第三章 古代人種の遺跡_2/4
「ようこそ! 『みんなの笑顔咲く夢見がちの国! リザードランド』へ!」
古代人種の遺跡。ドラゴン。その脇腹に開いた遺跡入口の前で、何ともファンシーな服装をしたお兄さんとお姉さんが、底抜けに明るい歓迎の言葉を口にした。
どこからかファンファーレが鳴り響き、色鮮やかな紙吹雪が周囲に舞う。赤い髪の上に紙吹雪を積もらせつつ、ハンナはポカンと目を丸くした。不自然なほどに笑顔を咲かせたファンシーなお兄さんとお姉さん。その二人の背後には、ポップな書体で『LIZARD LAND』と書かれた看板が飾られている。
パァーパァー! ズンダカタンズンダカタン! ピロピロピロピロー!
そう軽快に楽器を掻き鳴らすのは、ゾウやパンダなど動物を模したヌイグルミたちだ。そのヌイグルミの中にはダンスを専門とする者もおり、鳴らされる音楽に合わせて何ともアクロバティックな演技を決めていた。
呆然としたままヌイグルミの演奏演技を見つめる。ヌイグルミの演奏が盛り上がりを見せるにつれて、ヌイグルミのダンスもまた激しさを増していく。そしてシャーンと一際大きくシンバルが鳴らされたところで――
パンパンとヌイグルミたちから一斉にクラッカーが鳴らされた。
クラッカーから飛んだ紙クズを頭や肩につけたまま、ハンナはまた呆然とする。演奏演技を終えたヌイグルミたちが直立不動で整列する。ハンナは赤い瞳をパタパタと瞬かせると、隣にいるノエルに視線を移動させた。
「……あの、ノエル?」
何か質問があるわけではない。ただ呟かずにはいられなかった。そんなひどく混乱したハンナとは異なり、さすがドラゴンシーフたるノエル。彼女の表情は冷静であった。冷や汗らしきものがびっしりと浮かんではいるが、とりあえず冷静であった。
因みに父のアーノルドは訝しそうに眉をひそめており、エヴァンは怯えているのか腰を引かせていた。三者三様の反応を確認して、ハンナはまた視線を正面に戻す。
「ようこそ! 『みんなの笑顔咲く夢見がちの国! リザードランド』へ!」
いつの間にかファンシーなお兄さんとお姉さんが目の前にいた。先程と同じ言葉を同じテンションで話すファンシー二人。彼らの急接近にぎょっとしながらも、ハンナはファンシー二人の耳が尖っていることにふと気付く。
彼らは人間ではない。古代人種を模して造られた人形――魔工人形だ。
ハンナから反応が返されたためか、ファンシーな魔工人形が話を進める。
「様々なアトラクションでお客様をおもてなし! 現実を忘れて明るく楽しい夢の世界をお届けします! お客様! リザードランドのご利用は初めてですか!?」
「……ノエル?」
「……初めてです」
ハンナに助けを求められたノエルが、ファンシーな魔工人形の問いに冷静に答える。何やら彼女の目尻がピクピクと痙攣しているように見えるが気のせいだろう。
「おぉめでとうございまぁあああああす!」
二人の魔工人形が声を張り上げる。肩をビクリと震えさせるノエル。だが冷静であることを説いていた彼女が驚くなどあり得ないことだ。きっと勘違いだろう。
「本パークでは現在、無料体験を実施しておりまして、初めてのお客様は全てのアトラクションを無料でご利用いただけます! こちらの園内マップをお受け取りください! あとこれは本パークのマスコット『リザドン』の髪飾りです。頭につけておきますね!」
「ど、どうも」
「それでは本パークのアトラクションを心ゆくまでお楽しみくださぁあああい!」
遺跡入口を封鎖していたゲートが開いて、整列していたヌイグルミたちがパチパチと拍手を鳴らす。ハンナはまたしばし呆然とすると、三度ノエルに視線を向けた。
「……ノエル?」
「は、ははは。どうしたの、ハンナ? 古代人種の遺跡では何が起こるか分からないと、そう忠告したじゃないか? ここ、こんな程度のことで驚いていたらこの先大変だよ?」
さすが遺跡慣れしているノエルだ。こちらの困惑など笑い飛ばし、声を震わせながら見事な余裕を見せてきた。コホンとひとつ咳払いをして、ノエルが言葉を続ける。
「ど、どうやらここは古代人種の娯楽施設だったようだね。そういった施設の存在は彼らの文献にも書かれているから間違いない。だから怯えなくても大丈夫だよ」
「つ、つまり遊園地みたいなものか? しかし古代人種にとっても重要なはずのドラゴンに、そんな娯楽施設を設けるなんて古代人種は何を考えているんだ?」
エヴァンが緊張させていた表情をやや緩和させてそう独りごちる。ノエルが「別に不思議なことじゃない」とハラハラと手を払った。
