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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第四章 王女の悪霊
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第四章 王女の悪霊_2/5


「ぶげぇ!」


 蛙が潰れたような音を口から鳴らし、ハンナはベチャリと廊下に転倒した。少し前を歩いていたフローラが、こちらの奇怪な悲鳴にくるりと振り返る。


「まあ。大丈夫ですか?」


「あはは。う、うん。大丈夫」


 青い瞳を丸くするフローラに、ハンナは上体を起こしながら無理にそう笑う。足元を見ると床に小さなくぼみがあった。どうやらそのくぼみに足を引っかけたらしい。


「気を付けてくださいね。先程も申しましたが、城の中は薄暗く足元が見えづらいのです。城の老朽化も著しいため、歩くにもよく注意を払わなければなりません」


「うーん……それが分かっているなら、明かりをつければ良いんじゃない?」


 立ち上がりながらそう言うと、フローラが苦笑して頭を振った。


「悪霊が住まう城だというのに明るいと雰囲気が出ませんからね。仕方ありません」


「お姫様は転んだりしないの?」


「ずっとこの城で暮らしていますからね。もう慣れてしまいました」


「え? お姫様は仕事じゃなくて本当にこの城で暮らしているの?」


 驚いて目を見開く。フローラの青い瞳が憂いげに細められていく。


「そうです。私が造られたのは今から百二十年前になります。その時から私はこの城の外に出たことがありません」


「どうして? 城の外に出られないほどこの悪霊の仕事が忙しいってこと?」


「いいえ。少なくともこの百年はお客様がほとんどいらしてませんから。私が城の外に出られないのは、私が城に住みついている()()()()()()()()()()()だからです」


 意味が分からず首を傾げる。フローラが自身の胸に手を添えて声を沈ませる。


「魔工人形は様々なタイプがいますが、明確な役割を与えられた魔工人形はその行動に制限が課せられていることが多いのです。私はフローラ・ルースの悪霊として、それにそぐわない行動ができないよう造られています」


「……悪霊が城の外に出るのはおかしいから、お姫様も城の外に出られないってこと?」


「はい。私の行動範囲は、庭園や入口前の広場など城の敷地内に限定されています」


「それって……寂しくない?」


 つい感じたままの疑問を口にする。フローラがふっと沈黙した。薄闇の中に広がる静寂。フローラが何かを堪えるように、手にしていた剣の鞘を強く握りしめる。


「寂しい……のかも知れませんね。明確な役割を与えられた魔工人形は、本来そのような感情が生まれないよう制御されています。しかし私は――」


 ここでふと気付いたように、フローラが言葉を中断して頭を振る。きょとんと首を傾げていると、フローラが「詰まらない話をしてしまいました」と微笑んだ。


「ハンナさんにする話ではありませんでしたね。申し訳ありません。それに楽しいこともあるんですよ。今は庭園で綺麗な植物を育てることに夢中なんです」


「……そっか。綺麗な庭園だったもんね」


 お世辞でもなく素直にそう話すと、フローラの笑顔が一段と輝いた。


「ありがとうございます。ふふ、誰かに褒められたのはこれが初めてです」


 そう小さく肩を揺らして、フローラが廊下の奥に視線を向けた。


「立ち話はこれぐらいにして、ハンナさんのお連れの方を探しに行きましょう。確か一人は金色の髪をしたお友達で、もう一人はブラウンの髪をしたお父様でしたね」


「うん。二人に相談すればこの状況も何とかしてくれると思うんだよね」


「お二人のことを信頼されているのですね。しかしこの城もそれなりに大きいもので、早くお二人が見つかれば良いのですが」


「あ……だけど――」


 ノエルと父はイベントの都合上、このフローラを退治しようとしている。だとすれば、フローラとしては二人に遭遇することは不味いのではないか。


 そんな心配をしていると、こちらの様子に気付いたフローラがふっと苦笑した。


「私のことを心配して下さるのですか? でしたら安心してください。私はたとえ退治されたとしても、また修理を受けて再起動されます。これまでもそうでしたから」


「……そうなんだ。だけどそれでも怖いとかそういう気持ちはないの?」


「どうか気になさらないでください。さあ今度は二階を探してみましょう。この先にあるエントランスホールに二階へと昇る階段があります。そこから――」


 ここで天井からパンッと乾いた音が鳴った。


 はっと天井を見上げる。すぐ真上から聞こえてきた物音。聞き馴染みがあるわけではないが、それでも背筋を凍らせるその音の正体に、ハンナは思い当たる節があった。


 これは銃声だ。


「今の音はどうやら真上の部屋……使われていない客室から鳴ったようですね」


 青い瞳をパタパタと瞬かせているフローラに、ハンナは焦りながら言う。


「お姫様! 今の音が鳴ったところに案内して! お願い!」


 ひどく嫌な予感がした。


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