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ドラゴンシーフ  作者: 管澤捻
第四章 王女の悪霊
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第四章 王女の悪霊_1/5


 古代人種の遺跡。ドラゴン。その内部に作られたテーマパーク。リザードランド。ファンシーな衣装の魔工人形や、可愛らしいヌイグルミが運営するその施設は、心躍らせるアトラクションが数多くある夢の国であった。そして今、その夢溢れる国の通りを――


 禍々しい姿の魔工兵器が歩いている。


 殺意が剥き出しの紅い瞳をギラギラと輝かせて、何かを探すように視線を巡らせる魔工兵器。だがお目当てのものは見つからなかったのか、魔工兵器が視界を横切り通りの奥へと消えていく。それを見届けて――


 ハンナは止めていた息を吐き出した。


 パークにある城。ルース城。その正面入口の裏にある庭園にハンナは身を潜めていた。


 色鮮やかな花壇や薔薇の垣根で飾られた美しい庭園。その敷地内から通りを眺めていたハンナは、垣根の陰から覗かせていた顔を引っ込めてペタンと尻もちを付いた。


「もう……何が守るよ。エヴァンたらあたしを置いて真っ先に逃げるんだから」


 苦い顔で愚痴をこぼす。もっとも魔工兵器に囲まれた最悪の状況からこうして逃げ出すことができたのは、半狂乱になったエヴァンが魔工兵器を撥ね飛ばして逃走したおかげでもある。もちろんそれを素直に感謝する気などなれないが。


「……これからどうしよう」


 あの様子ではエヴァンの助けは期待できない。つまり自分の力だけでこの状況を切り抜ける必要がある。ハンナはぐっと唇を結び、手にしていた刀の鞘を両手で握りしめた。


 護身用として父から持たされた刀。だが頑強そうな魔工兵器に刀など通じないだろう。何より素人の自分がまともに刀を扱えるとも思えない。そうなると――


「やっぱり逃げるしかないか」


 ノエルと父が参加している悪霊退治のイベント。そのイベントが終了してノエルと父が城から出てくれば、パーク内の異変に気付いて、自分を探しにきてくれるはずだ。


「問題はそれまで見つからずに済むかってことだけど」


 とりあえずこの庭園の中にまで魔工兵器が入ってくる様子はない。しばらくはここに身を隠すのが良いだろう。ハンナはそう判断してまた通りの様子を覗き見ようとした。


「あの……そこの方」


 ここで突然声を掛けられる。ハンナはビクンと肩を震わせると、口から飛び出しそうになった悲鳴を咄嗟に手で押さえた。全身から汗が噴き出す。ハンナはごくりと唾を呑み込んで、ゆっくりと声に振り返った。そこには――


 一人の美しい女性が立っていた。


 二十歳前後と思しき若い女性だ。腰まで伸びた青い髪に、きめ細やかな白い肌。髪と同じ色の青い瞳に、厚みのある薄紅色の唇。服装は白を基調とした煌びやかなドレスで、その手には綺麗な衣装に不釣り合いの、金属製のじょうろを持っていた。


「……あれ?」


 目を丸くする。魔工兵器ではない。可愛らしいヌイグルミが魔工兵器に変化したこともあり油断できないが、この女性は恐らく違うだろう。透き通る髪から覗いたツンと尖った耳。彼女は魔工兵器ではなく魔工人形だ。


「私の庭園で何をされているのですか?」


「貴女の庭園?」


 オウム返しに聞き返してしまう。女性が不思議そうに青い瞳を瞬かせて、手に持っていたじょうろをこちらにかざして見せた。


「ええ。ここは私の城が管理している庭園になります。私はその庭園のお花にお水を上げようと、今しがた城から出てきたところです」


「私の城って……もしかしてルース城? あの、失礼ですけど貴女のお名前は?」


「フローラ・ルースですが……それが何か?」


 フローラ・ルース。その名前は確か、ルース城で行われているイベントの退治すべき悪霊の名前だったはずだ。隣国の女王による嫉妬で惨殺された美しい姫。その恨みから悪霊と化したはずの彼女がどうしてここに。


(――って、それはあくまで設定か。つまりこの人はお姫様の役をしている魔工人形?)


