第三章 古代人種の遺跡_4/4
「リザードランドへご来園いただき誠にありがとうございます! これより本パークの名物イベントでもある『絶叫必至! 古城に住みついた悪霊退治!』を開催いたします!」
ファンシーな衣装のピンク髪の少女が、可愛らしい声でイベントの開催を宣言した。
少女の声が周囲に鳴り響いてすぐ、複数のヌイグルミにより軽快な音楽が鳴らされる。弾むような演奏がしばらく続いて、シャーンとシンバルが鳴らされ演奏が止まった。
少女がツンと尖った耳をピクピクと動かして、小さな犬歯の覗いた口を開く。
「本イベントの司会進行を務めさせて頂きますのは、『魔工人形に働き方改革』でお馴染みのこの私、ダルシーです! 皆様どうかよろしくお願いいたします!」
可愛らしい決めポーズをする少女――ダルシーに観衆と思しきヌイグルミたちから拍手が鳴らされる。まるでアイドル的な扱いだ。拍手が鳴りやむのをしばし待ち、ダルシーがマイクを握る手の小指をピンと立てる。
「それでは本イベントの舞台をご紹介しましょう! 皆様あちらにご注目ください!」
ダルシーが大仰な身振りで背後を示す。彼女の背後には、ツタや蜘蛛の巣が絡まった如何にも古臭い城が立っていた。なぜか城の上空にだけ暗雲が立ち込め、ゴロゴロと稲光を走らせている。ダルシーがブルリと体を震わせ、眉尻をぐっと吊り上げた。
「あちらが本イベントの舞台となりますルース城です! プンプンと漂う悍ましい気配に私も震えが止まりません! 決して故障による不調ではないためあしからず!」
わぁああああ! と観衆のヌイグルミたちから謎の盛り上がり。どうやらダルシーの鉄板ネタらしい。歓声が静まるのをしばし待ち、ダルシーが説明を再開させる。
「ルース城にはその昔、美しいお姫様であるフローラ・ルースが暮らしていました! しかしある日、姫の美しさに嫉妬した隣国の王女がルース城に軍を送り込み、城にいた兵士や使用人、姫を惨殺してしまったのです!」
チープな設定を感情たっぷりに語り、ダルシーがマイクを手元で一回転させる。
「それ以来、ルース城には理不尽に命を奪われた者たちの悪霊が出没するようになりました! その悪霊たちの中でも自身の美貌を逆恨みされ殺された姫の怨念はすさまじく、兵士や使用人の悪霊を従えて城を訪れた人々を無差別に襲っているのです!」
くるりと体を回転させて、ダルシーが明後日の方向にズビシと指を突きつけた。
「今こそ悪霊を退治して、その不幸な魂に救済を与える時なのです! 当然ながら悪霊退治には危険が伴います! しかし今回、その危険な悪霊退治に勇敢にも名乗りを上げた勇者がいます! それがこの方たちです!」
周囲が暗闇に包み込まれる。ダダダダダとドラムロールが鳴り響き、最後に一際強くドラムが叩かれる。それと同時、ルース城の入口付近にスポットライトが当てられた。
スポットライトの中に、仁王立ちする二人の姿がある。それは碧い瞳に決意の眼光を輝かせたノエルと、強面に軽薄な気配を浮かべた父のアーノルドであった。
「果敢にも悪霊退治に名乗りを上げたのはこの両名だ! 果たして彼らは見事悪霊退治を成し遂げ、姫の魂を救済できるでしょうか!?」
観衆のヌイグルミたちが一番の盛り上がりを見せる。中断していたヌイグルミたちの演奏がまた再開され、場の雰囲気がこれでもかと高められていった。周囲に響き渡る熱を湛えた歓声と演奏。だがしばらくして――
それら歓声と演奏がピタリと止まる。
周囲を満たしていた暗闇がぱっと晴れる。先程までの盛り上がりが嘘のように静まり返るヌイグルミたち。ダルシーが一枚の紙きれを懐から取り出し、そこに目を落とした。
「はい、というわけでルール説明をしますね」
テンションを極端に下げて、ダルシーがカンペを見ながら事務的に説明を始める。
「参加者の皆様にはルース城のどこかに潜んでいるフローラ・ルース姫の悪霊を退治して頂きます。城の中には兵士や使用人などの悪霊が皆様の進路を阻もうとしますが、キャストの教育は徹底しており、危害を加えることはありませんのでご安心ください」
冷めることをさらりと言って、ダルシーが目を細めてカンペを凝視する。文字が見えづらいのか、ダルシーが懐から取り出した分厚い眼鏡を装着した。