「確かに古代人種にとってドラゴンは重要なものだが、魔法を扱うほどの巨大な魔力を有するその設備を流用しないのは勿体ないだろ。魔力消費が激しい施設ほど、ドラゴンと並行運用したほうが効率良いんだよ。例えば――大勢の人が暮らしている街とかもね」
「……そうだったな」
エヴァンが沈黙する。ノエルの説明に納得したようだが、どこかエヴァンの表情が沈んでいるような気がした。それを訝しく思っていると――
「古代人種の遊園地なんて面白そうではないか。ハンナ、早速入ってみよう」
アーノルドが上機嫌に笑い、こちらの手を掴んで遺跡の入口――入場口に歩き出した。
「え? え? ちょっとパパ? 何をそんなに張り切ってるのよ?」
「仕事ばかりでハンナと遊園地など行ったことなかったからな。せっかくの機会だ。無料体験できるというのなら楽しませてもらおうではないか」
「な――勝手な行動は慎んでください! アーノルドさん!」
入場口へと近づいていくハンナたちを、狼狽したノエルが慌てて追いかける。戸惑いながらも父に手を引かれるまま入場口を抜けるハンナ。背後に追いついてきたノエルが、こちらの歩調に合わせながら口を開く。
「船のデッキで話しましたよね? 遺跡にはどんな危険があるか分からない。ボクたちのそばから離れないでください」
「遊園地なのだろ? ならば何も怖がる必要などないではないか」
「不必要に怯える必要はありませんが、油断はしないでください。古代人種の魔工機器はボクたちにとって未知のものです。どんな危険があるか――」
「おお。これは中々に立派なものだな」
入場ゲートを抜けた先に広がるパーク内の景色に、父が感嘆の声を上げる。
ドラゴンの内部であるはずが、その上空には青い空が広がっていた。空にはサンサンと輝く太陽が浮かんでおり、パーク内にあるアトラクションを明るく照らしている。
アトラクションには観覧車やメリーゴーランドなど一般的な遊園地にもある遊具から、一見してはどう遊んでよいか分からない遊具まで沢山あった。だがその遊具の全てに共通して、ただ眺めているだけでも不思議と胸が弾むような期待感を湛えていた。
パーク内には遊具を管理する魔工人形と、楽器を鳴らしながら歩いているヌイグルミの姿がある。だが当然ながら人の姿はどこにもない。遊具も稼働はしているようだが乗客は誰一人としておらず、空席をただ回したり走らせたりしていた。
いくらドラゴンが巨大だとはいえ、この広大なパークがその体の中に納まるとは到底思えない。魔工機器などを利用して何らかの細工が施されているのだろうか。そんなことを頭の片隅で考えつつも、ハンナは多様なアトラクションの数々に目を輝かせた。
「これが遺跡の中だなんて信じられない。空があることもそうだけど、なんかこう……にぎやかだし遺跡って感じじゃない。それに何だかすごく楽しそう」
興奮から頬を紅潮させるこちらを見て、父が嬉しそうに微笑む。
「まさに貸し切りだな。ハンナ。乗りたいものがあるならパパと一緒に乗ろうな」
「呑気なことを言わないでくださいよ」
ノエルが嘆息して眉をしかめる。
「ハンナも油断しないで。ここにあるアトラクションは全て魔工機器なんだ。一見危険がなさそうに見えても、乗ることはもちろん不用意に近づいたら駄目だ」
「あ……うん、分かった」
「それと飲み物や食べ物も口にしちゃだめだよ。魔工機器ではないにしても、古代人種の食べ物がボクたちにとって無害とは限らないからね。何をするにも、まずは遺跡に慣れているボクとエヴァンに相談して――」
「おいノエル! 見てみろよ! アトラクションだけでなくアイスクリームとかジュースまで無料みたいだぞ。お前の分も貰ってきてやったから一緒に――」
アイスクリームとジュースを抱えたエヴァンを、ノエルが無言のまま蹴りつける。「ぎゃ!?」と転倒するエヴァン。その彼には目もくれず、ノエルが言葉を言い直す。
「――遺跡に慣れているボクに相談して、慎重な行動を心掛けてほしい」
何事もないように話をするノエルに若干の恐さを感じつつ、ハンナは素直にこくりと頷いた。するとここで――
「ふむ。ノエル君は少々慎重すぎるきらいがあるようだな」
いつの間に手にしたのか、フランクフルトを咥えた父がそう言った。
「ア、アーノルドさん! 今しがた注意したばかりじゃないですか!?」
ぎょっと目を見開くノエル。父がジュースをズズッとすすり肩をすくめる。
「何の問題もない。少しばかり変わった味ではあるが十分にイケるぞ」
「そう言うことじゃありません! 古代人種の遺跡にはどんな危険が――」
