73 学力テスト5
「お待たせしました」
2,3分で打ち合わせが終わり、透野達が収録スタジオに戻って来た。
「検証VTRがありますのでご覧ください」
「け、検証VTR・・・まさか・・・」
石ドリアの顔がたちまち曇った。
スクリーン上にVTRが流れる。
とある駅前に矢巾はるかと小祝 陽向が揃ってやって来た。
VTRを視聴しているスタジオのメンバーからはおおーという歓声とともに拍手が起こった。
「今日はこれからライブのリハーサルの予定ですけど、マネージャーさんから今日の待ち合わせはここだと聞かされてまして、合ってますよね?」
こういう時は決まってライブ会場で現地集合するのが常だと不思議そうな顔の矢巾。
「あれ、はるさん、カメラがある。今日は何かの撮影かも。ドッキリだったりしてー」
ライブのリハーサル前に何か企画をやらされると察した様子の小祝。
スタッフが今から2人にやってもらう企画を説明すると矢巾は、
「ああ、いいですよ。運動し易い恰好ではありますし」
普段から彼女の私服はこういう感じなのだろうか上がパーカーで下がジャージという姿でいかにもやる気満々。早速準備運動を始めた。
「ええー、1キロか・・・」
小祝もライブリハのためかトレーナーにジャージと運動し易い恰好ではあるが、対照的に乗り気ではなさそうだ。
「ひなちゃん、手加減しないわよ」
そう言いながら屈伸運動をする矢巾。
スタッフからは徒歩でと伝えているはずだが、彼女は自己ベストのタイムを出すべく全力で走るつもりだ。
「分かりました。真剣勝負ですからこっちも本気出します」
小祝も腹を括ったのかいつでも走りだせるようにスタートの構えをとる。
「レースしようとしているじゃないか! 主旨が違う。こんなのおかしい」
石ドリアの訴えも虚しくVTRは続行される。
「それでは、よーい、ドン」
スタッフの掛け声とともに矢巾は行き交う通行人の群れをすり抜けながら駆け抜けて行った。
一方の小祝はスタート位置でずっと静止したままだ。矢巾が走っていくのを目で追いかけている。
「小祝さんは行かないんですか?」
小祝はスタッフの問いかけに無言で手だけで返し、矢巾が1つめの角を左に曲がり、姿が見えなくなったところで財布を取り出して開け、中からチケットのようなものを出した。
「ああー! やっぱり出たー! タクチケ!」
二瓶が自分が予想した通りの小祝の行動に喜んで立ち上がる。
そして小祝はタクシー乗り場へとやって来て、停車中のタクシーに乗り込む。
仕方ないとスタッフも同乗した。
「会場に着いた後、リハはもちろんやるでしょ? 明日が本番だし万全の体調で臨みたいんですよ」
そう言って彼女はタクチケをタクシーの運転手さんに渡した。
「先輩が一生懸命走っているというのにまったくこの子は~」
「もっともらしいこと言って。本当は走りたくないだけでしょ」
「よしよし、筋書通りの展開w」
松尾、華巻、喜多上はニヤニヤしながらVTRを見つめる。
タクシーが走り出して間もなく沿道を走る矢巾の姿が窓から見えた。
「はるさーん、ガンバ!」
小祝が窓越しに両手を大きく振るが、前を見て必死に走っている矢巾は気付いていない。
あっという間に矢巾を抜き去り、タクシーに乗った小祝はちょうど2分で目的地のライブ会場に到着した。
彼女は、タクシーから降りるとライブ会場入口の大階段に腰を下ろし、矢巾が来るのを待った。
「乗り物を使うっていうのは今回の主旨に沿っていない気がするのですが・・・」
スタッフにそう指摘された小祝は、
「徒歩で行くことは説明されてましたけど、"徒歩だけで"とは一言も言われてませんでしたよ。タクシー乗り場までは徒歩で行きましたので徒歩プラス車でも何も問題ないと思いますよ」
彼女はさらに続ける。
「そんなこと言ったらはるさんなんてずっと走ってますからそっちの方がルール違反でしょう」
「うわー、すっごいへりくつ」
と西根があきれ顔で言うと、
「あの子はもうエウレカの一休さんね」
とリーダーの透野も頭を抱える。釜井や伊沢も苦笑いしている。
「ひなちゃんいい所もあるんですけどね」
「そうそう楽屋で3期メンバーのお弁当が足りないって時に代表してスタッフさんに掛け合ってくれたり、頼もしい一面もあります」
同期の東和と雨音が必死に小祝のフォローをする。
一方、小祝と気心知れた仲の喜多上は"皆さん、小祝は要注意ですよ、騙されないように"と逆フォローをして周囲の笑いを誘った。
「あー、来た来た。はるさーん、こっちでーす!」
先にゴールに到着し、手を振っている小祝に驚きながら近づく矢巾。
「ひな、めっちゃ早! いつ抜かれたんだろう」
流石の矢巾も1キロ走って息が上がっている。
「いやいや、今日のオンエア観たらはるか、めっちゃ激怒するんじゃない」
と松尾は心配するが、
「彼女は根回しがすごいから、なんとか乗り切るんじゃない」
と二瓶。
実際、つい数日前の矢巾のSNSに小祝が登場し、矢巾の誕生日に特大のケーキを持って来て、2人で笑い合いながら仲良くケーキを分け合って食べていたので、小祝は難を上手く乗り切ったようだ。
「矢巾さんのタイムは3分40秒でした」
「くやしい~、次は負けないわよ!」
「お疲れした~」
そこでVTRは終わった。
「というわけでひなたちゃんの方が1分40秒早いと見事的中させた喜多上さんはピタリ賞として正解と同様5点を差し上げます」
「やっほーい!」
「そんなバカな!」
石ドリアは悔しがっている。
「透野リーダー! さっきは問題文に登場する人達はエウレカメンバーとは一切関係ないって言ってたじゃないか」
「ドリアよ、すまん。事前にVTRまで用意してて、プロデューサーさんの意向でそういうルールになったんだ。察してくれ」
「く~」
「そして、二瓶さん!」
「は、はい!」
透野に突然呼ばれ不意打ち状態の二瓶。
「ひなたちゃんがタクシーを使うと口頭で予想してましたので、おまけで2点ゲットー!」
「わーい、やったー!」
「そんなのもありなのー!」
石ドリアはとうとう床にへたれこんでしまった。
「ねえ、リーダー、あのひなが真面目に歩くわけないってあたしも言ってたけど、あたしにはポイントはないの」
「それじゃあ、松尾さんも2点ゲットー!」
「もうめちゃくちゃ・・・次だ、次の科目に行ってくれ!」
石ドリアはメンバーの珍解答を面白おかしく紹介してやろうと思っていたのに上手くいかないので、話題を切り替えるように透野に頼んだ。