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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第五章 メリッサ・オードリー
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第五章 メリッサ・オードリー_5/6


 ふと気付いた時には薄暗い部屋の中にいた。何やら幽霊でも出そうな薄気味悪い部屋だ。一体何が起こったのか。エヴァンはそれをすぐに理解できなかった。


 絶叫アトラクションの車両から這い出して、薄気味悪い部屋を恐々と見回した。天井が崩れてアトラクションの車両が床に突き刺さっている。どうやらレールから脱線した車両が、この部屋に落下したらしい。


「とと、とにかく……こんな薄気味悪いところ早く出よう」


 恐怖から大きな独り言を呟き、エヴァンは部屋を出て廊下を歩き始めた。壁を破壊して建物から脱出することもできるが、さすがにそれは乱暴だろう。天井を木端微塵に破壊しておいて今更とも思うが、何にせよエヴァンは怯えながら廊下を歩いていく。


 廊下をグネグネと適当に歩くと、広い部屋に出た。どうやら自分が歩いていたのは二階のようで、その部屋には一階に降りる階段があった。薄暗いながらも部屋の雰囲気から出口が近いことを察し、エヴァンは階段へと足を速める。そして――


 吹き抜けの二階廊下からそれを見た。


「……ノエル?」


 一階にノエルの姿を見つけて、エヴァンは呆然と呟く。こちらの声に反応して振り返るノエル。薄暗い部屋のせいで彼女の姿が見えづらい。だがそれでもはっきりと分かる。


 ノエルが怪我をしていた。


 しかも軽傷ではない。頬には大きな痣ができており、口元はベッタリと血で汚れていた。ノエルが呆然とこちらを見つめている。その彼女をエヴァンは呆然と見返した。


 自分の護衛対象であるノエル。自分の大切な人であるノエル。その彼女が怪我をした。その彼女が傷付けられた。その彼女が苦しめられた。エヴァンはそれを理解して――


 全身をドクンと跳ねさせた。


 駄目だ。そう思った時には遅かった。自身に組み込まれた魔法。『狂人』。その魔法が突発的な怒りに呼応して、瞬時にこちらの意識を喰らっていく。吐き出した息が焼けるように熱い。全身がキリキリと軋む。口から唸り声をこぼしながら――


「テメエら……ノエルに何をした?」


 エヴァンは暴走を始めた。


 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺――


 頭に響く『狂人』の声。エヴァンはギラギラと眼光を輝かせると、一階にいる獲物を見回した。優先的に破壊すべきはノエルを傷付けたクズ野郎だ。そしてエヴァンは――


 青い髪の魔工人形を見つけた。


「テメエか……ぐ……おお、俺のノエルに……手を出したの……は」


 意識が朦朧とする。『狂人』の浸食が進んでいるのだ。青髪の魔工人形がひどく不機嫌そうに顔をしかめて大きく嘆息した。


「一体いつの間に城に入り込んだのか……何にせよ貴方も私に逆らうのですか?」


「がが……答えろぉおおおおおおおお!」


「……貴方にも忠告します。もはや貴方がたに勝ち目はありません。大人しく――」


「答えろぉおおおおおおおおおおお!」


 二階廊下から飛び出し、青髪の魔工人形へと駆ける。はっと目を見開く青髪の魔工人形。だがそれだけだ。それ以外の行動をする余裕など一切与えない。青髪の魔工人形と肉薄。反応すらできない彼女の頭を鷲掴みにし――


 その後頭部を床に叩きつけた。


「があっ!?」


 床が大きくひび割れて、魔工人形の体が跳ねる。跳ねた魔工人形の体を即座に蹴りつけるエヴァン。蹴り飛ばされた魔工人形が壁にバウンドして床に落下した。


「……ま……またこんな化物のような……一体なんなのですか? 貴方がたは……」


 体を震わせながら、青髪の魔工人形がフラフラと立ち上がる。どうやらまだ動けるらしい。恐ろしいほどの頑強さ。だが問題ない。ただ硬いだけだ。それだけならば――


 破壊(こわ)れるまで破壊(こわ)せばいい。


 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺――


 脳内に響く『狂人』の声が大きくなる。エヴァンは頭を押さえると『狂人』の声を振り払おうと頭を振った。今はまだノエルの敵にだけ狂気が向けられている。だが『狂人』に完全に呑み込まれれば、その狂気は無差別に振るわれる。そうなれば――


