碓氷 真鉄の受信記録
1999年。
世紀末の世界には様々な電波が溢れ、人間に語り掛けてくる。
ラジオ、インターネット、携帯電話、なんか磯臭い神秘的なやつ。
そして君のような、何処からか何時かからか迷い込んだやつ。
案外、驚かないな、だと?
確かに執筆中によくある事とはいえ、散歩中には初めて……、
普段はスーパーの特売日を感知するのが精々だ。
だが世紀末にはよくある事、クトゥルフさんもそう言っていた。
……何でそんな嫌そうな気配を出す。
サイン本で喜んでくれる良い人なんだぞ。
まぁいい。
とにかく今は冒涜的な幼女が産まれたり、自身をギャル男と称した真っ黒な道化も闊歩している。
夜も遅い。
大人しく帰るといい。
……下水道の怪物?
わかった。
それを見つけなければ君は帰れないと言う訳だ。
人に対応出来て、電波に対応出来ない理由も無し。
であれば名乗ろう。
俺は碓氷 真鉄。
どこにでもいるしがないオカルト作家だ。
●
いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!
いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!
●
ちょっとムカつく奴に喧嘩を売ったらこうなった?
血気盛んだな、知り合いの一族を思い出す。
着いた。
暗渠の入口だ。
結構、大きいだろ?
怪物が居そうな場所はここくらいだ。
増水はしていないようだ。
最近は天気も良かった。
さて、どうだろう。
怪物らしき影は見えないな、そちらもか。
だが何かいる気配はある。
人に害するものか迷い子か。
いずれにせよ放置するべきでは無い何かだ。
誰も居ないし、今なら降りれそうだ。
普通は立入禁止だからな。
中は、暗いな。
そちらに景色は見えているのか?
そうか。
では先に進もう。
下水道と言うとどんなイメージだ?
まぁ、清潔ではないだろう。
実際、少々臭う。
だが歩く分には問題無い。
壊れた携帯電話が落ちている。
浮浪者でも居たんだろうか。
酸欠やガスは怖いが、気温は暑いくらいだ。
広さは充分あるし、杖も懐中電灯もある。
うっかり転んでも致命傷になり得ない程度には清潔だ。
破傷風の予防接種は受けているしな。
不審な物音がしない内に、下水道の怪物という都市伝説のおさらいをしておこう。
アメリカで飼われていた鰐が捨てられ、巨大化した。
日に当たらない生活をしていた鰐は真っ白な体になった。
鰐は夜、地上に現れては人を食らうという。
大まかな内容はこんな所だ。
アメリカの下水道では実際、鰐が発見されるらしいな。
だが、今回は鰐ではないようだ。
見えるか。
地面に水から上がった跡。
足跡もある。
友人の物ではないな。
彼らはヒレの形だ。
●
にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!
●
ん?
俺がどうやって話を書いているか?
今みたいに都市伝説を調べて書いたり、神話や因習を元にしたり、体験した事を脚色して書いたり。
体験した事?
今みたいに宇宙の意思を受信したり、向こう側に呼ばれたり、
戦ったり、本のファンになって貰ったり、友人になったり。
先日、出た新刊?
ふぅん、そちらにも俺の本はあるのか。
案外、近い場所に住んでるのか?
……。
……。
何か聞こえたな。
悲鳴か。
こっちに向かって……!
浮浪者か。
錯乱しているな。
仕方が無い。
えぇい、拳を振り回すな。
そぉい!
精神分析、杖、物理! ちちんぷいぷい頭治れ!
……生きてるな。
水路から離して寝かせておこう。
上手く避けたものだろう、足だけは自慢だ。
だが生意気な山羊は許さん。
何の話かって? ただの私怨だ。
先に進もう。
これは……。
……。
問題無い。
少し気分が悪くなっただけだ。
蟻に蝙蝠の羽が生えてる。
じっと動かないな。
言葉は通じるだろうか。
あれが探していた怪物なのか。
そうか。
それでこれからどうすれば……?
?
ここは。
そうか。
無事に帰れたのか、ハスター君。
●
いあ! いあ! はすたあ! はすたあ
くふ やくぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ。
あい! あい! はすたあ!
●
自室のベッドで目が覚めた。
珍しく、いつもと違う夢を見た。
深海の底ではなく星空の中。
朽ちた柵の牧場跡、月の裏に建つ塔。
荒廃した石造りの街と大図書館。
黒く巨大な湖の底から現れた……。
……。
おぞましさはあれど不快感は無い。
まだ眠気の残る頭を抱えながら本棚に向かう。
自身の新刊は友人用に何冊か買ってある。
その内の1冊にサインを書く。
丁寧に包んだ後、窓から放り投げる。
突風と共に何かが通り過ぎ、サイン本が消えた。
天高く昇っていく異形の影が小さくなり消える。
世紀末だ、そんな事もあるだろう。
もうすぐ夜明け。
魚顔の友人が来る前に身支度を整えよう。