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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第一章 ハンナ・アーモンド
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第一章 ハンナ・アーモンド_6/6


 結局ノエルに押し切られる形で、ハンナはノエルたちと行動を共にすることとなった。当然ながら不安もある。だがこのまま一人で屋敷に帰るほうがよほど怖かった。


(だってノエルと一緒にいるところを軍人に見られているんだもん)


 ノエルの関係者として軍が自分を探していないとも限らない。もちろん自分は何の事情も知らない一般人だが、それを軍に的確に説明できるかは自信がなかった。


(最悪、なにも話を聞いてもらえずに逮捕なんてことも考えられるじゃない)


 今ここで一人になるのはイヤだ。それが得体の知れない人であろうと、誰かと行動を共にしていたかった。ハンナは最終的にそう決断を下したのだ。


(きっと大丈夫……ノエルが悪い人なわけないし……いろいろ誤解があるのよ)


 自分自身にそう言い聞かせながら走ること約五分。路地裏から人気のない通りに出る。ハンナの少し前を先行していたノエルが、通りの先を指差して口早に言う。


「あそこの地面に光っている丸い幾何学模様があるだろ? あれが転送装置の入口だよ。あそこに飛び込めば、ボクたちの船まで一瞬にして移動することができるんだ」


 転送装置もまた魔工機器であり、その構造の複雑性からレプリカが存在しない。オリジナルの数も非常に少なく、その貴重さゆえに政府や国軍にのみ使用が許されていたはずだ。少なくとも、転送装置が民間人に貸し出された例など聞いたこともない。


 目を逸らしていた不安がまたムクムクと膨れてくる。だがもはや逃げ出すこともできない。ハンナは死地に赴くような心地で、地面に光る模様へと向かい――


「――止まって、ハンナ!」


 ノエルが上げた声に、ハンナは半ば反射的に駆けていた足を止めた。


 前方にあった光る模様が突如として爆発を起こす。瞬間的に膨れた土煙に唖然とするハンナ。しばらくして通りに舞っていた土煙が晴れていく。するとそこには――


 全長が三メートルほどの、巨大な灰色の物体が立っていた。


「こいつは――()()()()か?」


 ノエルが舌打ち混じりに呟く。魔工兵器。主に軍が運用しているという魔工機器の一種だ。兵器の名に恥じず、高い殺傷能力を有していると聞いたことがある。


 その魔工兵器は鈍色のカマキリのような姿形をしていた。分厚い両腕の鎌に、不自然に細い直立した両足。眼球のない頭部。まるで獲物を威嚇するように、全身の節々から白い蒸気を噴き出している。


 魔工兵器の禍々しい姿に声を失う。するとここで、その魔工兵器の背後にゾロゾロと軍人が姿を現した。それと同時にこちらの背後からも大量の足音が聞こえてくる。前後と視線を巡らせると、数十人もの軍人が横並びに通りを封鎖していた。


 こちらを取り囲んだ軍人が一斉に拳銃を構える。またも無数の銃口に睨まれて、ハンナは体を硬直させた。軍人の中で一番年配と思しき男性が眼光を鋭く尖らせる。


「偵察機を飛ばしておいた。我々からそう簡単に逃げ切れると思うな」


「驚いたよ。魔工兵器まで持ち出すなんて。まさかボクって結構大物に見られている?」


 軽口を叩くノエルに、年配の軍人が苛立たしげに「ふん」と鼻を鳴らす。


「演習で使用したものを、この街を経由して運搬していたんだ。折角の機会だからな。実践テストも兼ねて利用しようと考えたまでだ。しかし驚いたのはこちらも同じ。まさか貴重な転送装置まで保有していたとはな」


 年配の軍人が一呼吸の間を空けて――


 乱暴に言葉を吐き捨てる。


「全くもって、()()()()()()()とは不愉快だ」


 ドラゴンシーフ。聞き馴染みのない言葉だが、自分を除いてこの場にいる誰もがその言葉の意味を理解しているのか、その言葉に疑問が投げられることはなかった。年配の軍人が魔工兵器の足元をちらりと一瞥し、ひげの蓄えられた口元を曲げる。


「しかし転送装置の入口は破壊した。これでもはや逃げ場はない。諦めるんだな」


 魔工兵器の足元。ズタズタに破壊されたその地面には、先程まで輝いていた光の模様が消失していた。年配の軍人が言うように転送装置の入口が破壊されたのなら、通りを封鎖されたこの状況で逃げ道は確かにない。


