22 帰りのバスの中にて
僕は、仙台に向かう高速バスの中にいた。
まだ興奮が収まらない。あの雨音と初めて目が合った。天に昇るような気持ちとはこういうことなのだろう。
雨音との握手会でのやり取りが、脳内で何度もリピートされる・・・
ドアを開くと、雨音は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。僕のことを知っているのだろうか。いやまさか。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日は、来てくださってありがとうございます」
「会えて嬉しいです」
手を差し出すと、両手で包み込むように優しく握手をしてくれた。先程の喜多上との握手で痛めた手をまるで癒してくれているかのようだ。
「トーマと言います。雨音さんをずっと応援しています」
「ありがとうございます。今日はどちらから」
「と、東京です」
雨音はまさか僕が同じ高校に通っているとは思っていないだろう。後日、学校で会って警戒されても嫌だし・・・
この場で同じ高校に通っているなんて言ったら、物理的にも心理的にも途端に距離をおかれる可能性もある。とにかくファンであること、そしていつか「夕立」でエウレカライブのセンターに立つ姿を見たいと伝えた。
「そんなに見て考えてくれていたなんて、すごく嬉しいです。これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします」
そして、1分が経過した。
はがし役の人に促されて出口のドアノブに手をかけた時、自分でも何であんなことを言ったのか理解できなかったが、言わずにはいられなかった。
振り返って、僕はこう言った。
「僕、雨音さんの頑張っている姿に感化されて、今曲を作っているんです!そのほとんどが雨音さんに捧げる歌です!いつか聴いてください!」
雨音は驚いていたが、すぐに笑顔に変わり、
「ぜひ、機会があれば」
「約束ですよ!」
そして僕は、はがし役の人に押し出されるように雨音ブースから退出した。
最後に雨音に伝えた事は・・・
まあ、このくらいなら言っても良いだろう。これで良かったんだ。僕は自分に何度も言い聞かせた。但し、曲はまだ1曲しか完成していないが・・・
約束したんだ。彼女に捧げる曲をこれからどんどん作ろう。
バスは仙台駅に到着した。