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Close to You  作者: Tohma
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3 アイナとアカネ

 仙宮の軽音楽部には、同じ1年で不来方こずかた 藍菜あいなという女子生徒も入部していた。


 藍菜は見た目が茶髪で派手なせいか、入学式の翌日には早々(はやばや)と生徒指導の教師から公開説教をくらっていた。


 藍菜も負けじと悪態をついて言い返していたので、結構なヤンキーがやって来たというのが、遠くから眺めていた僕の印象だった。


 軽音楽部に入部してきた生徒は、僕も含めて5人、その内、女子生徒は藍菜だけだった。1年は全員クラスがバラバラだった。僕は藍菜の隣りだったせいか1年生の自己紹介が終わった後に僕に話しかけてきた。


「おみー、面白い名前してるな」


 一応断っておくが、”おみー”とは”お前”という意味だ。今までヤンキーに話しかけられる機会はなかったせいか、少し緊張気味に、


「う、うん。どうぞよろしく」


と答えた。それにしても、見た目の派手さとどぎつい東北弁なまりのギャップがあり過ぎて、笑いを押し殺すのに苦労した。


この日以来、藍菜とは意外にも波長が合うのか軽音楽部の中で1番仲の良い生徒になった。



 高校に入学して3週間が過ぎたある日、顧問の古川先生が奥さんの出産に立ち会うとの理由で、部活は突如休止となった。部室の前でその知らせを聞いた僕と藍菜は、一緒に下校することになった。


「今から家さ帰っても退屈だにゃー。なあ、そうまとう。今からおみーの家に行ってもええか?」


 女子生徒をいきなり家に連れて行くのは、抵抗があったが、家族は留守なはずだし、藍菜なら変なことにもならないだろうと思い、いいよと答えた。


藍菜はスマホを操作しながら、


「もう1人、連れを呼んでもええが?」


と言うので、差当たり高校のクラスメイトか軽音楽部の1年の誰かだろうと思ったが、何か気になったので、うん、誰が来るのと聞き返した。



 僕の家の最寄りの駅前で僕らは20分程、立ち話などしながら待っていた。その間は最近お気に入りの音楽の話やギターのFのコードの弾き方が難しくてなかなか音が出ないなどの話で盛り上がった。


そうこうしていると、ニットの帽子にマスクという出で立ちの女の子が僕らの近くにやって来た。


「おお、アカネ、よく来たな」


藍菜がようと片手を挙げると、彼女も同じように片手を挙げ、僕にはペコリとお辞儀をした。


彼女は、久慈くじ あかねという藍菜の幼少の頃からの幼馴染だった。僕らと同い年であるが、生まれつき軽度であるが難聴であるとのことで、高校は仙台市内の特別支援学校に通っているという。


藍菜の大親友らしいので、いい機会だから僕にも紹介したいとのことだった。そういうことならと僕も彼女を歓迎した。


茜は前髪を鼻まで下ろし、顔がこちらからはよく見えなかったが、向こう側からはこちらが見えているらしい。僕が先頭に立って、藍菜と茜が並んでついてくる。


彼女は会話は上手くできないみたいなので、藍菜とはスマホでメッセージを見せ合いながら会話をしていた。


藍菜が茜に僕のことを簡単に紹介すると、彼女は再びペコリとお辞儀をした。僕も同じようにお辞儀で返して、心の中でよろしくと言った。



 自宅に到着すると鍵を開けて、3人で家の中に入った。僕の両親は共働きなので、あと2時間は帰って来ない。兄貴も音楽の専門学校に通っているので、家族を気にする必要はなかった。


 2人を2階の自分の部屋に招き入れると、僕は1階の台所からジュースとお菓子を準備した。彼女達を自分の部屋に入れてからふと思ったことだが、部屋に雨音のポスターとか大々的に貼ってなくてよかったと内心ほっとした。


雨音推し活動は家族にも秘密だった。彼女たちにも雨音推しを知られたくなかった。


僕はお盆に3人分のジュースとスナック菓子を乗せて、自分の部屋に戻った。


 ドアを開けると藍菜が僕のベッドの下に手を入れて何やら探している。


「年頃の男子はここに見られたぐねーブツを隠しているようだからな」


と言いながらこちらを見てニヤリと笑った。


 僕は慌ててお盆を床に置くと、そんなものは無いと全力で否定した。


 僕の部屋は至ってシンプルだった。あまり物があると落ち着かない性格なので、DVDプレーヤーが置いてある勉強机とベッド、後は棚にお気に入りのCDやDVDがあるだけだった。最近の休日はひたすらアコギの練習をしていた。