「どどど、どうするノエル? これはさすがにピンチだと思うぞ」


「どうもこうも、どうにかして切り抜けるしかないだろ? 銃を構えてはいるが、連中がドラゴンシーフを射殺することは基本ない。何とかなるんじゃないか?」


 そう肩をすくめるノエルに、「簡単に言うが」と顔を青くするエヴァン。正直なところ顔を青くしたいのは二人の事情に巻き込まれているこっちのほうだ。魔工兵器とノエルに何度も視線を往復させていたエヴァンが――


 唐突にその怯えた表情を硬直させた。


「ノエル……頬が切れて血が出てる」


 ノエルがきょとんと目を瞬かせる。確かによく見ると、ノエルの右頬が小さく裂けて血が滲んでいた。ノエルも今気づいたのか、自身の頬に触れて訝しそうに眉をひそめた。


「ん……ああ本当だ。さっきの爆発の時に、石の破片か何かで切ったんだな」


「ノエルが……怪我を……」


 エヴァンの全身がビクリと震える。


 はっと表情を強張らせるノエル。エヴァンの呼吸が徐々に激しくなり、その荒い呼吸の合間に唸るような声が聞こえ始める。明らかに体調に異変をきたしている彼だが、ハンナはそれを気に掛ける余裕などなかった。眼前の魔工兵器が右腕の鎌を振り上げて――


 その刃をこちらに高速に振り下ろす。


(あ――あたし死んじゃった)


 死の瀬戸際に思うことなど、存外こんなものなのか。そんなことを考えながら、ハンナは迫りくる刃を見つめていた。一秒も満たない一瞬。それが過ぎ去ったその時――


「がぁああああああああああああ!」


 突然吠えたエヴァンが、振り下ろされた魔工兵器の鎌を拳で殴りつけた。


 魔工兵器の鎌が千切れ飛んで、通りを封鎖していた軍人のすぐ近くに落下する。ズガンと地面に突き刺さる肉厚の鎌に、拳銃を構えていた軍人が悲鳴を上げた。ぽかんと赤い瞳を丸くするハンナ。エヴァンが魔工兵器を殴りつけた拳をゆっくりと引き――


「テメエら全員――ぶち殺してやる!」


 片腕となった魔工兵器を、これまた愚直に蹴りつけた。


 全長が三メートルにもなる魔工兵器。その巨体が、エヴァンにあっさりと蹴り飛ばされる。十メートルほど吹き飛んで、背中から地面に落下する魔工兵器。この人間とは思えないエヴァンの実力に、こちらを取り囲んでいる軍人に動揺が走る。


「ふぅううう――ふぅううう――」


 食いしばった歯の隙間から息を吐きながら、エヴァンが魔工兵器へと歩を進めていく。その彼の表情はこれまでの穏やかなものから一変し、狂暴な気配に満ちていた。


「す、すごい……エヴァンさんってこんなに強かったんだ」


 ノエルの護衛者だと聞いてはいたが、これまでの情けない印象からにわかに信じられずにいた。何にせよエヴァンがこれほど強いならば、この窮地も乗り切れるかも知れない。そう期待を膨らませたところで――


「あの馬鹿……ここにいる軍人を皆殺しにするつもりか」


 ノエルが苦々しい表情でそう呟いた。


 聞き捨てならない言葉に、ハンナは「え?」と目を丸くする。ノエルが舌打ちをして、エヴァンへと駆け出した。地面に倒れた魔工兵器を素通りして、通りを塞いでいる軍人へと近づいていくエヴァン。唸り声が聞こえてくる彼の背中に追いついて――


 ノエルが力強くその肩を掴んだ。


「しっかりしろエヴァン! ボクなら何ともない! 狂気に呑み込まれるな!」


「――ッ……ノエ……ル? ぐ……」


 エヴァンの膝がガクリと落ちる。地面に両手をついて荒い呼吸を繰り返すエヴァン。苦しそうにする彼のそばに屈み込み、ノエルが彼の肩を優しく抱きしめる。


「落ち着くんだ。ボクならここにいる。お前はボクを守ってくれるんだろ?」


「……そう……だ……俺が……ノエルを守る……そう約束した……」


「だったら暴走するな。そんなことされてもボクは嬉しくないんだぞ」


「……ごめん……もう大丈夫だ……」


 エヴァンの凶暴な気配。それがみるみると萎んでいくのが分かった。状況がまるで理解できずにポカンと立ち尽くすハンナ。こちらを取り囲んでいる軍人もまた呆然としているようだ。だがその中でただ一人――


