彼女達の師匠であるタイヤドリアは2回戦敗退と1文字添えられていた。
「まあ、君達も頑張ってくれたまえ」
大会にエントリーする際にタイヤドリアがアオナギにかけた言葉である。彼等は今、穴があったら入りたい気持ちだろう。
八幡タイヤも番組冒頭で華巻や喜多上に他のメンバーに比べてきつめに当たっていたのはこの事が原因のようだ。
「ちなみにお前ら、漫才の台本はどっちが作っているんだ?」
八幡タイヤが悔しさを顔ににじませながらも、次回の参考になるかもしれないと華巻と喜多上に弱弱しい声で尋ねた。
アオナギの2人は顔を見合わせる。
「そんなの無いですよ。2人で掛け合いしながら漫才のネタに仕上げます」
「ぐぐぐ~天才かよ・・・」
石ドリアは八幡タイヤよりも悔しそうに顔を歪ませ、歯ぎしりする。
「ちなみにー タイヤドリアさんはどちらが台本を作っているんですかー?」
喜多上があっけらかんとした顔で逆に質問する。
「そ、それは・・・」
八幡タイヤが石ドリアの方をちらっと見た。
一方で遠くを見つめ視点の定まらない石ドリア。
台本をどちらが書いているかは明らかだ。
石ドリアは今まで堪えていたであろう感情が限界に達したようで、わなわなと震え出したかと思えば大声で叫んだ。
「わー、お前らなんか大嫌いだー! うわーん、ママー!」
そして、教室を飛び出して行ってしまった。
教室内がシーンと静まりかえる。
「おいおい、あんまりドリアを責めないでくれよ。今回の件以降、1日に1回はコンビを解散するって言ってるんだよ」
そう言う八幡タイヤに対し、華巻は弁解するように
「だってドリアっち、あたし達にだけきついことばっか言うんだもん」
気まずい顔をしながらも彼女は再び口をとがらせる。
隣りの喜多上も華巻に従ってうんうんとうなずく。
「でも、ちょっとかわいそうよね」
石ドリアに同情する釜井&西根&伊沢。雨音&東和も困惑気味だ。
「あたし達の3時間前から準備してくれてたのに・・・次会う時はみんなで優しくしてあげましょ、ね、あおちゃん、なぎちゃん」
透野に諭され、リーダーがそう言うならと華巻と喜多上も渋々ながらも納得してうなずいた。
そんな微妙な空気感の中で、一人肩を震わせているメンバーが居た。松尾 瑠衣だ。
「・・・にしても、いい年した大人が"うわーん、ママー!"って何あれ、うっふふ、今年イチ笑ったかもしれない」
松尾は、しばらく笑いが止まらないらしく口を手で抑えながら小刻みに震え続けている。
途端にメンバー達からも笑いが漏れ始めた。
二瓶も続く。
「あはは、あれを漫才の大会でも披露すればよかったのにね」
「あんまりからかわないでくれよー。ん、でも待てよ、漫才にあれを組み込むか・・・うんいいかも、二瓶ちゃんありがとう、検討してみます」
行ったり来たりと八幡タイヤの一人芝居のような言動がメンバー達のツボにはまり、教室内は和やかな笑いで包まれた。