「えっと……フローラ姫の悪霊を退治するには城のどこかにある聖なる剣が必要です。刀身に十字架の紋章が彫られたもので、ガチの刃物なので取り扱いには注意してください。その剣でフローラ姫の悪霊を退治すれば、本イベントは終了となります」
一体のヌイグルミがダルシーに近づいて、彼女に紙コップを手渡す。ダルシーが紙コップのストローを口に咥えて、ズズズっと音を立てながら飲み物を啜った。
「制限時間の一時間以内にフローラ姫を退治した方が本イベントの優勝者となります。優勝者には魔法――『反転』の使用権利が与えられますので頑張ってくださいね」
結構重要な部分を何かを飲みながら告げるダルシー。ひどく適当だ。何にせよこれでイベントの説明は終了したらしい。この一連の流れを間近で見学していたハンナは――
「……何これ?」
そう素直な気持ちを呟いた。
刀の柄でポリポリと頭を掻くハンナ。その隣でエヴァンがノエルに向けて声を上げる。
「おお、俺もやはり城に入る! ノノ、ノエルを護衛するのが俺の役目だからな!」
「そんな足をガクガクさせて言われてもな」
今にも倒れそうなほどに膝を震わせるエヴァンに、ノエルが呆れたように嘆息する。
「こんな作り物ですら怖いのか? つくづくお前の臆病はどうしようもないな」
「おお、俺だって頭では分かっている。あの禍々しい城も、城に出てくる悪霊もただの作り物だと。しし、しかし、分かっていても怖いものは怖い。仕方ないだろ」
「そんな怯えている奴が付いてきても邪魔なだけだ。エヴァンはそこでハンナと一緒に大人しく待っていろ。アーノルドさんに勝利してボクが優勝してみせるからさ」
「……というか、なんでパパまでイベントに参加してんの?」
半眼になりそう尋ねる。父が「話を聞いてなかったのか?」と首を傾げた。
「この城に来るまでの間、遺跡内を見て回ったが目的とする魔工機器はなかった。もしかするとこの城内部にあるかも知れんと、イベント参加を決めたではないか」
「それは聞いた。だけど考えてみるとイベント終わった後に城を見て回ればよくない?」
「折角のイベントだ。参加しないのも勿体ないというものだろう」
「だけどノエルの迷惑じゃ……」
魔法はイベントの優勝者に送られる。もし父が優勝したならノエルは目的を果たせなくなる。さすがに父もその辺りは考慮すると思うが、生粋のお調子者だけに不安があった。
そんな心配をするハンナに、「気にしないでくれ」とノエルが頭を振った。
「ボクも競争相手がいたほうがやりがいを感じられるしね。それにアーノルドさんにはゲームでの借りがある。ゲームでは多くの偶然が重なり全敗を喫したわけだが、所詮これまでの勝負は前座に過ぎない。このイベントで真の決着をつけようじゃないか」
「良いだろうノエル君。君がそう言うのなら私も一切の手加減はしないぞ」
不敵に笑う父に、ノエルもまたニヤリと微笑みを返す。笑顔を浮かべながらもその瞳に闘争心を燃え上がらせる両者に、ハンナはやや呆れて肩を落とした。
「というわけでハンナ。ボクとアーノルドさんの一体どちらが真の勝者なのか君はそこで見ていてくれ。おいエヴァン。ボクがいない間はお前がハンナを守るんだぞ」
「行ってくるぞハンナ。パパがいなくて不安もあるだろうがすぐに戻ってくる。暇ならば適当なアトラクションを楽しみながらパパの帰りを待っていなさい」
ノエルと父からそう声を掛けられ、ハンナは溜息を吐きながら二人に手を振った。ダルシーがおもむろに片手を上げる。ノエルと父がさっと駆け出す体勢を整える。二呼吸ほどの間。ダルシーが掲げた手を振り下し――
「それでは――スタートしてください!」
開始の合図を告げた。
ノエルと父がほぼ同時に駆け出す。そしてどんどんと体を加速させていき、互いが横一線のままルース城の入口をくぐり抜けて、城の中へと突入していった。
城の奥に消えた二人に、ハンナはやれやれと頭を振る。たかがゲームにムキになるなど、父はともかくノエルまでが子供のようだ。そんなことを考えていると――
「――クソ!」
エヴァンが拳を地面に叩きつけた。
エヴァンの拳に砕かれて、地面に大きなヒビ割れが広がる。彼の凄まじい力に目を丸くするハンナ。地面を砕いた拳を持ち上げて、エヴァンが悔しそうにその拳を震わせた。
「なんて不甲斐ない。ノエルの護衛者である俺が……戦場に足を踏み入れようとする彼女を前にして、こんなところで指をくわえて見ていることしかできないなんて」
