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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第一章 ハンナ・アーモンド
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第一章 ハンナ・アーモンド_3/6



(ちょぉおおおおおおおおイケメンなんですけどぉおおおおお!)


 ハンナは胸中で喝采を上げると、対面のソファに腰掛けているノエルを凝視した。フワフワとした金色の髪に、宝石のようなキラキラの碧い瞳。絹のように滑らかな白肌に、その肌に映える薄紅色の唇。思わず目を奪われてしまうほどの美貌の持ち主だ。


 顔立ちは中性的で男性としては背が低いこともあり、ともすれば女性的な雰囲気も感じられる。しかもかなりの美人だ。ハンナはそこに若干の複雑さを覚えながらも――


 口から垂れた涎を袖で拭った。


(パパが連れてくるお見合い相手なんて、くたびれたオジさんとかそんな感じだと思ってたのに、まさかこんなカッコイイ人が相手だなんて……)


 自然と頬が緩む。締まりのない顔をするハンナに、ニコリと微笑むノエル。その彼の笑顔に眼球を焼かれつつ、ハンナは同じソファに腰掛けている父に親指を立てる。


「パパ――グッジョブ」


「我が娘ながらその華麗な手のひら返しは感動すら覚えるな」


 ウィンクする娘にうんうんと頷いて、アーノルドがまた小声で囁く。


「だが気に入ったのなら何よりだ。あとはお前がノエル君に気に入られることだな。客観的に見て、現状お前はヤバい奴でしかないぞ」


「それパパの所為でもあるんだけど」


 半眼で睨むも、父はどこ吹く風と肩をすくめるだけだ。まあ愚痴をこぼしたところで仕方ない。ハンナはそう気持ちを切り替える。


(あたしだって、素敵無敵なお嬢様ぐらい演じられるんだからね)


 ハンナはキラリと赤い瞳を輝かせると――


 口元に手を添えて高笑いをした。


「おぉおおほほほほほ! 御免あそばせ! この私がハンナ――」


 父に頭を殴られた。涙目で困惑していると、父が呆れたように嘆息する。


「それは何のつもりだ、ハンナ?」


「えっと……お金持ちのお嬢様とかってこんな感じじゃない?」


「私も名家の知り合いが何人かいるが、そんな馬鹿みたいな人種は見たことないな」


 どうやらこのお嬢様のイメージは誤りであったらしい。父は大きな会社を経営しているため、一応自分も本物のお嬢様といえるのだが、その振る舞いを意識したことなどなかった。どうしたものかと悩んでいると、ノエルが微笑みを崩さないまま口を開く。


「そう緊張しないでください。ボクは普段のハンナさんを知りたいのですから」


 下手な演技をしようとボロが出るだけだ。ハンナはそう判断して、ノエルの言葉に甘えることにした。「あはは」と誤魔化しの笑いを浮かべて、ぺこりと頭を下げる。


「騒がしくてごめんなさい。お見合いなんて初めてでその……勝手が分からないんです」


「ボクも同じ気持ちです。何から話せばいいのかそればかり考えていて」


 クスリと笑うノエル。彼の美しい所作に頬を赤らめつつ、ハンナは口を開く。


「改めて自己紹介しますね。あたしハンナ・アーモンドです。そしてこっちの恐い顔の人が、あたしのパパです。よろしくお願いします」


 わざわざ紹介されずとも、父のことはノエルも把握していただろう。だがそれを特に指摘することもなくノエルが頭を下げる。


「こちらも改めて、ノエル・マクローリンです。今日はよろしくお願いします」


 ノエルに倣い慌てて頭を下げる。するとここで、ノエルがふと気付いたように自身の隣を手で示す。彼の横に視線を移すと、そこには一人の黒ずくめの青年がいた。


 何やら居心地悪そうにしている青年を一瞥して、ノエルが苦笑を浮かべる。


「こいつはエヴァン・スタイルズです。事前にご相談もなくこの場にお連れして申し訳ありません。一応ボクの護衛だということで、付いていくと聞かなくて」


 申し訳ないも何も、ハンナはその黒ずくめの青年――エヴァンの存在に今しがた気付いたところだ。ノエルの印象があまりに強烈で、エヴァンが視界に入っていなかったのだ。


 ノエルが「ほら、お前からも挨拶して」とエヴァンに声を掛ける。突然話を振られたことで、エヴァンが「なな?」と滑稽なほど狼狽した。


「つ……エヴァンです。ノエルの護衛を務めています。よろしくお願いします」


「あ……はい。よろしくお願いします」


 居心地悪そうにするエヴァンに眉をひそめる。こちらの訝しそうな気配を察したのか、ノエルが可笑しそうにクスクスと笑う。


「頼りなく見えるでしょう? その実……本当に頼りないんですよ」


「な……おい、ノエル!」


 抗議の声を上げるエヴァンに、ノエルがハラハラと手を払う。


「まあでも、たまに役立ってくれます。迷惑は掛けませんので同席を許してください」


「は、はい。もちろん構いません」


 不満顔をするエヴァンを一瞥して、ハンナはそう返答した。ややぎこちないながらも互いに自己紹介を終えて、ようやくハンナも気持ちに余裕ができる。


(お見合いったらアレよね……趣味とかそういう人となりを聞くものよね?)


