69 学力テスト
夏休みが明けて、翌週の月曜日の朝。
僕は、病院の待合室にいた。
夏休みの間、3曲目の楽曲制作をしていたのはもちろんだが、学校からの夏休みの課題を最終日だけで終わらせることができなかった。
登校日初日、僕を含め同じような境遇の高1生徒全員、昼休みの校内放送で学年主任から呼び出しをくらい、放課後に集められた。
「課題をきちんとこなすまで、君たちは部活動禁止!」
結果、土日も部屋に缶詰め状態で何がなんでも課題をこなすはめになってしまった。
それで無理がたたったのだろう。
今朝起きたらボーっとして寒気がする。
体温を測ったら38℃もあったので、学校を休み、近所の割と大きな病院で診てもらっていたのだ。
幸い、インフルエンザとかではなくただの風邪で、注射をしてもらってだいぶ身体のだるさは和らいできた。
月曜の朝は体調を崩す人が多いようで、病院には結構な数の患者がいる。
精算までの待ち時間の間、夏休みの課題のため見逃してしまった今週の惑星エウレカをスマホで観ることにした。
いつものように"惑星エウレカ"のタイトルが現れ、番組が始まった。
学校の教室を模したセットに机と椅子が並べられ、メンバー達が制服姿で座っている。
「最近はアイドルもクイズ番組や教養番組に出演する機会が増えました。そこでしっかりと受け答えができないと出演機会を失いかねません」
大きなスクリーンの横でそう話すリーダーの透野 舞衣。彼女の今回の衣装が下の方から徐々に上へと映し出される。
靴は黒のハイヒール、生足が露わな膝丈スカートのグレーのスーツという出で立ちだ。
そのスカートと統一した色のジャケットの中は胸の形も分かりそうなくらい体にピッタリとフィットした黒色のシャツ。
さらに髪は後ろで束ね、黒縁の眼鏡をかけている。
教師風の大人っぽい衣装に身を包んだ彼女に全国のファンは歓喜したことだろう。
「今回は無作為に選ばれたメンバー達の知力を試すため学力テストを行います」
透野がメンバーに対して指し棒を向けると、彼女達は手を叩いたり、カメラの方に手を振ったりしてわーとかえーといった声を上げた。
そんな中、最後列の画面に近い側の華巻あおい、その隣りの喜多上 渚は特にオーバーに気まずそうな顔をカメラに向けている。
バラエティ番組では大活躍の彼女達だが勉強は大の苦手のようだ。喜多上の奥にはそんな華巻と喜多上を見てにっこりと微笑み小さく拍手をする雨音の姿が見えた。
画面にテスト開始の文字が出て、メンバー達は机に向かって一斉に問題を解き始めた。
「みんないいか、小学生レベルの問題だからな。できて当たり前だぞ」
教室を歩き回るのは副担任役の八幡タイヤ。水色のワイシャツの上にチョッキのセーターを着て、下はスーツとこちらも教師風の衣装だ。
「ん、どうした華巻? 手が止まっているぞ」
華巻は鉛筆を置いて頭を抱えて唸っている。
「難しーい、もう勉強はしなくていいと思っていたのにー」
「甘い、甘い」
「ヒントちょうだーい」
今度は喜多上が両手を八幡タイヤに差し出す。
「ダメダメ、ぜーったいにダメ」
首を振る八幡タイヤにべーっと舌を出す華巻と喜多上。
八幡タイヤも顔を振りながらベロベロベーと2人に応戦する。
「ケチ!」
華巻に腰を平手で勢いよく叩かれた八幡タイヤは、こりゃたまらんと避難した。
「雨音さん、どうですか?」
解答を書くのに集中していた雨音ははっと驚いて八幡タイヤを見た。
「ま、まあ、なんとか」
結構近い距離で自分の傍に立っている八幡タイヤに彼女は愛想笑いを浮かべた。
雨音はそうは言っているが、高校入試も勉強していた彼女だったら小学生レベルの問題なら実際はそんなに大変ではないだろうなと僕は思った。
「もし分からないところがあればいつでも質問していいんだよ」
八幡タイヤはまるで少女漫画原作のアニメに出てくるイケメン教師さながら低音のいい声を出した。
「おいおい」
「こらー、あたし達と全然態度がちがーう」
横にいる喜多上と華巻が間髪入れずにツッコミを入れる。
さらにグッと顔を近づけてくる八幡タイヤに雨音はちょっとこれ以上は近づかないでと両手で彼を制した。
「タイヤさん! その辺で、みんなの邪魔しないで!」
透野にたしなめられ、はーいと八幡タイヤは前方のスクリーン横の元居た位置へと戻って行った。