 だがそうだとすると、今まさにイベントが行われている最中に庭園で水やりなどしていて良いのだろうか。そんなことを考えていると――


 庭園に隣接した通りに魔工兵器の姿を見つけた。


 胸中で悲鳴を上げたハンナは、慌てて青い髪の女性――フローラの背後に身を隠した。魔工兵器がキョロキョロと周囲を見回しながら通りを歩いて庭園から離れていく。ほっと安堵するハンナ。その彼女の様子に、フローラが青い瞳をきょとんと瞬かせる。


「もしや追われているのですか?」


「えっと……まあうん」


 このフローラもパークの関係者だ。下手なことを言えば魔工兵器に突き出されないとも限らない。そう警戒するハンナだが、フローラはニコリと微笑んで――


 意外なことを口にした。


「もし宜しければ、城の中に匿って差し上げましょうか?」


「え……いいの?」


 パークの関係者であるフローラが、パークの魔工兵器に追われている人間を匿うなど奇妙な話だ。怪訝に首を傾げるハンナに、フローラが青い瞳を柔らかく細める。


「魔工兵器は融通が利かないところがありますからね。たまにその対処が大袈裟になることがあるのです。何よりも、私には貴女が悪い人には見えませんから」


 そう話して、フローラが城に向かい歩き出した。庭園に面している城の裏口らしき扉へと近づいて、フローラがじょうろを地面に置く。そして――


 城の壁に立て掛けられていた剣を手にした。


「その剣は?」


 まさかあのようなことを言いながら、この場で切り捨てるつもりか。そんな不安を抱くも、フローラは「ああ、これですか」と鞘に収められた剣をかざして見せた。


「とても大切なモノで常に持ち歩いているのです。どうか気になさらないでください」


「は……はあ?」


 曖昧に返事する。フローラが裏口を開いて、こちらを手招きした。


「それでは参りましょう。城の中は薄暗いため足元には気を付けくださいね」



======================



「貴方がこの古代人種の遺跡――リザード・ドラゴン=リバースの居場所を教える条件として、ボクたちに提示した要求は三つ。自分と娘をその遺跡に連れて行くこと。遺跡で見つけた魔工機器のひとつを譲ること。そしてその理由を決して尋ねないこと」


 ゆっくりと両手を肩の高さまで上げながら、ノエルは背後の男――アーノルド・アーモンドに向けてそう話し掛けた。後頭部に押し付けられた銃口。それを微動だにさせないアーノルドに、ノエルはさらに言葉を続ける。


「貴方が必要とした魔工機器とはドラゴンそのもの――つまり魔法だったわけだ?」


「君には悪いが約束は約束だ。『反転』の魔法は私がいただく」


「そう簡単にボクがハイと言うわけがない。だからこんな真似をしているんだろ?」


「君の狙いは性転換だったな。色々と事情があるようだが命には代えられまい」


 後頭部の銃口がさらに強く押し当てられる。ノエルは冷や汗を流しつつ強きに笑う。


「『反転』の魔法で何をするつもりだ? 気に入らない奴をひっくり返すのかな」


「事情は聞かない約束だが……まあいい。()()()()を救うためだとだけ言っておこう」


 アーノルドの声は淀みない。だがその女性を語る時だけ、僅かな感情の揺らめきを感じた。ノエルは()()()()()()()()を調節しながら、淡々と疑問を口にする。


「ある女性……魔工機器を必要としている依頼主のことか?」


「正確には彼女は依頼していない。私が彼女を救うために独断で動いているだけだ」


「念のために尋ねるけど……ハンナのことではないよね?」


「彼女とハンナは()()だ」


 なぜかその言葉にアーノルドが力を込めた。カチリと後頭部で音が鳴る。拳銃の引き金を絞ったのだろう。アーノルドの声が一段低くなり陰りを帯びる。


「私が話せるのはここまでだ。約束しよう。『反転』の魔法を君たちに害するようなことには使わない。君はこの話を口外せず、私とハンナの前から消えてくれればいい」


「それは――容認できない内容だな」


 ノエルは静かに息を吸い――


「点灯!」


 素早く指示を出した。


 ノエルの右手首に巻かれている装置。そのモニターから眩い光が放たれる。通話や位置情報など多様な機能を有する小型の魔工機器。音声を認識する機能も搭載しており、声ひとつで強力なライトを点灯することもできる。


