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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第一章 ハンナ・アーモンド
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第一章 ハンナ・アーモンド_1/6


「きゃああああああああああ!?」


 悲鳴を上げたその時、背中に何か硬いものが打ち付けられる。彼女は息を詰まらせると、じんじんと痛む背中に顔を歪めながら瞳を瞬かせた。


 キラキラと輝いているガラス細工が視界に映される。一瞬困惑するも、彼女はすぐにそれが寝室の天井に吊るされているシャンデリアであることに気付いた。


 そこで彼女は状況を理解する。どうやら眠りから目覚めると同時に、ベッドから転がり落ちて床に背中を強打、こうして仰向けに天井を眺めるに至ったらしい。


 天井のシャンデリアをぼんやりと眺めることしばらく、彼女はハッと上体を起こすと自身の額に手を触れた。ペタペタと額を撫でまわす。だが特に変わったことはない。少なくとも、銃痕などは空いていないようだ。


「……変な夢」


 ふうと嘆息する。脳を貫通する銃弾の感触。それさえ覚えるほどのリアルな夢。おかげで目覚めは最悪だ。彼女は痛む背中をさすりながらゆっくりと立ちあがった。


 視線を巡らせる。キングサイズのベッドに、そこに並べられた可愛らしい動物の人形。繊細な意匠が施された各種家具に、床に敷かれたフカフカの絨毯。何てことないいつも寝室だ。


 部屋の隅に置かれた姿見に視線を向ける。鏡に映されたのは、今年で十七歳になる少女の姿だ。腰まで伸びた赤い髪に、赤みを帯びた健康的な白い肌。髪と同じ色の大きな赤い瞳に、寝起きに締まりのない唇。猫がプリントされた寝間着を着ており、豪勢な部屋の内装からは少しばかり浮いている。


 鏡に映された自身を眺めて頷く。当然ながらいつもの自分の姿だ。ベッドから転がり落ちて服や髪が乱れてはいるものの、見慣れた少女の姿。間違っても――


 他人の体だということはない。


「まあ当たり前だけど」


 まだ夢の感覚を引きずっているようだ。彼女はその感覚と眠気を払うように頭を振った。するとここで、コンコンと寝室の扉がノックされる。


「私だ。入るぞ」


 一呼吸の間を空けて扉が開かれる。扉の前にいたのは強面の中年男性であった。うなじでまとめたブラウンの髪に、切れ長のブラウンの瞳。長身でガタイが良く、白のワイシャツにスラックスを着用している。


 ぽかんと赤い瞳を丸くする彼女。部屋に入った中年男性が顔をしかめて言う。


「スゴイ音と悲鳴が聞こえたのだが……どうした? 私の顔に何かついているか?」


 じっと見つめている彼女に、中年男性が不思議そうに首を傾げる。彼女は「あ……いや何でもないの」と頭を振ると、怪訝な顔をしている中年男性に笑った。


「ちょっと変な夢を見ちゃって、心配させてゴメンね、パパ」


「変な夢?」


 ブラウンの瞳をパタパタと瞬かせて、中年男性――彼女の父親であるアーノルド・アーモンドが疑問符を浮かべる。まさか父に殺された夢を見たなどとは言えず、眉をひそめる父に彼女は誤魔化しから口を開く。


「まあちょっと怖い夢をね。それでベッドから落ちちゃって、でも大丈夫だから」


「……何にせよ無事ならばそれでいい」


 傾げていた首を元の位置に戻して、父が強面の顔に微笑を浮かべる。


「お前は私の大切な娘なのだからな」


 父の言葉に無言のまま頷く。恐い顔つきをしているが、父は心優しい人だ。そんな父が誰かを撃ち殺すなどあり得るはずもない。


(詰まらない夢のことなんて忘れないと)