 茜は棚の前に立って、僕のDVDコレクションをじーっと見つめていた。僕の方を見るなりいくつかのDVDのかたまりを指差した。エウレカ1984のライブDVDだった。


藍菜も見に来て、


「へー、おみーもエウレカンだったんだにゃ。そっだなこと一言も言ってなかったべ」


エウレカのファンのことをちまたでは"エウレカン"と呼んでいた。


 藍菜は棚からエウレカの1つのライブDVDを手に取るやいなや、


「で、貴様はいったい誰推しだべ」


 僕はえっと驚きながら言葉に詰まった。こういう時は"おみー"じゃなくて"貴様"と呼ぶんだと思いながら。


 雨音推しとは、とてもこの場で公言したくなかった。その結果、またたく間に学校中に知れ渡ってしまうのではないか。特に雨音本人の耳にでも入ったら、次に会ったときに警戒されてしまうのではないかと。


 僕は2人の突き刺さりそうな視線を感じながらゆっくりと腰を下ろし、ジュースを一口飲んだ。そして、


「く、宮内くない 理沙りさ・・・」


と絞り出すように答えた。


 宮内理沙は、エウレカの選抜メンバーの中でも一番人気で、いわゆる絶対的エースと呼ばれている人だった。


 最近、彼女が表紙と巻頭のグラビアを飾ったマンガ雑誌が、通常よりも3倍も売れたとニュースでも取り上げられている程だった。1度彼女の魅力に取りつかれると、なかなか他のアイドルに推し変できなくなる現象はファンの間で"宮内沼くないぬま"と呼ばれていた。


 藍菜はふ~んそうなのかという顔をすると、茜と座り込んで持って来たジュースとお菓子を黙って食べ始めた。


 僕は自分の部屋にいるのになんだか居たたまれない気持ちになり、話題を変えた。


「ちょっと兄貴の部屋をのぞいてみるかい? 僕の部屋の倍の広さで音楽や楽器がたくさんあるよ」


兄貴は外出しているし、2人も興味ありそうだったので、3人で向かいにある兄貴の部屋へと移動した。


「うわー! 何だこれ、すげえ」


 藍菜は兄貴の部屋の中を見るなり、驚きの声を上げた。部屋に入って真正面には、DTM用のばかでかいデスクがあり、2台の大きなモニターとスピーカー、デスクトップPCが鎮座ちんざしていた。


 壁には何万枚もありそうなCDやレコードの棚があり、楽器もギターやベース、シンセサイザー、電子ドラム、だけに止まらず、海外の名前の知らないものまでずらりと並んでいる。


「プロのミュージシャン並じゃないか!」


藍菜と茜はまるで初めて遊び場にやってきた子供のように部屋の中をぐるぐると回った。


「兄貴の趣味なんだよ。楽器は特にいくらするのか分からないから、くれぐれも壊さないでくれよ」


「このエレキ、何十万もするんじゃね」


藍菜はフェルナンデス製のエレキギターを持ってジャ~ンと弾くマネをした。


 一方の茜は、棚に図書館の本のようにびっしりと敷き詰められているCDを興味津々(きょうみしんしん)と眺めている。そして、1枚を手に取り、ケースの裏の曲目をまじまじと見始めた。


 僕は何のCDかと思い、彼女に近寄るとケースには"21th Century Girls BEST"と記載されていた。既に解散して廃盤となっている80年代のJ-POPアイドルグループのベストアルバムのようだった。


「ああ、前に茜がフルで聴いてみたいって言っていたアイドルの曲だな」


藍菜もいつの間にかそばにいて、僕の方を見た。


「なあ塔よ、後でじっくり茜と聴きたいからさあ、この曲コピーさせてくれよ」


 突然藍菜に下の名前で呼ばれたのでドキッとはしたが、廃盤で入手困難なCDのようだったので、いいよとうなずいた。


 茜が上着のポケットからUSBメモリを取り出して僕に渡した。僕はあいにく自分のPCを持っていなかったので、この部屋の兄貴のPCを使うことにした。PCは起動中だったので、CDディスクのオープン