 ドキドキと胸を鳴らしながら、ハンナは積極的に口を開いた。


「実はあたしノエルさんのこと何も聞いてなくて……ノエルさんはお幾つなんですか?」


「十八歳です。ハンナさんは十七歳ですよね? ボクがひとつだけ年上になります」


 ノエル側はこちらの基本情報をしっかりと覚えてきているようだ。ハンナは「ええ、そうです」と頷いて、さらに質問を重ねた。


「十八歳ということは、学校に通われているんですか?」


「いえ、()()()()()として働いています」


 キャラバン。詳しく知らないが、世界を旅している行商人のことだ。世界各地を行き来している彼らには、流通業を営んでいる父も仕事の面でよくお世話になっているという。何となく父とノエルとの関係性を理解して、ハンナはパチンと手を鳴らす。


「あたしとひとつしか違わないのに、そんな大変な仕事をしているなんてスゴイです。護衛がいるなんて不思議に思いましたが、それだけ危険な仕事ということですね」


「確かにボクたちの仕事に危険はつきものです。もっともエヴァンはキャラバンの護衛というより、ボク個人の護衛なんですよ」


 個人に護衛が付いているなど、もしかするとノエルは名家出身なのかも知れない。実際のところ、彼のあらゆる所作にはその手の気品が感じられた。


(とはいえ……いきなり実家はお金持ちですかなんて下品よね)


 その程度のことはさすがに理解できる。ハンナは「そうなんですか」と簡単に返答をして、また別の疑問を口にする。


「お住まいはこの街に?」


「いえ、仕事で使用している()が住居も兼ねているんです。その船で仲間たちと生活をしながら、各々の街で物資を仕入れたり卸したりして、生計を立てています」


 ということは仮にこのお見合いが成功した場合、自分も故郷を離れてノエルの船で生活する必要があるのかも知れない。そのことには多少の不安もあるが、旅行をしながら仕事をしていると思えば案外楽しめるだろう。


(まあそれが大変そうなら、どこかに家を建てて欲しいって頼めばいいしね)


 可愛い奥さんの頼みならば、ノエルもきっと断わるまい。そんな都合の良いことを考えつつ、ハンナはさらに質問を重ねる。


「この街も仕事で訪れたことがあるんですか? それとも今回が初めて?」


「いえ、仕事で何度か。ただ仕事で少し立ち寄るだけなので詳しくはありません。正直に告白してしまいますが、この屋敷にたどり着くまでにも結構道に迷ってしまって」


 ノエルが恥ずかしそうに頬を掻く。その照れた笑いが男性ながらに可愛らしく、ハンナは胸をキュンと高鳴らせた。中性的な顔立ちだけに、異性のみならず同性もまた、彼の笑顔にはイチコロに違いない。


(うう……カッコ可愛いぃいい)


 胸中で身震いする。このような上玉に出会える機会などそうないだろう。否。これが最初で最後かも知れない。それだけに、何としても彼のハートを射止めなければならない。


 ハンナは脳を高速回転させると、ノエルが食いつきそうな話題を口にした。


「この街に詳しくないということなら、散歩も兼ねてあたしが街を案内しましょうか? あたしはずっとこの街で暮らしてきたので、簡単な案内ぐらいならできると思いますよ」


 この会心の言葉に、ハンナは心内でガッツポーズする。ごく自然にデートに誘いながらも、不慣れな街をナビゲートする知的な女性をアピールできる。これまでの失態を帳消しにする最高の一手と言えるだろう。


「もちろんノエルさんが良ければですが」


 そう柔らかく微笑みながらも、ハンナは獲物に食らいつく猛禽のような眼光でノエルをじっと見据える。ノエルがふと考え込むように碧い瞳を二度ほど瞬かせて――


 その瞳を優しく細めた。


「それならぜひお願いします」


 喰いついた!


 空中を旋回していた鷹が綺麗な鳥に喰らいつく。そんな映像を脳内で再生しながら、ハンナは歓声――むろん表情には見せないが――を上げた。


 街中を二人きりでデート。これで二人の距離は急接近すること間違いなしだ。ハンナはあくまで平静を装いつつも、思わず頬が緩んでいくのを自覚する。


 だがこのノエルの発言に、エヴァンがなぜか慌てたように目を見開いた。


「何を言ってんだノエル! 街中を歩き回るなんて危ないだろうが!?」


 エヴァンの予想外な反応に、ハンナは驚きよりも苛立ちを覚えた。折角デートにこぎつけたというのにどうして邪魔をするのか。そう表情を渋くしていると、ノエルが嘆息してエヴァンに呆れた視線を投げた。


「折角のご厚意だ。断るなんて失礼だろ。それに危険なんてないよ。現にボクたちはこうして屋敷まで安全に来られたじゃないか」


「それは人気のない裏道を通って来たからで……顔だってフードで隠していただろ?」


「気にし過ぎなんだよ、エヴァンは。こんな広い街でただの通行人の顔なんて誰も見てないさ。目立たないよう街を少し見て回るだけだ。何の問題もない」


「そういう油断が危険なんだ」


「しつこいぞ。ボクが決めたんだ。文句があるならお前には帰ってもらうからな」


 じとりと半眼になるノエルに、うっと声を詰まらせるエヴァン。この二人の奇妙なやり取りに、ハンナもさすがに苛立ちよりも疑問を覚える。これではまるで――


(誰かに追われているみたい……)


 エヴァンに向けた視線をこちらに戻し、ノエルがまた柔らかい微笑みを浮かべる。


「うちの者がすみません。それでは日が暮れないうちに出掛けましょうか?」


 屈託のない笑顔を浮かべるノエルに、ハンナは躊躇いがちにこくりと頷いた。


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