 手首の魔工機器から放たれた光が、アーノルドを至近距離から照らす。薄闇に慣れていた眼球に強烈な光をぶつけられ、アーノルドが「ぐっ」と苦悶の声をもらした。


 銃口が弾けて乾いた音が鳴る。アーノルドが拳銃を発砲したのだ。だがすでにその時には、ノエルは銃口から身を躱していた。光に目を眩ませているアーノルド。彼が行動不能に陥っているその隙に、ノエルは体を反転させて彼の拳銃を手刀で叩き落とした。


 床に拳銃が落下する。アーノルドが拳銃を拾い上げるより早く、ノエルは落ちた拳銃を踵で蹴りつけた。蹴られた拳銃が床を滑り、部屋にあるベッドの下に潜り込む。


 アーノルドから距離を空けて、今度は自身の拳銃を懐から取り出しアーノルドに銃口を突きつけた。一連の動作が完了するまで三秒弱。ノエルは魔工機器のライトを切り、銃口の先にいるアーノルドを見据えた。


 ようやく眼球の痛みが引いたのか、アーノルドがブラウンの瞳をこちらに鋭く向ける。拳銃の引き金に指を掛けながら、ノエルはニヤリと唇を曲げた。


「ハンナはボクのお嫁さんになる人だ。ここで手放すわけにはいかないな」


「……そのような魔工機器を持っていたとはな、やはりドラゴンシーフは侮れん」


「形勢逆転だね。貴方と同じことを言うようだけど、魔法をボクに譲ってハンナとの結婚を認めてくれるなら、ここでの話は聞かなかったことにしてあげるよ」


「そういう訳にはいかんな。魔法も娘のハンナも誰にも渡したりなどしない」


 銃口を突きつけられながらも、アーノルドは至って冷静であった。ノエルは神経を集中させながら、軽い口調で言葉を続ける。


「それはないよ。ハンナとのお見合いを許可してくれたのにさ」


「協力を得るためには仕方なかった。だがまさか、あのような写真で娘との見合いを希望してくるとはな。君もとんだ物好きだよ」


 あのような写真とは、ハンナが涎を垂らしながら爆睡している写真のことだ。ノエルはとても可愛らしい写真だと思ったのだが、アーノルドはそれを意外に感じていたらしい。


「ボクは人を見る目は確かなんだ。彼女は魅力的な女性だと一目で感じたよ」


「……なるほど。確かに見る目はあるようだ」


 アーノルドがのんびりと呟いて――


 素早く横に飛び退いた。


 予備動作のないその加速に、ノエルは反射的に拳銃の引き金を引いた。だが銃弾は虚空を貫くだけに終わる。大股で急接近したアーノルドがノエルの拳銃の持ち手を掴み――


 彼女の体を軽々と投げつけた。


 背中から壁に激突して息が詰まる。空咳をしながらアーノルドを見ると、いつの間にか彼の手にこちらの拳銃が握られていた。投げられると同時に拳銃を奪われたらしい。アーノルドが銃口をこちらに向けて――


 すぐ銃口を逸らし拳銃を廊下に放り捨てた。


「甘いな。命を狙われた時点で、君は私を殺す覚悟を固めておくべきだった」


「……どうして拳銃を捨てた?」


「他人の武器など信用できん。それに拳銃などなくとも形勢はもう逆転している」


「お互いが拳銃を失った。形勢は五分だ」


「そう思うのなら試してみるがいい」


 アーノルドが瞳を鋭利に細める。ノエルはゆっくり壁から背中を引き剥がすと――


 アーノルドに向けて駆け出した。


 アーノルドが愚直に拳を突き出す。岩をも砕きそうなその拳を半身になり躱し、足を滑らせながら体を回転、アーノルドの死角となる右側面へと回り込んだ。狙いは人体の急所のひとつ。脇腹から背骨の間にある腎臓。ノエルは拳を腰だめに構えて――