 守るべきノエルすら傷つけかねない。


「ぐぅ……がああ……」


 だが『狂人』の声は静まることなく、勢いを増すばかりだ。蝕まれた意識が徐々に闇へと落ちていく。『狂人』が自分と入れ替わっていく。魔法に心を支配される。エヴァンは絶叫すると『狂人』の赴くままに行動――


「――エヴァン!」


 その声に体が硬直した。


 闇へ落ちかけた意識が僅かに浮上する。その欠片ほどに小さな意識で理解する。心に鳴り響いていた『狂人』の声。その声を突き破るようにして心に叩きこまれた声。


 彼女の――ノエルの声だ。


「エヴァン! 魔法に呑み込まれるな! お前はそんな弱い奴じゃないだろ! もっと強いはずだ! 魔法なんかに負けるようなヘタレじゃないはずだ!」


 ノエルの声が心に突き刺さる。『狂人』の声に圧し潰されていた意識が、突き刺さったノエルの声に震えている。心が痛い。張り裂けそうだ。だがそれは――


 自分が自分であるための痛みだ。


「エヴァン……お前はボクの護衛者だろ」


 そう……俺はノエルの護衛者だ。


 ノエルを守るためだけに――


 俺は存在している。


「だったら……ボクを守ってくれ。ボクの大切な人たちを守ってくれ。ボクの決意を守ってくれ。お前にならそれができるはずだ。だってお前は――ボクだけの騎士だから」


「ぐ……が……があ……あああ――」


 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺――


 絶え間なく鳴り響く『狂人』の声。それにノエルの声が交じり、意識を激しく揺さぶってくる。苦しい。狂しい。こんな思いをするぐらいなら、『狂人』の声に呑まれて闇に消えてしまったほうが楽だっただろう。だがそれをすれば――


 いま以上の苦しみが待っているはずだ。


「――っ! 皆さん! この黒ずくめの怪物を取り押さえなさい!」


 青髪の魔工人形が声を上げる。周りにいるメイクした魔工人形が一斉にこちらに躍りかかる。苦しみに苛まれながらもそれを認識するエヴァン。そして彼は――


「がぁああ――あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 獣のごとく吠えた。



======================



 大きく吠えて、エヴァンが迫りきた魔工人形を睨み据える。エヴァンを取り押さえようと手を伸ばす魔工人形。その魔工人形の腕を逆に掴み取り、エヴァンが魔工人形を乱暴に振るう。振られた魔工人形の腕が引きちぎれ、投げ出された魔工人形が床を跳ねた。


 また別の魔工人形がエヴァンに迫る。次々と襲い掛かるその魔工人形を、エヴァンが純粋な暴力により破壊していく。何十体もの魔工人形と混戦する中、引き千切った魔工人形の頭部を踏み潰すエヴァン。その凶暴な彼の姿に理性は感じられなかった。


(――駄目か?)


 エヴァンの暴走した姿に、ノエルは胸中で歯噛みする。完全に魔法に呑まれてしまったのか。殺戮だけを求める『狂人』に変わってしまったのか。もう彼の意識は欠片も残されていないのか。そう絶望的に考えた。


(――いや……違う!)


