42 雨音降臨
久しぶりに雨音が朝から登校して来た日は、学校中がお祭り騒ぎのような状況だった。
ホームルームが始まる前に1人の生徒が僕のクラスの教室の入り口から顔を出し、僕の前の席の大衡に向かって叫びに近い声を上げた。
「も、森丘が登校して来た!」
ゲーム同好会に所属しているいつもの雨音のクラスメイトだった。
大衡を含め、男子も女子も沢山の生徒が一斉に教室から飛び出して行った。
先日のカラオケ大会で一躍時の人となった雨音を一目見るためだ。きっと雨音の教室の前には他の学年、クラスの生徒も集まってごった返していることだろう。
僕はあえて行かなかった。
なんだかここまで雨音が人気者になってしまうと、一気にしらけてしまう。こんな僕はきっと天邪鬼でへそ曲がりな性格なのだろう。
だが1分も経たずに大衡達クラスメイトは教室に戻って来た。
ホームルームが始まる時間だ。教師達に教室に戻るよう促されたようだ。
最後にこの教室に入って来たのは、このクラスの担任の登米だった。
教壇に立ち、生徒達と一礼すると彼はこう切り出した。
「みんな、この間のエウレカのカラオケ大会での雨音の活躍すごかったよな!一目見たいという君達の気持ちは良く分かる!だが、彼女の気持ちになってみてくれ。みんなと一緒に勉強したいと思っているのに君達が大騒ぎすれば居心地が悪いだろう。彼女が安心して学校生活を送れるように、あえてそっとしてあげて欲しい」
そうだよな、雨音の気持ちを考えればその方がいいよな、登米先生、熱血漢な所は正直苦手だけど、生徒思いのいい先生だな・・・
「えーっと、建前上そうは言っておりますが・・・」
登米は、出欠簿と一緒に持っていた1枚の色紙を生徒達に見せた。
「じゃーん!さっき職員室に雨音が来た時に、どさくさ紛れにサインもらっちゃったー!
うちの娘がファンなんだよねーうらやましいだろう」
あまりに自由奔放な登米の発言に僕は危うく椅子から転げ落ちそうになった。
実際に勢いよく地面に転げ落ちた男子も何人か居た。元気の良い一部の女子達は立ち上がって
"職権乱用"と楽しそうに騒いでいる。
しばらくして皆が落ち着くと登米は、教師達は1人の生徒を特別扱いしない、みんなも協力してくれと言い残し、わははと豪快に笑いながら教室を後にした。
自分はちゃっかりサインをもらっているくせに特別扱いしないとは支離滅裂な奴だと思いつつも、週刊誌の記者やPTA、内外の生徒達等、雨音関連の対応に教師達もいろいろ苦労が多いのだろうなと時折見せる登米の疲れた顔に同情したくもなった。
1時限目の始まる前の休憩時間、クラスメイトのほとんどがこの1階の教室の窓際に立って校庭を眺めている。
雨音のクラスが体育の授業のようだ。中には用意周到に双眼鏡で見ている者までいる。
登米の願いは残念ながら彼等に全く届いていないようだ。
雨音フィーバーにしらけていた僕も流石に誘惑にかられ(・・・というか雨音の体育着姿を一目見たさに)さりげなく窓際に立って、生徒達の頭の間から校庭にいる雨音を探した。
体操着の彼女はいつもの女子AB、2人の間で楽しそうに談笑している。
そのいつものABとは雨音と仲の良い2人のクラスメイトを指し、あいにく僕には彼女達の名前を知る機会が無いため、勝手に雨音のクラスメイトA,Bと名付けている。
雨音を校内で見かける時は、ABどちらかと並んで歩いている場合か雨音をセンターにして両サイドにAとBがいる場合の2パターンがほとんどだ。そしていつも何やら楽しそうに歩きながら話している。余談になるが、エウレカの時はそのAとBの両サイドのポジションは喜多上 渚と葛巻 楓に置き換わる。
雨音がいつもセンターなのは、彼女の魅力とオーラが自然とそうさせるのだろう。
他のみんなと同じように教室から雨音を覗いている僕の言える立場ではないが、さっきのホームルームの登米じゃないけれど、これだけみんなから注目される雨音も学校に居るのが窮屈に感じやしないかと余計な心配をしてしまう。
それでも前回放課後に廊下で見かけた時には、この世の終わりと思える程の暗い顔をしていた。今はあんなに楽しそうにしている彼女を見れてとても嬉しい。
雨音のアイドルとしての快進撃は止まらない。
一昨日の東京日比谷で行われた野外ライブでも静養中の志波はもちろん、一番人気の宮内が別の仕事の都合のため不在の中で圧巻のパフォーマンスをやってのけた。