 咄嗟に身を屈める。


 横なぎに振られた太い腕が頭を掠めて通過した。首など簡単にへし折るだろうその腕の力強さに背筋が凍える。だが呑気に恐怖している間もなく――


 鳩尾に強烈な蹴りを打ち込まれた。


「――ぐっ!」


 体が浮き上がるほどの衝撃。後方に飛び退いて距離を取ろうとするノエルだが、アーノルドが大きく足を踏み込むことで、一度開いた距離を間髪入れずにゼロとした。


 舌を鳴らしながらアーノルドの踏み足を蹴りつける。足払いで体勢を崩そうとしたのだ。だがまるで床に根が張っているように、アーノルドの足はビクリともしない。アーノルドの伸ばした手がコートの襟を掴み――


 力任せに背中を床に叩きつけられた。


「ごふっ!」


 肺から大量の空気がもれる。チカチカと明滅する視界に苦心しながら、ノエルは無様に床を転がりアーノルドから距離を取った。


 四つん這いの姿勢で肺に空気を懸命に送り込む。額にじんわりと滲む脂汗。口から垂れた涎を袖で拭いつつ、ノエルは膝を震わせながら立ち上がった。


 碧い瞳を尖らせる。全身に叩きつけられた痛み。それに表情を歪めながら、ノエルはアーノルドを鋭く睨みつけた。アーノルドが太い腕を窮屈そうに組んで口を開く。


「なるほど。若い割によく鍛錬されている。だが君が女性である以上、男である私との体格差は如何ともしがたい。素人相手ならばともかく、同等の訓練を積んだ者を相手にこの性別による差は致命的だ。これでもまだ形勢は五分だと言い張るつもりか?」


「……正論だけに歯がゆいね。だけどその差を埋めるための手段なら幾らでもある」


 ノエルは無理やり笑うと、懐から一振りのナイフを取り出した。右手にナイフを構えるノエル。荒い呼吸を静かに整える彼女に、アーノルドが眉間にしわを寄せる。


「そのような玩具で私を倒すつもりか?」


「どうかな? ただ忠告はしておく。ボクはひどく負けず嫌いなんだ」


 アーノルドが嘆息する。無駄な足掻きをするこちらに呆れたのかも知れない。顎まで流れ落ちた汗を拭いとり、ノエルは意識を徐々に研磨させていく。


「貴方を叩き伏せる前に訊きたい。貴方はこの十五年間、商業都市リーベタスで商人として生きてきた。貴方がドラゴンシーフだったのはそれ以前のこと。これは正しいかな?」


「……その質問に何の意味があるのか分からんが……その通りだ」


「なるほど。貴方の会社が急成長したのは、これまでにない独自の流通網を確立したからだと聞いた。ドラゴンシーフ時代のコネクションがそれを可能にしたわけか」


「君の訊きたいこととはそんなことか?」


「元ドラゴンシーフだとしても、貴方のその戦闘センスはずば抜けている。ドラゴンシーフを引退する前は、広くその名前が知られていたんじゃないのかな?」


「……さて、どうかな?」


「――ローランド・オールドマン」


 アーノルドの無表情が揺れる。それは一瞬の反応であったが明らかな動揺だった。ノエルは自身の考えに確信を得ると、「やはりね」とさらに意識を鋭く尖らせていった。


「それが貴方のドラゴンシーフ時代の名前というわけだ。『Arnold(アーノルド) Almond(アーモンド)』という名前は『Roland(ローランド) Oldman(オールドマン)』のつづりを並び替えたもの――つまりアナグラムだ。実はゲームで貴方に負かされている時から、その可能性を検討していた」


「……驚いたな。まさか君のような若者が十五年も前に活動していたドラゴンシーフの名前を記憶しているとはな」


 アーノルドのその言葉を肯定と捉えて、ノエルは碧い瞳を音もなく細める。


「全てのドラゴンシーフを記憶しているわけじゃない。名前の知られている連中だけだ。特に十五年前に活動していたドラゴンシーフは可能な限り調べている」


「十五年前だと?」


「十五年前に、ボクたちの王国――バーラエナ王国は滅びた」


 ノエルは静かに息を吸い込み――


「魔法を目当てに現れたドラゴンシーフに滅ぼされたんだ」


 その言葉を吐き出した。


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