 そう嘆息する。父が腕を組みおもむろにコクリと頷く。


「だが丁度いい。そろそろ起こそうかと考えていたところだ。すぐに準備をしなさい」


「準備……って何の? 今日は学校休みだし……そもそもパパ。会社はどうしたの?」


 父は流通業を営んでおり、普段ならばこの時間から仕事に出掛けているはずだ。怪訝にそう尋ねると、父がまたコクリと頷く。


「無理を言って休暇を貰った。今日はお前にとって大切な日だからな」


「あたしの? えっと……誕生日はまだ先だし、大切な日って何のこと?」


「何を言っている。今日はお前の()()()()()が屋敷を訪ねてくる日ではないか」


 さらりと告げられた父の言葉にぽかんと目を丸くする。


 しばしの沈黙。赤い瞳を大きく見開いたまま硬直する彼女と、上機嫌な笑みを浮かべているアーノルド。互いが互いを見つめながら十秒、二十秒と時間が経過する。


 見開いた目をパチクリと瞬きさせる。父の言葉が徐々に脳に浸透し、その意味が解読される。彼女はまた目を瞬かせると、ゆっくりと息を吸い込み――


「おおおおおおおおおおお、お見合いぃいいいいいいいいいいいいいい!?」


 手を戦慄かせて絶叫する。


 彼女は動揺からパクパクと何度か口を開閉した後、平然としている父に声を上げた。


「あああ、あたしのお見合いって……それ何の話!? 何も聞いてないんだけど!?」


「言ってなかったか? アーノルドったらおっちょこちょいなんだから」


「中年の親父がテヘペロしない! ていうかワザと言わなかったでしょ!?」


 舌を出しながら自分の頭をコツンと叩く父に指を突きつけて唾を飛ばす。出していた舌をさらりと引っ込めて、父が面白そうにニヤリと笑う。


「バレてしまったか。お前の驚く顔が見たくてな。期待通りの反応で嬉しいぞ。何にせよ先方ももう来られる頃だ。お前も早くその子供くさい寝間着を着替えなさい」


「いいい、イヤよ! あたしはお見合いなんかするつもりないからね!」


「そうわがままを言うな。言うことをきちんと聞けばプリンを買ってやるぞ」


「子供扱いしないで! あたしはもう十七歳の大人なんだから!」


「その通り。大人だと言うならば、将来のことを考えても良いだろう?」


 まんまと言葉を誘導され、彼女はうっと声を詰まらせる。だがここで引くわけにもいかないと、彼女は「そ、それはそれよ」と勢いを取り戻す。


「と、とにかく自分の相手ぐらい自分で探すから! パパは余計なことしないで!」


「恋人もいたことないくせによく言うな」


「うるさい!」


「そう固く考える必要もない。見合い相手が気に入らなければ断わればいいだけだ。この見合いは先方たっての希望でな。私の顔を立てると思って受けてもらいたい」


「あたしは大切な娘なんでしょ!? その娘が嫁に行くなんて寂しくないの!?」


「娘の幸せを願うのも親の務めだ。とにかく会うだけは会ってもらう」


 父がパチンと指を鳴らす。すると開かれていた扉から、エプロンを着用した女性がぞろぞろと姿を現した。ツンと先の尖った耳をした無表情の女性たち。


 この屋敷で使用人をしている()()()()だ。


「私は客人を迎える準備をする。君たちは娘の着替えを手伝ってやりなさい」


「かしこまりました」


 機械的にそう答えると、まるで草食動物に躍りかかる肉食動物のように、使用人が一斉に迫りくる。悲鳴を上げて使用人から逃げだす彼女だが、すぐに複数の使用人により拘束されて、服を無理やり引っぺがされていった。


「いやぁあああああああ! やめて! 服を引っ張らないで! 自分で脱げるから! あああああああ! ビリっていった! お気に入りの猫ちゃん服がぁああああ!」


「おお、そうだ」


 使用人に蹂躙されるこちらに背を向けて、父がさらりと告げてくる。


「相手の名前はノエル・マクローリンだ。くれぐれも失礼のないようにな、ハンナ」


 父が部屋を退出したその時、彼女――ハンナ・アーモンドは――


 素っ裸にされて床に転がされた。



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