 エヴァンはまだ完全に魔法に呑まれたわけではない。根拠などない。理由などもない。ただ分かる。長年一緒に旅を続けてきた自分だからこそ――


 エヴァンが魔法に苛まれながらも、使()()()()()()()()()()()()()()が理解できる。


 ノエルは痛む体に活を入れると、床に転がっているフローラの右腕に駆け寄った。肩口から切断されたフローラの右腕。頑強な彼女の腕がなぜ切断されたのか。奇妙ではあるがその疑問は脇に置き、ノエルは手早くフローラの手に握られていた剣を取り上げた。


「ハンナ――こっちに来て!」


 再び駆け出しながらハンナに声を掛ける。困惑しながらもヨロヨロとこちらに駆け寄るハンナ。ノエルはアーノルドの遺体に近寄ると、屈み込んで彼の右腕を肩に担いだ。


「ハンナは逆の腕を持って! アーノルドさんを連れてこの城を脱出する!」


「脱出って……でも」


 アーノルドの左腕を肩に担ぎながら、ハンナが顔を曇らせる。城の出口となる扉。その前で何十体もの魔工人形を相手に暴走するエヴァン。ハンナが何を不安に思っているのか。ノエルはそれを理解したうえで――


()()()だ! いくぞ! 走って!」


 困惑するハンナとともに、アーノルドを担いで駆ける。


「――逃がしませんよ! 誰か! その二人を止めなさい!」


 エヴァンから受けたダメージで思うように体が動かないのか、フローラが従者となる魔工人形に指示を出す。城の出口へと向かうノエルとハンナの前に、一体の魔工人形が躍り掛かる。小さな悲鳴を漏らすハンナ。だが足は止めない。魔工人形が腕を振り上げ――


 その直後、魔工人形の頭部がエヴァンの拳によりバラバラに砕けた。


「があああああああああああああ!」


 またも獣のように吠えるエヴァン。そこに理性はやはり感じられない。だが偶然ではない。暴走しながらも彼は守ろうとしてくれているのだ。護衛すべき対象の――


(このボクを……)


 またも魔工人形が迫りくるも、エヴァンがその魔工人形を掴んで投げ捨てる。すでに彼の理性は失われているのだろう。だが彼の誇りと使命感が魔法の狂気を凌駕しているのだ。


「――待ちなさい!」


 背後でフローラが叫ぶ。だが当然足を止めることなどしない。エヴァンが切り開いてくれた道を駆けていき、城の出口となる扉の前にたどり着く。ノエルは足を振り上げ――


「どぉおりゃあああああああああ!」


 乱暴に扉を蹴りつけ押し開けた。


 薄暗い城から外に飛び出す。眩しい外の光に視界が白く染まる。だが足を止めることなく走り続ける。そしてようやく光に目が慣れ、視界が回復したところで――


 ノエルとハンナは同時に足を止めた。


「……そんな」


 ハンナが呆然と呟きを漏らす。ノエルは上がった息を整えながら、ゆっくりと周囲に視線を巡らせた。ルース城の広大な敷地。その敷地を囲むようにして――


 数十体もの魔工人形が立っていた。


 城の敷地を囲んでいる魔工人形は奇抜なメイクをしており、ルース城の悪霊であることは瞭然であった。フローラが予め城の外にまで魔工人形を配置していたのだろう。


「……これじゃあ……逃げることなんて」


 ハンナがそう声を震わせる。表情を沈ませる彼女に、ノエルは口を閉ざして沈黙した。


 ここですぐ目の前の地面に何かが落下する。それは腰から切断された魔工人形の下半身であった。背後のルース城に振り返る。ルース城の扉から、下半身のない魔工人形の頭を鷲掴みにした暴走状態のエヴァンが姿を現した。


「ぐぅうううう……うぅう……ううう……」


 頭を掴んでいた魔工人形を放り捨て、エヴァンがこちらに近づいてくる。冷たい狂気に満たされたエヴァンの表情。だが反面、その顔色は蒼白で苦しそうに歪んでいた。


「……ハンナ。アーノルドさんを……君のお父さんを頼む」


 ハンナに一言告げて、アーノルドの遺体を地面に横たわらせる。疑問符を浮かべているハンナ。その彼女には何も応えず、ノエルはエヴァンへと近づいていく。


 エヴァンが足を引きずりながら歩く。彼の血走った眼球が周りを囲んでいる魔工人形に据えられている。ノエルは持っていた剣を地面に落とすと、エヴァンの前に立ち止まった。


 体を揺らしながら近づいてきたエヴァンが、ノエルを横切りそのまま歩いていく。もはや彼の目にはノエルすら映らない。ただ己の使命感にのみ突き動かされているのだ。ノエルは素通りしたエヴァンに駆け寄ると――


