52 高1の合宿
「目的地に着いたよー。忘れ物ないか確認したらみんな降りてー」
軽音楽部の松島部長(男)の声でやっと合宿地に到着したことに気付いた。
顧問の古川先生、松島部長の後について他の部員達がぞろぞろとバスを降りて行く。
僕も先ほどまで動画を観ていたスマホを上着のポケットにしまい、着替え等の入ったリックを背負って最後にバスを降りた。
だいぶ山のふもとまで来たので、森林に囲まれていて空気が新鮮だ。深呼吸をすると気持ちがいい。
移動中に観ていた惑星エウレカで雨音が自然の中で楽しそうにしていたのを思い出した。
なんだかその気持ちが今は分かる。
セミや鳥の鳴き声だけが聞こえる。たまには都会の喧騒を離れてこういう所に来るのもいいものだ。
先日の部活のミーティングではオートキャンプ場と聞いていたが、テントを張って寝泊まりするわけではなく、隣接する宿泊施設に1泊するとのことだ。
その宿泊施設はというと築40年近くは経っているだろうと思われる古びた簡易宿泊所だ。
部員も古川先生を除いて12名しかいないので部費もそんなにあるわけがなく、こういうリーズナブルな場所で仕方ない。
風呂に入ってベッドで寝られるだけでも有難いと思おう。
僕等は宿泊所の中でチェックインを済ませると、各部屋に荷物を置いて再び外へと出て来た。
これからキャンプ場で夕食作りだ。
夕食のメニューはというと・・・やっぱりカレー(笑)だった。
「よお、出発からいなくてわりぃわりぃ」
キャンプ場の炊事場へと行くと藍菜と久慈 茜が僕等を待っていた。
そういえば、往きのバスに乗り込む時、石森が藍菜はいないけど休みなのかなあとつぶやいていたのを思い出した。
一方の茜は久しぶりの再会だが、もちろん軽音楽部の部員でもなければ、うちの学校の生徒ですらない。
でもここにいるということは差し当たり、藍菜が古川先生や松島部長に直談判して、無理矢理参加OKにしたのだろう。
藍菜は早速、茜を初対面の部員達に実は幼馴染で・・・と紹介している。この中で僕だけが初対面ではないので、茜には片手を挙げるだけで挨拶を済ませた。
カレーの食材は炊事場の直ぐ近くの管理所に用意してもらっているのでみんなで炊事場まで運んだ。
動画で観たエウレカのカレー作りとの違いは火を自分達でおこして、ハンゴーでお米を炊いたり、カレーを煮込む所から始めないといけない所だ。
僕は普段料理なんてお湯を沸かしてカップラーメンに注ぐぐらいしかやってないから先輩のやっているのを見よう見真似でやってみるしかなかった。
「塔君、いいよいいよここはあたしがやるから。君はピューラーでニンジンやジャガイモの皮を剥いて」
そう言うのは、高2で副部長の美郷さん(女)だ。
周りを見渡すといつの間にか部員12名+古川先生+茜が半分に分かれて、どちらが早くおいしいカレーを作るか対決みたいになっている。藍菜、茜、石森は松島部長の率いる相手チームだ。
松島部長は普段から料理をしているみたいだ。僕とは違って手慣れた手つきで包丁を持って次から次へと野菜の皮を剥いている。この人はこんな風に何でもそつなくこなせるしっかり者なので軽音楽部の部長に抜擢された。
石森は煙たそうに顔をしかめながらうちわを振って一生懸命に火を焚いている。
その横で藍菜と茜がカレー鍋の前にいるが、あの2人は何かしているようで何もしていないようだ。
こういう時に各人の性格が出る。
それにしても茜はいつも毛糸の帽子にマスク、ブーツという出で立ちだが、あんな格好で煮だった鍋の近くにいて暑くないのだろうか。
「おいおい、塔君。よそ見していると指を切るよ、気をつけて」
古川先生だ。先生は僕が皮を剥いた野菜を包丁で細かく切っている。
先生もお子さんが生まれて4ケ月あまり。奥さんの代わりに家で料理とかしてるんだろうなとか勝手な想像を膨らませてしまう。
僕は古川先生と美郷副部長という2人のお目付け役から指導を受けながら、なんとか野菜とお肉を鍋の中へ入れた。
そして一仕事終えたと近くにあった切り株に休もうと腰を下ろしたところ、
「塔君、次は鍋のアク取りお願い!」
古川先生と美郷さんが同時にリエゾンで僕を呼ぶ。
他にも4人の部員が居る中で2人のおもちゃにされているのだろうか?
僕はへーいとやる気のない返事をして彼等の下へ戻った。
そして1時間ぐらいだろうか。日が傾き始めた頃、両チームのカレーは完成した。
自分達が作った物を自分達が食べるのは面白くないということで、お互いに相手チームの作ったカレーを食することになった。
最初に松島部長のチームが僕等の作ったカレーを食べた。
「うん、おいしい」
藍菜や茜、石森達はその味に納得したようにうんうんとうなずいている。
「それじゃあ、うちらが頂く番ね。みんなで一緒に頂きましょう」
美郷さんの言う通りに僕等はいただきますと声を合わせて松島部長チームの作ったカレーを食べた、僕はすぐに口の中が辛くなるのを感じ、手元に持っていた水を飲んだ。
「うわっ!辛い!」
「何よこれ、とても食べられたもんじゃないわ!」
古川先生や美郷さんも当然辛さに耐えられず、声を上げて水を求めた。
あまりの辛さに咳き込む者や吐き出す者までいる。
「あれ?おかしいな、さっき味見した時はそんなに辛くなかったのに」
松島部長達が不思議そうな顔で首を傾げている中、僕にはカレーを激辛にした犯人が直ぐに分かった。藍菜にちがいない。
片方の手に持っていたタバスコらしき調味料を自分の上着の中にさっと隠し、反対の手で隣りにいる茜の腕をパシンと叩いてニヤニヤ笑っている。
当然カレー対決は僕等の勝利なのだが、イタズラにしてはひどすぎる。
「あんたもどんだけ辛いか食べてみなさい!」
「うわ!すごい辛い!でも何で僕だけ!?」
その後、何故か石森だけが古川先生に羽交い絞めにされ、美郷さんに無理矢理激辛カレーを食べさせられていて気の毒だった。
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