何やら恰好つけているエヴァンだが、ただ単にお化け屋敷にビビって入れないだけだ。調子のいい悔しさを滲ませる彼に呆れつつ、ハンナは彼の砕いた地面をふと見やる。
「……エヴァンさんって普通に戦えば絶対に強いよね? なのにどうしてそんなその……怖がってばかりいるの?」
「……それはノエルにもよく聞かれる」
屈み込んでいたエヴァンがすっと立ち上がり、肩を落として嘆息した。
「だが性分だとしか言いようがない。訓練とかならまだ大丈夫なんだが、実戦になると体が硬直してどうにもならないんだ。俺だってこんな性格は直したいんだが……」
「そういうものなのかな? ああでも、街で魔工兵器と戦っていた時はすごく強かったじゃん。あの時みたいには戦えないもんなの?」
商業都市リーベタス。その街でエヴァンは軍の魔工兵器と一戦を交えた。その時の彼はとても好戦的で、巨大な魔工兵器を素手だけで圧倒していたはずだ。それを思い返しながら尋ねると、エヴァンが「あれは違う」と呟いて表情を暗くした。
「あれは俺の意思なんかじゃない。あれは俺が保有している魔法の影響なんだ」
「保有している魔法……ってことは、エヴァンさんもノエルと同じ魔法保有者なの?」
驚きに目を見開く。エヴァンが「まあな」と答えにくそうに頭を掻いた。
「『狂人』って名前でな、力のリミッターを解除して、潜在能力を引き出せるっていう魔法だ。だがその代償として魔法に意識を喰われちまう。つまり暴走しちまうんだ」
「暴走?」
「簡単に言えば好き勝手に暴れちまうってことだ。そうなれば敵も味方も関係ない。体への負担も大きから使用後はしばらく動けなくなるし、何の役にも立たない魔法だ」
そう肩をすくめて、さらにエヴァンが「いや」と表情の陰りを濃くする。
「役立つどころか害でしかない。この魔法は俺の感情の高ぶりで発動する。暴走した俺は護衛すべきノエルの手を煩わせてばかりだ。我慢しようとは思うんだが、ノエルが何かしらの怪我をすると護衛者として反射的に怒りを覚えてしまう」
魔工兵器での戦いでは、ノエルが頬に小さな怪我をしたことでエヴァンは暴走した。今の話では、それは護衛者としての怒りが引き金なのだという。だがしかし――
(それって……エヴァンさんがノエルのこと好きなだけなんじゃ?)
ハンナは何となくそう思う。
エヴァンが「下らない話をした」と頭を振り、ハンナに苦笑して見せた。
「ハンナちゃんにこんな愚痴をこぼしても仕方なかったな。悪かった。まあ頼りないかも知れないが、ノエルがああ言ったんだ。ハンナちゃんのことも俺が守るから」
「ありがとう。エヴァンさん」
「今更だがエヴァンで構わない。船の連中はドーラ以外、みんなそう呼んでいるからな」
「そう? それならあたしも今更だけどハンナでいいよ。ちゃんなんてムズ痒いし」
エヴァンが「分かった」と頷いて、ふと不思議そうに首を傾げる。
「ところで気になっていたんだが、その……ハンナが持っているのは刀だよな? この国では珍しい武器だが、もしかしてハンナは刀が扱えるのか?」
エヴァンの疑問に、ハンナは「ああコレ?」と持っていた刀をかざした。
「パパに持たされたんだけど、あたしは刀なんて扱えないんだ。護身用ってことみたい」
「護身用か……余計なお世話かも知れないが、不慣れな武器なら使わないほうが無難だ。自分の指を切ってしまいかねないからな」
「んん……まあそうなのかな?」
「そんな刀に頼らずとも俺がハンナをきっちり守って――ん?」
会話を中断するエヴァン。眉をひそめて周囲を見回すその彼に、ハンナもまた視線を巡らせる。ルース城の前にある通り。そこで会話をしていたハンナとエヴァンを――
いつの間にか複数体のヌイグルミが取り囲んでいた。
「な……何?」
五メートルの距離を空けてこちらを囲んでいるヌイグルミたち。ヌイグルミが動いていることは今更驚くこともないが、周囲にいるこのヌイグルミたちはどこか様子が奇妙であった。
ヌイグルミの一体がこちらの足元を手で示して陽気な声を鳴らす。
「い~けないんだ。いけないんだ」
眉をひそめる。ここでまた別のヌイグルミがこちらの足元を差して声を鳴らす。
「地面を壊しちゃいけないんだ」
エヴァンが「あ……」と気付いたように声を漏らす。どうやらヌイグルミたちは、先程彼が破壊した地面のことを言っているらしい。
「パークのものを壊すのはいけないんだ」
「それは悪いことでしちゃいけないんだ」