 年配の軍人だけが行動を起こした。


「今だ! その二人を攻撃しろ!」


 地面に倒れていた魔工兵器。その頭部がパカリと左右に開き、そこからボシュっと何かが撃ち出された。白い煙を噴き出しながら直進する筒状の物体。それは――


 絵に描いたようなミサイルだった。


 不意を突いたこの攻撃に、地面に腰を落としていたノエルとエヴァンは反応もできない。ハンナの目の前でミサイルが二人に着弾、大きな爆発を起こした。


 吹き付ける爆風に背筋が凍える。恐らく転送装置の入口を破壊したのも、このミサイルによるものなのだろう。だとすればその破壊力は石畳の地面を容易に砕くものだ。人間がまともに受けて無事で済むはずがない。


「宜しいのですか? 尋問する前にドラゴンシーフの連中を殺してしまって。これでは奴らが隠し持っている魔工機器の在処が……」


 爆風が静まったところで、若い軍人が年配の軍人にそう尋ねた。年配の軍人が「なに構わんだろ」と軽く肩をすくめて、立ち尽くしているハンナに鋭い視線を向けた。


「一人いれば尋問は事足りる」


 息が詰まる。軍はやはり自分もまたノエルの仲間だと考えているようだ。こちらを取り囲んでいる軍人が改めて拳銃を構える。何もできずに震えるだけのハンナ。それを観念したと見たか、年配の軍人が勝ち誇るようにニヤリと笑った。


 だがここで――


「彼女には手を出させないよ」


 ノエルの声が聞こえてくる。


 年配の軍人がぎょっと目を見開いて、聞こえてきた声に振り返る。ミサイルが破裂した場所。まだ僅かな土煙が舞っているそこから二メートルほど離れた位置に――


 ミサイルが着弾した時と同じ姿勢の、ノエルとエヴァンの姿があった。


「馬鹿な! 確かに直撃したはずだ!」


 唾を飛ばす年配の軍人に、ノエルが「さてね」とはぐらかすように笑い――


 右手に構えた拳銃を()()()()()()


蜃気楼(まぼろし)でも見たんだろ」


 ノエルが上空に拳銃を発砲。軍人にも魔工兵器にも当たらない軌道だ。一体何のつもりなのか。そんな疑問が浮かんだところで――


 上空から巨大な石の塊が降ってきて、地面に倒れていた魔工兵器を圧し潰した。


「なぁあああああああああああ!?」


 年配の軍人が絶叫する。魔工兵器をペシャンコにした巨大な石の塊。その上に何かが張り付いていた。それは無数のプロペラがある――


「ドローン?」


 ハンナはポツリと呟く。


 無人飛行装置。単純な構造ゆえにレプリカも製造されている魔工機器の一種だ。空中を自由自在に飛行する装置で、小型ながら重い荷物を持ち運ぶことができるため、運送などにもよく利用されている。


 石に張り付いたドローンをよく観察すると、その筐体に小さな穴が開いていた。恐らくノエルの銃弾が貫通した跡だろう。つまり巨大な石を運んでいたドローンがノエルの銃弾に撃たれ、魔工兵器の上に落下してきたということだ。


 それだけでも驚くべきことだが、さらにハンナは驚愕した。魔工兵器を潰した石の塊。その表面に光り輝く模様が浮かんでいたのだ。それは魔工兵器により破壊された――


 転送装置の入口であった。


「ハンナ! その光に飛び込むんだ!」


 ノエルが転送装置の入口へと駆け出す。エヴァンも一緒だ。立て続けに起こる異常な事態にすっかりと頭を混乱させていたハンナ。だがそのノエルの声に――


 彼女は不思議と迷いなく駆け出した。


 軍人が何かを叫んでいる。だがその声はもはや聞こえない。魔工兵器を潰している石の塊。その表面に浮かんだ光の模様。ハンナは力一杯にジャンプすると――


 その光の模様に飛び込んだ。


 その直後――


 眩い光が視界を塗りつぶす。


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