 彼を背中から抱きしめた。


「もういい……もう十分だ、エヴァン」


「ぐ……ううぐ……」


「お前はボクをちゃんと守ってくれた。ありがとう、エヴァン」


 エヴァンの背中にそう語り掛け――


 ノエルは柔らかく微笑んだ。


「あとはボクに――()()()()に任せてくれ。お前は安心して休んでいろ」


 糸が切れたようにエヴァンの体が崩れ落ちる。倒れかけたエヴァンの体を支えて、ノエルはゆっくりと膝を落とした。エヴァンの体を地面に横たわらせて、意識を失った彼を見つめる。彼の表情にはもう狂気も苦痛もなく、安らぎだけが浮かんでいた。


「お前は本当に手間のかかる護衛者だ。だけど……誰よりも信頼できる護衛者だよ」


 静かに寝息を立てるエヴァンに呟いて、ノエルは彼の頭を優しく撫でた。『狂人』の魔法は体に強い負担が掛かる。その魔法を長時間も使用したのだ。しばらく目を覚まさないだろう。そんなことを考えていると――


「当てが外れましたか?」


 ルース城から声が聞こえてきた。


 地面に膝を付いたまま声に振り返る。ルース城の扉の前にフローラがいた。こちらを嘲るように青い瞳を細めて、フローラが淡々とした調子で言葉を続ける。


「城から脱出できたことは見事ですが、御覧の通り逃げ場などありませんよ。どうやらその黒ずくめの怪物は貴女を逃がすために奮闘したようですが無駄なことでしたね?」


「……逃がすために?」


 ノエルはオウム返しにフローラの言葉を繰り返すと、ニヤリと笑みを浮かべた。こちらの反応が意外だったのか、フローラが怪訝に眉をひそめる。


「何が可笑しいのですか?」


「いや……随分と的外れなことを言うもんだと思ってね」


 ますます困惑するフローラ。首を傾げるその彼女に、ノエルは息を整えながら告げる。


「ボクは初めから逃げようなんて考えてないし、エヴァンもボクたちを逃がそうなんて思ってない。こいつが果たそうとしたことは、ボクを広い場所にまで連れて行くこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()からね」


 背中のポーチに右手を回す。ノエルは訝しそうにするフローラを見据えながら――


「できれば使いたくなかったよ。これはかなり貴重な――()()()()だからね!」


 ポーチから球状の魔工機器を取り出し、それを空中に放り投げた。


 空中に投げられた魔工機器を見やり、フローラがはっと目を見開く。魔工人形である彼女はその魔工機器の正体にすぐ気付いたのだろう。それは使い捨ての魔工機器で――


 超小型の転送装置だ。


 空中に放られた魔工機器から、光で描かれた円形の幾何学模様が展開される。一瞬にして空間に広がった光の模様が直径数十メートルにまで達したその時――


 ノエルは右腕に巻いた魔工機器に叫んだ。


「いまだドーラ!」


『了解ですぅ!』


 魔工機器から快活な声が返される。エントランスでの戦いから通話状態を維持していたため、こちらの状況を理解していたのだろう。空間に展開された光の模様が一際輝き――


 そこから()()()()()()が姿を現した。


「――な!?」


 フローラの驚愕の声が聞こえた。海面を跳ねるように、光の模様から飛び出してきたイルカ――『灰色の海豚』号が地面に着地する。ズシンと振動する地面。船のデッキに碧い髪をツインテールにした少女――魔工人形のドーラが姿を現した。


「攻撃対象は!? ノエルさん!」


「目の前にいる魔工人形! 全部!」


「イケますか!? イーモンさん!」


『点検は万端だ! やってしまえ!』


 スピーカーから鳴らされた老人――イーモンの声にひとつ頷いて――


 ドーラが周りを囲んでいる魔工人形にズビシと指を突きつける。


「というわけで――主砲発射ぁああ!」


 船首から巨大な大砲が突き出し――


 魔工人形に向けて眩い光を放った。



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