「悪い人は捕まえないといけないんだ」
こちらの足元に手を向けながら、ヌイグルミたちが声を鳴らしていった。何とも不気味な光景に表情が凍りつく。そして全てのヌイグルミが声を鳴らした後に――
「緊急警報発令――戦闘モードに移行します」
ヌイグルミたちが機械的に声を揃えた。
ヌイグルミの小柄な体が弾けて、ヌイグルミの中から化物が姿を現す。その化物は鈍色の骨組みで形成された、全長二メートルにもなる機械で――
軍の魔工兵器と雰囲気が酷似していた。
可愛らしいヌイグルミの中から現れた醜悪な姿の化物。こちらを取り囲みながらギラギラと紅い瞳を輝かせる、その魔工兵器と思しき機械の化物に――
「――ぎゃぁあああああああああああああ!」
ハンナとエヴァンは同時に悲鳴を上げた。
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「ぶるぁああああああ!」
奇声を上げながら迫りきた悪霊に、ノエルは表情を変えることなく歩を進めた。ノエルが近づくと、悪霊は奇声を上げながらも退いてあっさりと姿を消す。何とも張り合いのないその悪霊に、ノエルは落胆の息を吐いた。
「なるほど良く教育されている。それだけに拍子抜けも良いところだけどね」
勢いよく城に入り込んだノエルだが、まずは悪霊を退治できるという聖なる剣を探し出す必要があるため、今は慎重に城の中を見て回っていた。だが城の中全体が薄暗いということもあり、中々それらしき剣を見つけることができないでいる。
「この調子だとアーノルドさんに先を越されるかも……まずいな」
城に入りすぐにアーノルドとは別行動を取っている。彼もこの薄暗さでは剣を探すのに苦労しているだろうが、油断ならない相手のため不安は尽きない。
因みにライトは所持している。だがそれを使用するのはルール違反である気がした。アーノルドがそれを使用しない限りは、自分もこの暗闇の中で剣を探さねばならない。
「目的は魔法だっていうのに、勝負にこだわるなんて我ながら意地っ張りだよな」
そう自嘲したところで、また悪霊――役の魔工人形――が奇声を上げながら迫ってきた。だがやはりこちらが近づくと、悪霊は奇声を上げながらも姿を消してしまう。ノエルはまた嘆息し、近くの部屋に足を踏み入れた。
「こんな作り物の悪霊にどうして怯える必要があるのか……エヴァンも変な奴だよ」
そんな愚痴をこぼしながら、ノエルは薄闇の中に視線を巡らせる。どうやらこの部屋は誰かの寝室のようで、埃まみれのベッドと鏡台が置かれていた。
部屋の窓は全て板で塞がれている。その板の隙間から差し込む僅かな光を頼りに、ノエルは部屋の中を隈なく散策した。だが目的とする剣はどこにも見当たらない。
「悪霊なんかより生きた人間のほうがよほど脅威だとボクは思うけどね」
この部屋に剣はないようだ。そう判断して踵を返そうとしたところ――
ゴツンと後頭部に筒状の何かが押し当てられた。
「動くな」
返そうとした踵をピタリと止める。一秒。二秒。ふいの出来事に跳ねた鼓動が徐々に冷静さを取り戻していく。咄嗟に止めていた息を静かに吐き出して――
(ほらね……ボクの言った通りだろ?)
ノエルは誰にともなく胸中で呟いた。
後頭部に押し付けられた筒状の何か。恐らく銃口だろう。そしてこちらに制止を指示した声。その声の主も予測がつく。聞き覚えのある声だということもそうだが――
この城にいる人間は限られているからだ。
「……只者じゃないとは思っていたよ。ボクはこれでも運動能力に自信があるんだ。そんなボクがゲームとはいえ、こうもあっさりと打ち負かされたんだからね」
背後から返答はない。だがノエルは構わずに「だけど」と話を続けた。
「もっと奇妙なことは、貴方が古代人種の遺跡に慣れているように感じたことだ。貴方の仕事の都合上、魔工機器に触れる機会は多くあるだろう。だけど遺跡に入ることができるのは限られた政府の人間だけだ。ただの商人が遺跡慣れするなんてあり得ない」
「だとしたら何だというのだ?」
背後からそう尋ねられる。ノエルは相手に気付かれないよう呼吸を整えながら――
核心となる言葉を口にした。
「アーノルド・アーモンドさん。貴方はボクたちの同業者――ドラゴンシーフだ」
ノエルのこの断言に――
背後で銃口を構えた誰か――
アーノルド・アーモンドが――
笑みの気配を返した。




