59 ダンスレッスン2
「じゃーん! この装置はあたし達が共同プロデュースで試作したダンスレッスン用マシーンでーす!」
軽舞は腰に両手を当て、自慢げに雨音達4人に紹介している。
それによるとこのマシーンは、どうやら軽舞と沢内がアイディアを出し合い、それを一ノ瀬 騎械の実家である一ノ瀬グループに頼んで今回作ってもらったものらしい。
マシーンを運んできたスーツ姿の男の人達は一ノ瀬グループの社員だったのだ。
一ノ瀬グループは国内大手の機械制御メーカーなので、この手の大掛かりな機器を作るのはお手の物だろう。
社員達は何かあったら連絡下さいとメンバーに伝え、レッスン場から退出した。
「すっごーい!」
軽舞、沢内を除く4人は目を丸くした。特に雨音と葛巻が興味津々の様子でそのマシーンに近づき、中央にあるダンスのための円形のお立ち台や奥の巨大なモニターを眺めている。
「このマシーンはね、考案者であるあたし達の名前(軽舞と沢内)からK&Sドリームっていうのよ」
「あれっ、軽舞ちゃん、この間は梢と真希でK&Mドリームで決めたじゃない」
沢内は最初にこのマシーンの構想を持ちかけたのは自分であるという点、それから2人は同い年だがエウレカでは軽舞よりも先輩であるという理由からK&Mにこだわった。
「えー、そうだっけ」
「この際どっちでもいいわよ。いっそのこと梢と軽舞でK&Kにしたら」
と央土が提案するが、下の名前と苗字の組み合わせではバランスが悪いと沢内も軽舞も猛反発した。
しばらく2人でK&SかK&Mか押し問答を繰り返していると松尾があきれ顔で横やりを入れてきた。
「もういい加減後にして。それよりこのマシーンでダンスが覚えられるの? どうやればいいのか操作方法を教えてちょうだい」
「いやー、そうでした。それでは瑠衣姉さん、早速この円形の台にお乗りください」
軽舞がさあさあこちらへとダンスマシーンの中へ松尾を誘導する。軽舞が沢内と違って松尾に敬語で接しているのは松尾が3才も年上だからだろう。
「それではまず腰にこのベルトを装着し、頭と両手足にはこれらのバンドを装着してもらいます」
松尾は軽舞に手伝ってもらいながら言われた通り、彼女の頭と腰、両手足にバンドとベルトを装着した。それらには上からぶら下がった丈夫そうな6本のワイヤーが各部にくっついていて、マシーンの内部へとつながっている。
松尾は操り人形のような状態になっている。
「それではこれから瑠衣ちゃんには課題のダンスを踊ってもらいます」
沢内がこのダンスマシーンのリモコンのスイッチを押した。
すると松尾の真正面にある大きなモニターに軽舞の全身が映し出された。
軽舞はダンスマシーンの傍で手を叩いて喜んでいるからモニターに映る彼女は事前に撮影されたもののようだ。
モニター中央に"Ready" "Go"と表示され、画面上の軽舞が踊り出すと、それに合わせて松尾も同じ動作を始めた。
「きゃー! 何これ!」
「すごい、瑠衣さんが真希さんと全く同じように踊っている」
傍で見ていた葛巻が驚きの声を上げる。
「軽舞ちゃんの踊っている映像から体の各部位の位置情報を内部のコンピュータが読み取って、瑠衣ちゃんにくっついているワイヤーを動かしているっていう仕掛けよ」
沢内はゲーマーとして知られているが、メカにもめっぽう強いらしく、一ノ瀬グループとタッグを組めば作れてしまうようだ。
「でも動きが速過ぎて振り付けが覚えられない」
松尾が顔だけ後方を振り向きとても苦しそうに沢内を見ながらそう話すが、彼女の身体は軽舞のように華麗に踊っているのでその姿がとても異様な光景となっている。
「動きを遅らせることもできるんだよね」
と軽舞が沢内の持っているリモコンを指差した。
「ああ、そうそう。この下の矢印を押せば・・・」
沢内のリモコン操作によってモニターの中で踊る軽舞の動作が半分の速度になり、それに従うように松尾の動きも遅くなった。
「うん、これなら自分のペースで振り付けを覚えられるね。梢ちゃん天才!」
