67 ミキシング
石森からもらったドラム音源のCDは家に持ち帰り、僕の部屋にあるDVDプレーヤーで聴いてみた。
画面に映し出されたデータのタイトルは仮のサンプルデータという意味で"No Title"と名前がつけられている。
ズンズンチャチャというリズムの繰り返しで始まり、途中のBメロと思われる箇所でチッチチッチと音が変わり、最後のサビで再びズンズンチャチャに戻るといったシンプルな構成だった。
この音源を何回か聴きながら、その先の工程を考えてみた。まずはギターで作曲し、その後作詞作業に入るのは今まで通り。しかし、最終的に1つの大きな壁が僕の前に立ちはだかっていることに気付いた。
それは、このドラムの音にいかにしてギターの音と歌声を重ねるかということだ。
最初にスマホの録音アプリを試してみたが、途方もない作業になることが分かった。
DVDプレーヤーからドラム音を出して、それに合わせてギターを弾いて歌を歌うのだが、間違えたりタイミングがずれたら1からやり直さないといけないのである。おまけにDVDプレーヤーのスピーカーもしょぼいのでドラムの音も迫力に欠ける。
余程何度も練習して1発録りでないと成立しない方法だ。
もっと賢いやり方があるはずだ。
それを相談する相手はもう既に決まっている。
僕は自室を出て、向かいの兄貴の部屋のドアをノックした。
「よお、今度は何だ?」
ドアの向こうにいる兄貴は、いつものようにPCの大きなモニターの前に座り、作曲の打ち込みを行っていた。
兄貴に石森からもらったCDを見せ、これにギターの音と歌声を重ねる方法を尋ねた。
「つまりミキシングがしたいわけだ。まあ主流なやり方はPCでDAWだな」
「DAW?」
「ディジタル・オーディオ・ワークステーションの略。1つの楽曲に複数の楽器の音やボーカル、コーラスの音源をデータ化し、時間軸で調整できるPC用のソフトウェアさ。プロ、アマ問わずミュージシャンは大抵これを使っている」
兄貴は今まさにモニター上で起動しているソフトウェアを指差した。
見ると横に長い長方形の塊が様々な長さでいくつも色分けされて縦横にズラーっと並んでいる。
これら1つ1つが音のデータなのだという。
「ただ・・・」
兄貴は険しい顔つきになり、腕組みをした。
「これを使いこなすのに結構覚えることが多く、時間がかかる」
「普段パソコンを使ってない人ならどのくらい?」
「さあ・・・最初は何からやったらいいか分からなくて途方に暮れるだろうな・・・夏休み全部かけて使いこなせるようになっていれば上出来」
僕は宙を仰いだ。ソフトウェアの操作以外にも作詞と作曲、それにギター演奏の練習もある、歌だってFIRST TAKEのような1発録りなんて到底ムリだ。
これでは夏休み中に1曲完成するなんてどう考えても厳しい。
僕が呆然と立ち尽くしている間、兄貴は部屋に置いてある膨大な音楽機材を見渡し、思いついたようにその内の1つを指差した。
「見た目がシンプルなループマシン。塔には感覚的にこの方が合ってるかもしれない」
その機材は、キーボードのような横長の形でボタンがいくつもあるが、その中でペダルのような大きなボタンが6個目立つように下方についている。
ループマシン、通称ルーパーとも呼ばれるこのマシンは、兄貴の解説によるとこれらの大きなペダルボタンのON・OFFで音を鳴らしたり、録音したりできるものらしい。
近年はストリートミュージシャン等が愛用しているようで、ライブ中にギターを弾きながら足で操作して、多重演奏はもちろんその場で曲を作ってしまうというから驚きだ。
「そのドラムのデータはPC経由でこのルーパーに入れてやるから、録音ボタンを押して音を重ねてやればいい」
兄貴はそう言うと石森のドラム音源CDをケースから取り出し、PCのCDドライブに流し込んだ。そして、立ち上がり巨体をのっしのっしと揺らしながらルーパーを運んで来た。
そして、ルーパーから出ているケーブルをPCに差し込み、モニター上にポップアップされたフォルダにドラムデータをドラッグ&ドロップした。
「これでOK。後は好きなように使ってやってくれ」
兄貴はそう言ってモニターに向き直し、僕が来るまで行っていた作曲作業の続きを再開した。
僕はルーパーと付属の小型スピーカーを抱えて自室に戻り、そのまま電源を入れ、一番端のペダルボタンを手で押してみた。すると、ズンズンチャチャと先ほどとは打って変わって臨場感のあるドラム音が流れ出した。
「余計なボタンが沢山ついているけど、下手に触らない方がいい」
とは兄貴の助言。そうするとメインで使うのは6個のペダルボタン。これは再生ボタンと録音・停止ボタン2つで1セット。3チャンネル使える内、1つはドラム用。残り2チャンネル用の4個のペダルボタンはギター音とボーカル音で使い、あと使うのは上についている音量調整つまみだけだ。
至ってシンプル、これはいけるぞ。そう確信した僕はアコギをケースから取り出した。そして、3曲目を作るべくコード表を見ながら1音1音試し弾きを繰り返した。