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クリスマス・ケーキを探して

作者: 池田瑛

日本の、あるところに、父親がいました。

その父親は毎日仕事が忙しく、家に帰ってくるのは子供が寝てからでした。

では、朝は、というと、子供が起きる前に仕事へと出かけていました。


しかも、2020年という年は、

新型コロナ・ウィルスという病気が世界中で広まり、

その父親は大忙しでした。


年末も、仕事に行くことが決まっていました。

年始も、正月の午前中だけ休みですが、そのままずっとお仕事です。


12月24日のクリスマス・イヴも残業でした。


最終電車から降り、駅から家へと父親は歩きます。

もうイヴから、クリスマスへと日付が変わってしまいそうです。


駅前のファースト・フード店を通ったとき、ふと看板が目につきました。


『クリスマス・ケーキ、販売中』


父親は、足を止めて考えました。


そういえば、息子へのクリスマス・プレゼントって、妻は何を買ったのだろう?

一緒に買いに行くなんて言ったけど、結局行けないままだったな。

結婚記念日のレストランも、仕事でキャンセルしちゃったし、

妻にも、息子にも何もできない一年だった。


ケーキでも買っていこうか。でも、息子は、もう寝ているだろう。

でも、せめてもの罪滅ぼしだ。いや、自己満足であるかもしれない。


その父親は、ファースト・フード店へと入りました。


「すみません……クリスマスケーキを一つ」

「ご予約の方ですか?」

「いえ、予約はしてません」

「申し訳ありません、予約分以外は売り切れです」


 まぁ、そりゃあそうだよな。

 父親は家へと歩き出します。コンビニが見えました。


「すみません……クリスマスケーキって残ってますか?」

 サンタクロースの帽子をかぶった店員がすまなそうに答えました。

「売り切れました」


 父親は、もしかしたらと思い、別のコンビニに行きました。

 ですが、売り切れでした。


 父親は、諦めて家へと帰りました。




 家の鍵を開けて玄関へと入ります。

 おや? 靴を脱ぎながら手の消毒をしているときに父親は気が付きました。

 家の様子が静かすぎます。

 寝室で妻も息子も寝ているのかな? と思いましたが、寝室にも誰もいませんでした。

 

 こんな夜中に、どこかに行ったのだろうか?

 父親はカバンから携帯を取り出してメールを確認します。

 しかし、妻から何も連絡はありません。

 リビングのテーブルに、書き置きもありません。


 妻に電話をしましたが、電話に出ませんでした。

 仕方なく父親は、留守電に帰ったことを入れた。


 そして、冷蔵庫からビールを取り出し、ネクタイを緩め、くぃっと喉を潤しました。


 しばらくすると、玄関から鍵を開ける音が聴こえました。

 

「あら。もう帰っていたの?」

 妻の両手には、寝ている息子の姿がありました。


「うん、さっき帰ってきた。散歩?」


「パパが帰ってくるまで起きてるって聞かなくて。だから、一緒にケーキでもって思って、まだ売っているお店を探しに行ったのだけど……途中で疲れて寝ちゃったのよ。ちょっと待ってて。ベッドに寝かせてくるわ」


 妻は、器用に靴を脱ぎ、息子を抱いたまま寝室へと行きました。


「11時くらいまでは頑張って起きていたのだけれど」

「ケーキは売り切れだっただろう?」と父親は得意げに言いってビールをくぃっと飲みました。

「えぇ。隣の駅近まで行ってみてもなかったわ」

 隣駅にまでも、探しに行ってくれたのか、と父親は思いました。そして、後ろめたい気持ちになりました。

「来年は、必ず予約するよ。僕が」

「そうね。コロナが収まって、せめて年末年始かクリスマスくらいは家族でゆっくり一日、過ごしたいわね」

「あぁ」と父親はビールをまたくぃっと飲みます。

「そうだ! これ、あなたに私たちから」


 男は、妻から差し出された赤い紙袋を開けました。

 中には、サンタクロース柄のワインレッドのネクタイが入っていました。

 また、手紙は息子からでした。


『メリークリスマス。お父さん、いつもありがとう』


 父親で夫な男は、ビールを一気に飲み干しました。


 そして、言いました。


「このネクタイ。俺の勝負ネクタイにする」


 その父親は、お正月も、桜が咲く日も、夏の暑い日も、木枯らしが吹く日も、連日仕事が忙しく、きつい日には、サンタクロース柄のネクタイを付けて仕事に行くそうです。


 クリスマスじゃないのに、サンタクロース柄のネクタイを付けている男の人を探してみてください。

 それはきっと、この物語に出てくる父親なのかもしれません。



 おしまい

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― 新着の感想 ―
[一言] コロナが流行してから、仕事にならなくなった職種と激務になった職務が出てきましたね。 激務になってしまった職種の方には感謝しかありません。 この作品のお父様は理解のあるご家族がいてくれて良か…
[一言] 今年はきっと大部分のものが事前予約制になっていそうですよね。私はクリスマスケーキのノルマがさばけずに頭を抱えていたことがあるのですが、今年はうっかりして手に入れられなかったご家庭も多そうです…
[一言] 日常の一コマがあったかく感じられました。 今年は家族と静かな年末年始となりそうですが、お互いを思い合いながら過ごせばいつもと違う素敵な年末年始になるかもしれないなと思いました。 読ませて頂き…
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