44 ライブMC
「みなさーん! 盛り上がっていますかー!」
透野の呼びかけに観客はけたたましいくらいの大歓声で答える。
「ここでちょっとお時間を頂きまして・・・」
透野が何かを言いかけた時、ちょっと待ったー、という女の子達の大きな声がステージ横から聞こえてきた。
「透野ちゃん! あたし達も駆けつけたわよ!」
エウレカメンバーと同じ衣装を着た3人がぞろぞろと脇からステージ中央にやって来た。
「エウレカの絶対的エース、宮内 理沙です!」
「先日のカラオケ大会で3連覇できました! 志波 樹です!」
「そして最後はエウレカのバラエティの絶対的エース、あいぶーこと都 亜衣どぇーす!」
察しの通り、もちろん3人は本物ではない。宮内は喜多上 渚が、志波は矢巾はるか、都は華巻あおいが扮している。
「ちょ、ちょっと何なの! あなた達!」
透野は本当に驚いているように見える。事前に打ち合わせをしていない内容のようだ。
それにしても3人の変装には悪意が感じられる。
喜多上の宮内は、長髪のカツラを被って髪型を似せているだけで他に似ている部分は全く見当たらない。
華巻の都は、遠くから見る分には似た雰囲気が感じられるのだが、カメラがアップを映し出した時には、眉毛がつながっていて、両頬には真っ赤で真ん丸のチークを描いている。これで頭に手拭いでも巻いたら宴会芸のどじょうすくいだ。
そして、最もひどいのが矢巾の志波だ。顔がどこをどう見ても志波と全然似ていない。
太い眉毛と特殊メイクみたいなもので大きくさせた目のインパクトが強烈で、例えるならギャグマンガの主人公がシリアスになった時の顔と言うべきだろうか、矢巾は身長が156cmと小柄なので、余計におふざけ感がすごいのである。
矢巾がアップになった時の顔はおかし過ぎてまともに見れない。腹がよじれそうだ。
彼女の後ろに映り込んでいる2期生の央土 薫と影差りえは、2人とも口元を手で押さえて下を向き、小刻みに震えている。病室でこの模様を観ていると思われる志波に悪いと思ってか笑いたいのを必死に我慢しているようだ。
「ふうー、もう何からツッコミしていいのやら・・・もうダメ」
透野はめまいを起こし、傍にいた3期生の湯田エリと東和めいに寄り掛かった。
天然でいつもメンバーからツッコミされていることに慣れている透野は、逆に自らが沢山のツッコミをしないといけない場面ではいつもこうなってしまうのだ。
特に今回は華巻、矢巾、喜多上からのトリプルアタックが相当効いたようだ。
そのまま湯田と東和に支えられながらゆっくりとした足取りでステージの端へと移動する透野。
「客席にいるタイヤさんと亜衣ちゃん、後は頼むね。バトンタッチ」
そう言い残し、ステージを後にした。
「えっ!!!」
華巻、矢巾、喜多上の3人が驚きの声を上げるのと同時に客席から八幡タイヤと都 亜衣が突如ステージへと上がって来た。
「おいおい、君達、あんまりリーダーを困らせるんじゃないよ」
と八幡タイヤ。
「こらー! 華巻ィ~!」
華巻の都と称したおふざけメイクに怒り、いつもの如く追い回す都。
逃げる華巻。
「はーい、そこまで。2人ともこっちにいらっしゃい」
八幡タイヤの呼びかけに答えるように華巻の腕を掴み、ステージ中央にやって来る都。
華巻は、引きずられながら痛い痛いやめてと言ってはいるが、彼女のオーバーなリアクションに過ぎず都も流石に本気ではやっていないようだ。都がそんなに強くやってないでしょと華巻の腕をパシッと叩くと華巻はばれたかという感じでペロッと舌を出した。
皆がステージ中央に集まったところで八幡タイヤは1つの大きな封筒を取り出した。
「騎械さんから預かってきております」
メンバーの驚いた顔をカメラが映し出す。
こういう状況は決まって何かサプライズがある時だった。
「それでは私が代理で読ませて頂きます」
八幡タイヤが封筒を開く。
「エウレカの皆さん、先日のカラオケ大会お疲れ様でした。また本日来場の皆様、視聴されている皆様、私の独断で彼女達に無理をさせ、皆様にご心配をおかけしてしまいました。この場を借りて謝罪いたします」
やっぱりこの間のカラオケ大会はいろいろ物議を醸していたから、今回ばかりは騎械氏も相当堪えたようだ。
「エウレカは少しずつですが、変わってゆきます。メンバーにあまり無理をさせないようにする、また、今までメンバーの統率を透野リーダー1人に任せていたので、彼女の重責を和らげるように本日副リーダーを新たに就任させようと思います」
「都 亜衣さん、前へ」
都はえっ、あたしときょろきょろ周りを見渡しながらわざとらしく驚いたように振舞って前へと出る。
「この度、あなたをエウレカの副リーダーに任命します」
事前に知らされていたのはミエミエな都は満面の笑みで両手を出し、副リーダーの辞令の証書を八幡タイヤから受け取った。
そして、華巻等3人の方を振り向くと、
「あなた達いいこと! これからは今までみたいな勝手な真似はさせないわよ!
次にテレビやラジオであいぶーって言ったらただじゃ済まないんだから」
都は華巻、喜多上に近づいて彼女達の顔を指で差し、警告するように言い聞かせた。
最後に矢巾に近づいて同じように指を差した途端、都は小刻みに震えながら、地面に崩れるように座り込んだ。
「あはははは! これ樹ちゃんの真似! 面白過ぎるんだけど(笑)」
矢巾はるかの志波 樹モノマネはアップで見ると相当な破壊力があるようで、笑いのツボにはまった都はしばらく動けなくなった。
「いやいや亜衣さん、樹さん今観てる観てる」
華巻や喜多上はにやにや笑いながら、座り込んでいる都の肩を叩き、この模様が動画配信されていることを知らせた。
「キャー! 樹ちゃん違うの! この顔が、この顔が悪いのよ!」
と都が勢いよく立ち上がって矢巾の顔をグイッとステージ前方にあるカメラの前に差し出すと観客からドッと大きな笑いが巻き起こった。
「あっほら小雨が降ってきたわ! あたしもこの空と同じ気持ちよ、樹ちゃん早く帰って来て!」
「おいおい」
さっきまでゲラゲラ笑っていた都の振舞いに八幡タイヤ、華巻、矢巾、喜多上が揃ってツッコミを入れた。
バラエティ色の強いメンバーの掛け合いのライブMCに会場は和やかな雰囲気に包まれた。