央土が褒めるといやーそれほどでもと沢内は片手を自分の頭の後ろにおいて照れたような仕草を見せた。
「いや、あたしもかなりこの件に関わっているから」
沢内だけ評価されて面白くないのかこのアイディアは2人で考えたのと軽舞はあくまで2人の共同プロデュースであることを央土に強調した。
「それから逆にこういうのもできるよ」
沢内は今度はリモコンで上の矢印を何度も押した。
するとモニター上の軽舞も台の上の松尾も2倍速で踊り出した。
「わー! すっごい!」
央土、雨音、葛巻の3人は松尾のかつて見たことのない高速ダンスに目を見張った。
軽舞は腕を組み、うんうんとここまでできるダンスマシーンの凄さに頷いている。
「きゃー! 体が痛い! 止めて! 止めてー!」
沢内は急いでリモコンの停止ボタンを押した。すると松尾もピタッと止まった。
「ちょっと! ケガでもしたらどうするの!」
松尾は身に着けていたバンドやベルトを自らで外し、沢内に詰め寄った。
体を無理に動かしたためか痛そうに両手で交互の腕をつかんでいる。
「瑠衣ちゃん、ごめんごめん。このマシーンでこんなこともできるよってみんなに見せたかったの。次別の人やろっか? 雨音ちゃんやってみる?」
松尾は沢内から視線を逸らすことなくさらに顔を近づける。
「いいや、次にやるのはあんたよ! 梢! そのリモコンを渡しなさい!」
松尾は沢内からダンスマシーンのリモコンを奪うように取り上げ、円形の台に行くように促し、軽舞に先程のベルトやバンドを沢内に装着するようにあごで指示した。
「さあ、梢ちゃん、いつもゲームばっかりだと体がなまっちゃうから。今日はたっぷり運動しましょう」
松尾は先程まで痛そうに両腕を押さえていたが、今はその痛い様子を微塵も見せていない。大げさに痛がったふりをしていただけのようだ。
「お手柔らかにお願い・・・しま・・・きゃあ!」
沢内が話している途中で松尾はリモコンを動かし、沢内のダンスがスタートした。
沢内はゲームの腕はプロ顔負けの一流だが、運動系はそんなに得意ではなかったはずだ。かつてエウレカメンバーで身体測定を行ったが、体がすごく硬かった印象がある。
「今、普通の速さだけど、どーお? 梢ちゃん」
「普段あまり運動してないんで、普通の速さでも十分きついです。この辺でもう降参です、瑠衣さん」
「うふふ、お楽しみはこれからよ・・・えいっ!」
松尾が速度を2倍にする。
「きゃあああ! 速いいい! 止めて―!」
すると沢内の動きは突然ゆっくりとなった。
「あまり速いと体に良くないわ。これくらいで・・・」
「はひい、瑠衣さん、ありがとうございます。いい経験になりました」
「・・・と思ったけどもう1回」
松尾が再び速度を2倍にした。
「ぎゃあああ! 止めてー!」
「うっふふ、これ、すっごい面白い!」
ドSと化した松尾はもっと近くで沢内の苦しむ表情を見たいと近くまで寄って行った。
沢内の動きは再びゆっくりとなった。
「ええい! 瑠衣ちゃん! こうなったら道連れよ!」
沢内はすぐ傍にいる松尾の両手をがっしりと掴んだ。
「きゃー! 何するの!」
松尾の両足には沢内の足に装着されたバンドから伸びるワイヤーが巻ついてしまっている。
松尾の指は既にリモコンの上の矢印を長押ししてしまっていたため、2人で一緒に対面したまま2倍速で踊り始めた。
「きゃー! 瑠衣ちゃん! 止めて―!」
「きゃー! ダメよ! リモコンを床に落としちゃった! 梢が止めてー!」
「えー!」
黒色のリモコンもまた、松尾と沢内の足下で行ったり来たり踊っている。
「ぎゃー! 誰か止めて―!」
「うーん、ちょっと難しいなあ」
軽舞は、2人の脚が邪魔してリモコンを上手く回収できない。
本人達の意に反して、向かい合いながら芸術的な高速ダンスを披露する松尾と沢内。
央土、雨音、葛巻― 残りの3人のメンバーは、そんな1期生の2人の災難を黙って見守ることしかできなかった。
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