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Close to You  作者: Tohma
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12 フリートーク

「やっぱり聞いてみたいのは、初めての握手会の時はどうだったかということ、あとは今まで一番大変だったファンの方達からのむちゃぶりみたいなのがあったら教えて欲しいです」


雫井の質問に他のメンバーは誰から話そうかと顔を見合わせていたが、最初に雨音が手を挙げた。


「あたしは今日で3回目ですけど、最初の時はやっぱりドキドキでした。でも握手に来てくださるファンの方達はみんな優しくて元気をもらえます。むちゃぶりはですね・・・」


雨音は数秒ほど宙を仰いだ。


「あたしの場合、料理が大の苦手なのが番組ですっかり有名になっちゃいましたけど、得意料理のレシピを教えてくださいと言われた時は困りました」


他のメンバーは失笑し、観客からも笑い声が聞こえてくる。


「惑星エウレカのあの料理の企画でいきなりお米を食器用洗剤で洗ったのが、よっぽど衝撃的だったんだよ」


とは喜多上。惑星エウレカとは毎週土曜の深夜に地上波で放送されている彼女達のレギュラー番組のことである。僕もあれは観ていて雨音の意外な欠点に当時びっくりしたのを憶えている。動画サイトでもエウレカの衝撃映像としてアップされている。


 都は思い出したように雨音の別の料理エピソードを紹介する。


「雨音クッキングの破壊力はメンバー1だよ。今年のバレンタインデーの時にみんなで手作りチョコを交換したけど、砂糖と塩を間違えてて・・・」


「あった、あった」


志波が笑いながらうなずく。


「ああいう時は普通、作って直ぐに自分で味見をするものよ。みんながしょぱーい!何これ!ってなっちゃって」


いつもは不思議系キャラの水沢も実家が洋菓子店を経営しているからか、この場では真面目にコメントをする。


「そしてその後の渚がまた悪かったよね」


華巻が憎々しい顔で喜多上を指差す。


「そうそう!このチョコ、メンバーみんなからの日頃の感謝の気持ちですって騎械先生に渡してたからね。渚!あれは冗談でもダメなヤツ」


都からそう言われ、喜多上はペロッと舌を出した。


「しばらくすると録音スタジオからしょっぺー!何これ!やべー!って声が聞こえて、その後にしっかりスタッフさん達から叱られました」


観客からよりいっそうの笑い声が響いた。



「もう1人ぐらい聞いてみようかな。初めての握手会の時の心境とむちゃぶりされた経験」


都は手を挙げるメンバーの中から志波を選んだ。


「初めての握手会は自分のブースに1人でも多くのファンが来て欲しい、その事だけを思って必死でした。この中では亜衣が1番分かると思うけど、当時はファンが多くて30人、少ないと5~6人ぐらいだったから。今ではこんなにたくさんの人に来てもらえるのがとても嬉しいです」


「そんな時代もあったよね・・・。1人も握手できない時もあった・・・」


都が泣くふりをしながら隣りの志波に寄り掛かる。


いつの間にか飛ぶように売れたエウレカだが、結成当初はそれほど評判にもならず、地下アイドル達とライブをしたり、下積み期間も1年くらいあったというのは彼女達のレギュラー番組でよく聞く話だ。


志波は続いて2つ目の質問に答える。


「むちゃぶりねえ・・・。自分のキャラに合わないことを要求されることかな」


「えっ!それどんなこと」


都は興味津々な様子だ。


「さっきの唯や詩帆のようなあいさつ」


メンバーからも観客からもどっとどよめきと笑いが起きた。いかにもアイドル的な仕草や言動が志波の辞書にはないからだ。


そこで疑問に思うのが、志波は何故アイドルグループのオーディションを受けたのか、ということである。


ファンにとっても長い間謎に包まれていたが、志波曰く、親戚のお姉さんが本人に内緒でオーディション主催者に応募書類を送ったからだとのこと。


志波は、当日まで女性ボーカリストの新人オーディションだと思っていたそうだ。


その圧倒的な歌唱力が騎械氏の目に留まり、晴れてエウレカの1期生となった。


最初はアイドルになることに抵抗があったらしいが、騎械氏の楽曲を何曲も聴き、考えを改めたとのこと。


アイドルらしくないアイドルとしてグループ内で異色の存在であるが、かえってカッコイイということで結果的にエウレカの女性ファン層を増やした立役者となっている。



隣りにいる水沢が志波の上着のすそをグイグイと引っ張る。


「ねえねえ、シュワちゃん。そんな時はこうしてって前に教えたじゃない。はーい、みんなをシュワちゃん特製の恋の炭酸泡でシュワシュワにしちゃうぞー!それー!シュワシュワー」


身振り手振りで必死にアイドルらしいあいさつを説明する水沢とゼッテーヤラネーという顔で見ている無反応の志波。不思議ちゃんと硬派な姉御あねご、その両極端な2人の様子に観客から再びどっと笑いが起こった。


メンバーはというと、雨音と雫井が当惑した表情をしている一方で、華巻と喜多上は笑いをこらえるのに必死な顔をしている。


都も笑いたいのを我慢していたが、周りの雰囲気に耐えられなくなり、とうとう吹き出してしまった。


「アハハハハ!!唯ち―、人にはそれぞれキャラというものがあるから。まあでも1度でいいから樹ちゃんのそういう姿も見てみたいわ。あー可笑おかしい」


華巻、喜多上もつられて爆笑し出した。


「亜衣!笑い過ぎ!それにあおいと渚も!後で説教!」


「うわー、ごめんなさい!」


都、華巻、喜多上の3人は立ったまま土下座をするようなポーズを志波に向かって行った。



メンバーのフリートークが終わったところでステージの照明がオレンジ色に切り替わった。


都も気を取り直して真面目な顔に戻る。


「それでは2曲目を聴いてください、夕立」


他のメンバーも先程とは打って変わり、真剣な顔つきでフォーメーションを組む。


僕はえっと思わず声を発してしまった。


それは僕がバスの中で描いていた光景そのもの、センターポジションには雨音が立っていた。

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