「私も仕事柄、魔工機器のレプリカを扱うことがある。ゆえに古代人種についてもそれなりに知識があるつもりだ。彼らは魔力こそ扱うものの、私たち人類とその生活様式はさして変わらなかったという。そこまで気を揉む必要などないと思うぞ」
「……そういうにわか知識が、遺跡では命取りになるかも知れないんですよ」
むすっと表情を渋くするノエル。遺跡に関して素人の父に意見されたことが不服なのだろう。不満げに半眼になるノエルに、アイスクリームを頭に乗せたエヴァンが近づく。
「アーノルドさんの言うことも一理あると思うぞ。ハンナちゃんのことが心配なんだろうけど気を張りすぎだ。普段のお前はもう少し余裕があるだろ?」
「……ビビりのくせに」
ポツリと愚痴るノエルに、エヴァンが「それはいま関係ないだろ」と眉間にしわを寄せる。ノエルがふうと溜息を吐き、気が抜けたように手をハラリと振った。
「ああもう……分かったよ。確かに少し慎重になり過ぎていた。警戒するのはもちろん必要だけど、それだけじゃ調査もできないしね。のっけからあんな想定外の歓迎を受けたもので、普段の調子を崩していたみたいだ」
ノエルがポリポリと金色の髪を掻き、その表情に柔らかい苦笑を浮かべる。
「危険がなさそうなら、アトラクションを楽しみながら調査をするのもいいかもね。どうやらこの遺跡には、これまでにない珍しい魔工機器が沢山ありそうだし」
「そういうことだ。いくら警戒したところで不測の事態というものは起こる。ならばその不測の事態にすぐ対応できるよう、心を柔軟にしておくことこそ重要なのだよ」
父の助言じみた言葉に、ノエルが躊躇いながら「そうかも知れません」と頷く。美味しそうにフランクフルトを頬張る父を、何やら訝しそうに見つめるノエル。何か父に思うところでもあるのだろうかと、ハンナはノエルのその視線に首を捻った。
ノエルが父から視線を外し、気を取り直すように肩をすくめる。
「それじゃあ本格的に調査を始めようか。アーノルドさんは仕事で依頼されたという魔工機器を、ボクたちは『反転』の魔法を探すわけだけど、お互いが別行動するのはさすがになしだから、一緒にこの遺跡を見て回る。それで構いませんね、アーノルドさん?」
「もちろんだ。異論ない」
「でもノエル。魔工機器はともかく魔法はどう探すものなの?」
この古代人種の遺跡――ドラゴンが、魔法を稼働させる魔工機器なら、すでにそれは見つけているともいえる。ゆえにノエルが探すものは魔法を稼働させる方法だろう。ハンナのこの疑問に、ノエルが難しい顔をする。
「実はそれが問題なんだ。魔法はドラゴンによってその稼働方法が違う。スイッチひとつで稼働する魔法もあれば、複雑な手順を踏まないと稼働しない魔法もある。遺跡を隈なく探してそれを見つけ出さないといけないんだ」
「なんか大変そうだね」
「まあね。だけどその無理難題の解明こそがドラゴンシーフの腕の見せ所――」
ノエルが誇らしげに語っていたところで、その声を遮るように賑やかな音楽が聞こえてきた。楽器を打ち鳴らしながらこちらに近づいてくる数十体のヌイグルミたち。規則正しく行進するそのヌイグルミの先頭で、スーツ姿のヌイグルミがメガホンで声を上げる。
「本日はリザードランドにご来園いただき誠にありがとうございます! 現時刻からちょうど一時間後、リザードランドの名物イベントになります『絶叫必至! 古城に住みついた悪霊退治!』を開催させて頂きます!」
シャーンとシンバルが鳴らされる。一拍の間を空けて、ヌイグルミが言葉を続けた。
「本イベントはお客様の参加型イベントとなっておりまして、参加者の皆様には誰が悪霊退治を果たすのかを競って頂きます。そして見事に悪霊退治を果たした参加者の方には、本施設で稼働する魔法――『反転』の使用権をプレゼントいたします!」
またシンバルが鳴らされる。メガホンを高らかに上げ、ヌイグルミが声を張り上げる。
「イベント開催はルース城にて行われます! 皆様ふるってご参加ください!」
チャンチャンと楽器を鳴らしながら、ヌイグルミたちが離れていく。ヌイグルミたちが遠くに離れたところで、「――本日は」とまた先程と同じ内容の声が聞こえてきた。どうやらパークを行進しながら、イベントの開催を入園者に伝えているようだ。
それはそれとして、ハンナはノエルに視線を戻した。魔法の調査がいかに困難であるか。それを難しい顔で説明していたノエル。彼女がゆっくりと碧い瞳を閉じて――
「……この遺跡はつくづく、ボクの予測を外してくる」
そうがっくりと肩を落とした。




