65 起きてるよ選手権2
「みんな、オフの日は何してるの?」
宮内を除く9人のメンバーは布団から頭を出し、皆両手で頬杖をついている。
今回の企画の狙いなのだろうか人気メンバーが久しぶりに集い、ガールズトークが始まった。
そのお題を最初に出したのは志波だった。
「うーん、寝てることが多いけど、あえて言うなら録りだめしていたドラマや映画をテレビで観ることかな」
志波の隣りにいる透野が、中央に置かれ淡い光を放っているランタン風の照明器具を見つめながらつぶやいた。
透野は連ドラや映画への出演機会が多いので、他の役者の演技を見て勉強しているのだそうだ。
次に都が口を開いた。
「あたしは空いた時間はスマホを眺めている。ほとんどが動画やSNSだけど最近はまってるのはエゴサ―(エゴサーチ)かな」
「えっ、エゴサー!」
「止めといた方がよくないか」
透野や志波が驚いた顔で都を見る。他のメンバーも都の意外な趣味に皆驚いた表情をしている。
「あたしも最初はおそるおそるだったけど、そこまで辛辣なコメントは無いわよ。それに、みんな誰かに気を遣うわけでもないから正直な気持ちを書き込んでてさ、今後はこういう方向で進んでいったらいいとかアイドル活動のアドバイスをくれたりもするのよ」
エウレカの場合、握手会とかSNSとかでファンから応援メッセージを受け取ってそれに応えるのが普通だ。
だけど、自身のファンじゃない人は自分をいったいどう思ってるんだろうとか新規のファンを獲得しようとか考えた場合はエゴサーして有益な情報を収集するのも1つの方法だ。
都以外にも喜多上 渚とかもこういうのを熱心にやってそうだと僕は思った。
「でもたまにはへこむようなものも見つけるのよ。そういう時は他のメンバーの悪口を裏アカ(裏アカウント)を使って動画サイトとかに書き込むわ"華巻あおい 最近おもんなくなった"とか"矢巾はるか プロのアスリートの邪魔するな"とか」
「こらー!」
「あれ書いたのおまいだったのかー!」
華巻と矢巾が自分達の布団をぐしゃぐしゃにして騒ぎ出した。どうやら彼女達もエゴサーしているようで、その都のコメントを見ていたようだ。
「いつもあいぶーとか言ってるからお返しよ」
と都は素っ気なく返した。
「真希はどうしてる?」
軽舞はまだ騒いでいる華巻と矢巾をなだめるのかと思いきや上から押さえつけた状態で、
「来月の世界大会に向けてダンスの練習一択です!」
と快活に志波に答えた。
「あなた達もどう? あたしらと一緒にダンスで世界を目指さない? 2人ともなかなかいいセンス持ってると思ったけど」
雨音と葛巻は両手を挙げて首を横に振り軽舞からの誘いをやんわり断った。
軽舞は外部のダンスレベルの高いダンサー達を集め、チームMaKiという名で連日ハードなダンスレッスンを繰り返していた。
葛巻は舞台が、雨音もエウレカのレギュラーやドラマの単発、喜多上とのバラエティ番組の出演もあり、加えて高校の通学のため東京と宮城の往復もしている。
このような状況なので、これに鬼ハードなダンスレッスンまでやることになったら体を壊して倒れるだろう。
話を振られたタイミングで雨音が葛巻とオフの日の過ごし方をしゃべりだした。
「基本家で過ごすことが多いけど、なぎちゃんも加わった3人でたまに表参道や原宿辺りに買い物に出掛けたり、ランチもしたり、あ、あとカラオケとかも行ったりします」
すると華巻が話に入り込んで来た。
「あたしもはるも渚とカラオケ行くよ。そうすると渚ったら、ねえ」
華巻が矢巾に向かって話すと矢巾がうんうんと相づちを打つ。
「あの子ったら隣りの部屋からエウレカの曲が聴こえてきたら必ずっていうくらいその部屋に乗り込んで行っちゃうの」
「ああ、あたし達の時も1回ですけどありました」
今度は矢巾に葛巻が頷く。
「しょうがないからあたし達も渚の後について行くんだけどね、あたし等3人ともあーちゃんや楓ちゃんほど歌が上手くないからさ」
「そのままそのお客さん達の前で渚が歌うんだけど、決まって、はい?みたいなリアクションされるのよね」
華巻と矢巾がその時のことを思い出して苦笑いしている。
「あたし達の時は2人組の女の子でしたけどきゃーって悲鳴に近い声を上げて喜んでくれました」
雨音は不思議そうな顔をしている。
「あたし達の場合は音程が外れてたり、普段は結構目立たないように地味にしてるからエウレカのメンバーだって気づかれてない(笑)知らない人達が勝手に乱入して来たと思われちゃう(笑)」
「その後が大変。いやこの歌あたし達の曲なんですって結構な時間かけて説明しなくちゃならない。この時間がほんっとにめちゃくちゃ恥ずかしい(笑)」
僕は番組を視聴しながら、握手会の時の最後に僕について必死にメモを取っていた喜多上の姿を思い出した。
「もう本当に渚ったらファンの獲得に貪欲っていうか、必死なのよね。あの強メンタルはある意味アイドルの鏡だわ」
それから、華巻と矢巾のオフの日の話題に移った。
「あたしは暇さえあればテレビとネットでお笑い番組ばかり観てる」
華巻がどうだと言わんばかり自信ありげに言うと、都から少しは勉強のために他のアイドルの事とか調べなさいよと茶々を入れられた。
「あたしもお笑いや面白い動画も観るけど、同じくらいスポーツ専門チャンネルも観てるかな、あと地元の友人達と近所の運動公園でバスケやったりする」
矢巾がスポーツ好きなのは周知の通りなのでメンバーもそうだろうねと皆頷いている。
「エリは?」
志波が最後、湯田に尋ねた。
湯田は多くの先輩達のいる中で緊張しているのか遠慮気味に答えた。
「元々インドア派なので基本家にいることが多いですね。スマホで音楽とか聴いたりマンガ読んだりとか・・・」
「あたしも音楽はよく聴くけど、最近のお気に入りとかある?」
志波は湯田とこれまであまり共演する機会が無かったからか共通の趣味に興味を示しているようだ。
「よく聴くのは千Mayaの"芸美景"です」
「あー、知ってる、あれいいよね! あんなマニアックなの聴くんだ、へー意外」
志波は湯田の音楽の玄人っぷりに感心しているようだ。
「ちなみにマンガはどんなものを読んでるの?」
今度は透野が湯田に質問を投げかける。
「最近はまっているのは藤沢かわさき先生の"ダイトーくんとムロネちゃん"です」
「ああ、あの別冊はなといずみで連載中のラブコメね。あたしは3巻まで読んだわ」
透野もドラマや映画の原作になったりする漫画を読むようで共通の話題で話ができるメンバーを見つけられて嬉しそうだ。
他のメンバーも話に加わり出して、ほっこりした雰囲気がしばらく続いたが、そうした中で突然叫びに近い大声が飛んできた。
「こらー、シュワッチ! アイドルなのに歌が上手過ぎるんだよ! 少しは周りに気を遣えー!」
「むっ、誰だ」
それまで会話しながらまったりしていた志波が布団からガバッと飛び起きた。彼女が真っ先に視線を向けた華巻や矢巾は自分じゃないと大きく被りを振る。
「え!?」
志波は透野と都が困り顔で何度も指差しする方向を見て愕然とする。
声を発した主は部屋の壁の方を向いて寝ている宮内 理沙だった。