46 楽曲制作
新曲を作ろうと決めてから3日が経過した。
先日の野外ライブで大雨の中、センターでパフォーマンスをする雨音、
あのイメージが頭の中に鮮明に焼き付いている一方で、あの雨音をどう作詞で
表現すべきかこの3日間悶々(もんもん)とした状態が続いた。
転機が訪れたのは4日目の2時限目の時だった。
「雨にも負けず、風にも負けず・・・」
一篇の有名な詩を現代文担当の白石先生が読み上げる。
先生は大学生の頃に本当はアナウンサーを目指していたらしい。
クリアで聞き易い声だ。
白石先生がもう一度読み上げる。
僕はその詩が妙に気になり、詩の世界にどっぷりと浸かろうと目を閉じた。
「雨にも負けず・・・」
次の瞬間、僕の頭の中に真っ先に飛び込んで来たのはあの雨の中で懸命に
踊る雨音の姿だった。
あのイメージがこの詩と僕の中でリンクを張って強固に結びつくのを感じた。
雨にも負けず、そうだまさにあの時の雨音だ。何とか曲のサビに落とし込む
ことはできないだろうか・・・
「ちょっと! 相馬君! 授業中に居眠りはダメよ、頭の中が走馬灯になっている
のかしら?」
ドッとクラスメイトの笑い声が溢れる。
皆の視線を感じながら、僕は頭をかいて一礼した。
詩の世界に入り込もうとしただけなのにな、まあこれで新曲のコンセプト(概念)と
いうべきものを捉えたように思う。
「止まない雨はない。皆さんにとって雨上がりの虹になりたい・・・」
とは雨音の握手会の挨拶だ。
今まで捉えどころの無い不確かだったものが確信へと変わった。
2時限目が終わり、3時限目、4時限目も授業そっちのけで曲のサビの核となる
フレーズを考えていた。
雨にも負けず、と何度も頭の中で呟いてみる。
サビの核の候補ではあるが、どうもしっくりこない。
もっとインパクトのあるフレーズはないか。
「Tomorrow is another day (明日は明日の風が吹く) ・・・」
4時限目は英語の授業だった。そこでふっと思ったのが、
"雨にも負けず"はいったい何と英訳されるのだろうか、
ということだ。
授業中にスマホの使用は禁止されている。
"雨にも負けず" "雨にも負けず"と頭の中で何度もループさせながら
僕は早く授業が終わるのを待った。
そして4時限目終了のチャイムが鳴る
・・・と同時に僕はスマホを持ち、"雨にも負けず 英訳"のキーワードでネット検索を行った。
Strong in the rain
雨の中で強く、まさにあの時の雨音のイメージそのものだ。
Strong in the rain、次のステップはこれをサビの頭に置いてメロディを考えることだ。
この時は新曲に一歩前進と意気揚々だったが、その先は予想以上に難航した。
昼休憩、5時限目、6時限目の間に試みてみるもののメロディとそこにピッタリとはまる
詞のフレーズがなかなか出て来ない。
そして放課後、
「おーい、塔。練習だべ」
隣りのクラスの藍菜だ。
教室の開いたドアの前で両手でベースを弾く仕草をしている彼女に僕は右手で応え、
途中で石森と合流して、彼女を追うように軽音楽部の部室に向かった。
「さっそく練習するべ」
いつものように藍菜が適当にベース音を鳴らし、石森がドラムスティックで机の上を叩く。
各自ウォーミングアップだ。
僕もケースからアコギを取り出そうとしたその時、
閃きと言うべきか、僕の中に新曲のサビの歌詞とメロディがふっと沸き上がってきた。
I wanna be strong in the rain
悲しみは強さに変わって
これだ、僕は一度ケースから取り出したアコギを再びケースにしまって、立ち上がった。
「あれっ、塔どうした?」
「ごめん、急用があったんだ。悪いけど今日はこれで帰るね」
「おい! ちょっと待って・・・」
藍菜の静止も途中に、僕はアコギケースを抱えて部室を飛び出した。
校舎、校門と駆け抜ける。
頭の中でさっきのサビの歌詞とメロディが逃げて行かぬよう何度も復唱した。
「曲作りは面白いことに閃かない時は本当に何日もアイディアが出ないものだが、
何気なく過ごしている時に突然、天からメロディが降って来るようなことがあるものだ」
兄貴がいつも言っているのはこのことか。
今日は金曜日、週末かけて一気に作り上げてやる。
僕は早く帰宅するために最寄りの駅まで全力で走った。