4 初めての曲作り
ゴールデンウィーク目前の4月下旬、アコギで毎日練習したかいあって、僕はFのコードを弾けるようになった。
このFのようなコードはバレーコードと呼ばれ、ギターの6弦すべてを人差し指だけで押さえるというギター初心者の最初の難関だった。
アコギの場合はエレキよりも太いため、なおさら押さえづらく思うように音が出ない。
軽音楽部の先輩たちに部活でコツを教えてもらいながら、何度もこのFのコードを鳴らす練習を繰り返した。飽きたら他の弾きやすいコードを弾いて気分転換を行い、またFに戻る。
そうしている内に、左手の人差し指の皮がだんだんと固くなり、最初の時に比べて弦を押さえる時に痛くなくなっていった。そしてついにきれいなFの音が鳴るようになった。
これは、自転車に初めて乗れるようになった時に近い感動だった。
そして僕は覚えたコードを鳴らしてメロディを作ることにした。いわゆる作曲である。
まずは曲の顔となるサビの部分から取り掛かることにした。兄貴から借りた教本を頼りに、キーがCの時に使える代表的なコードを適当な順番で弾いた。このようなコードの一連の流れをコード進行というらしい。
そしてサビの歌詞、ここで何を使うかによって曲全体のテーマや曲名が決まってくる。曲作りの中で最も重要な部分だ。
僕としては、やっぱり雨音に会いたいという今の感情を曲のテーマにしたい。雨音に会いたい、入学式を含めて学校でまだ5回ほどしか彼女を見かけていない。もっと彼女に会いたい。この気持ちを1つの曲に仕上げてみたい。
C、Am、F、Cとコードを弾きながらそんなことを考えていたら、サビにふさわしいフレーズが浮かんだ。
今すぐに会いたい 会いたい・・・
コードもしっくりくるメロディと歌詞だ。これに続く言葉も考えてみた。
・・・雨の日が続くほど
雨音のイメージである"雨"という言葉を詞の中にどうしても入れたかった。さらに次に続く言葉を考えてみた。
会えない 会えない 焦がれる思いで
会いたい 会いたい 時だけがただ過ぎて
心が 絞めつけられるようだ
サビができた。キーがCで使えるC、F、G、Am、EmのコードでAメロ、Bメロ含め1曲にほぼ仕上がったように思えた。そして、出来上がったコード譜の一番上に「Aitai」というタイトルをつけた。
曲全体に対して細かい調整を繰り返し、3日後に僕の最初の曲は完成した。兄貴の作品とは比べ物にならないくらいありきたりな曲ではあるが、この1曲を作り上げた達成感、爽快感は何物にも代え難いものだとこの時思った。
翌日、部活は休みだったので、藍菜、そして僕等と同じ軽音楽部1年で仲の良い男子生徒 石森 始を自宅に呼び、彼等の前でこの"Aitai"を披露した。
もちろん彼等には、雨音をモチーフに作った曲であることは恥ずかしいので伏せておいた。知らない人がSNS上にあげているケータイ小説の主人公の気持ちを曲にしてみたと適当な前置きをした上でだった。
「いいんじゃね。ちゃんと曲になってるべ」
藍菜は何度もうなずいた。僕の方が藍菜よりも先に曲を作ったことで、少し悔しそうにもしていた。
「12月の文化祭までにもう何曲か作って、ライブをやろう」
石森の提案にそれいいねと僕と藍菜は賛同した。
僕が作詞、作曲、ギター&ボーカルを担当し、藍菜がベースを奏で、石森がドラムを叩く。3ピースバンドの結成の話でその日は盛り上がった。
作中のToh Souma名義の楽曲「Aitai」のサンプル曲&ギターコード譜はこちらです。
music track 「Aitai」
サンプル曲(知人にサンプル曲をアコギ演奏で歌ってもらいました)
http://musictrack.jp/musics/94418