ボタンを押した。するとディスクは舌を出して、そのアイドルCDを飲み込んだ。


 ところで茜は音楽を聴くことはできるのかと藍菜に素朴な疑問をぶつけてみた。難聴なので聴き取りづらいだろうが、補聴器などを使って聴くことはできるとの回答だった。

また、聴こえる範囲においては絶対音感を持っているんだべ、とまるで自分のことのように自慢げに付け加えた。


 そんな音の特技を持っているなら、このアルバムは相当すごいのかと僕は聞いてみた。藍菜が茜にスマホで尋ねる。


 活動期間は1年半程度で短く、シングルも5枚ほどだったけれど、伝説的なアイドルで曲がテクノ調でとても良く、今でもカルト的な人気をほこっているとのことだった。 


最後に、この曲が聴けるなんてとても嬉しい。どうもありがとう、と返って来た。


PC画面に、音楽ファイルが映し出された。全部で16曲あった。


 茜に一応、USBメモリにはウィルスは入ってないよねと確認すると、彼女は断じてないというように首を大きく横に振った。了解した僕は頷き、USBメモリをPCの挿入口に差し込んだ。



 その時、ドドドとスクーターが家の駐車場の入る音がした。兄貴が帰って来たのだった。


 音楽ファイルのコピーにはまだしばしかかりそうだった。勝手に彼女達を兄貴の部屋に入れているこの状況は非常にまずいと思った僕は、


 兄貴の足止めをしてくるのでコピーが終わったら、僕の部屋にこっそり戻って待機していてくれと彼女たちに伝えた。


(やばい、彼女達の靴が玄関に・・・)


 僕はダッシュで階段を駆け降り、彼女達の靴を乱暴に下駄箱に隠した。・・・と同時に兄貴が玄関のドアを開けた。間一髪だった。


「靴が散らかっていたので整理していたんだ。早かったね」


「ああ、午後の講義の時間に、突然傑作の予感がするメロディーが降臨してきた。居ても立ってもいられずに帰って来た」


 お互いに違う理由で興奮気味だった。こういうことは兄貴の中で年に数回起こることだった。この状況の時は直ぐにでも2階の自室にこもって曲作りをしたいだろうな、


なんとかそうさせないために、僕はとっておきの切り札を使うことにした。


「そんなにすごい曲なら向こうからそう簡単には逃げて行かないんじゃない? 期間限定のずんだプリン、冷蔵庫にあるよ」


「何い!!」


 靴を脱いで家に上がった兄貴は目の色と行き先を変え、キッチンへとまっしぐらに向かっていった。


 "ずんだ"とは枝豆をすりつぶして砂糖と混ぜ合わせた宮城県の名物で、ずんだ餅などが有名だった。最近ではスイーツにも取り入れられ、中でも近所で評判なのが、上に生クリームが載ったこのずんだプリンだった。


 先程、茜を待っている間に駅前のコンビニで1個買っておいて良かったと僕は胸を撫で下ろした。高校生には結構な値段の極上スイーツなので、あの2人が帰ったら、こっそり1人で食べようと思っていたのだが・・・この局面を打開するためなら仕方がないとあきらめた。


 兄貴は台所にて、インスタントコーヒーとずんだプリンで優雅な一時ひととき、といった顔をしている。


 その時、チリンと僕のスマホにメッセージの着信音が鳴った。見ると藍菜からで"ミッション コンプリート"と1文のみあった。


再度胸を撫で下ろした僕は、自室へと戻った。


 2人は親指を立てて、OKの合図をしながらニコニコと笑っていた。僕はシッーと人差し指を自分の口元に当て、頼むからまだ静かにしていてくれと懇願こんがんした。


 しばらく3人で息を殺して黙っていると、食べ終えた兄貴が自分の部屋に入って行く音がした。

こうなると夕飯まで兄貴は部屋から出て来ない。


 僕は2人を静かにだが、急かすように玄関へと誘導した。彼女達は靴を履き、そっとドアを開けてこの家を抜け出した。


 僕は玄関から顔だけ出して、今度は彼女たちの立てる親指に同じように親指を立てて返してやった。

 この日は雨音以外のことですごく充実した(させられた)1日だった。


 藍菜と茜、もう友達と言っていいのか? あの奇妙な2人とは今後もお世話になり(振り回され)そうな、そんな予感を抱きながら、その日の夜はぐっすりと眠った。

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