レディ・ガーネット
「偶然だな。」
と言ったエイドリアンが言い直す。
「いや、偶然ではないかな。
私はレイゼラが作っているから、あのワインを飲み始めた。元々、質がよく評判がよかったのもある。
まさかヘンリク達までもが、気に入るとは思わなかった。
高級ワインだが、王族が飲むのは、名の通ったヴィンテージワインだと思っていたからね。
だから、あのワインに毒を入れられたのだろう。」
「レディ・ガーネットだからな。」
マイケルが椅子に座った足を組みながら言う。
エイドリアンの報告書を見たレイゼラには、エイドリアンがそれでワインを気に入ったのが理解できるが、マイケルの言うレディ・ガーネットがわからない。
もしかして、ワインを作っている私のこと?などと想像する。
エッデルブルグ子爵家で、レディと呼ばれるのは、私か、お母様しかいないわ。
本当は、このマイケル様って、目付きは悪いけど、いい人なのかもしれない。
「エッデルブルグ領のワインは、不純物がなく、ガーネットのような美しい赤だ。香りも味も特別だ。
レディ・ガーネットと呼ばれて、高位貴族の中にも密かなファンが多くいた。
貴婦人と呼ばれるにふさわしいワインだ。
名ばかりのヴィンテージワインにひけをとらない。」
ヘンリクが、ヴィンテージだけがワインと思っている王族ばかりではない、と言う。
「レディ・ガーネットだから、我々は幸運だった。」
マイケルの言葉に、レイゼラはびっくりする。
反対ではないのか?
エッデルブルグのワインに毒を入れられたから、こんな事になっているのではないか。
「我々が寝込んでいる間に、エッデルブルグ家が大変だったのは後で知った。
レディ・ガーネットは我々を助けてくれたのに、我々は助けてやれなかったな。」
王太子ヘンリクが、レイゼラにすまなさそうに言うが、レイゼラには理解が出来ない。
「レイゼラ。」
エイドリアンがレイゼラの手を取る。
「エッデルブルグのワインは、不純物が全く入っていない。
それは他にないワインだ。」
そうだ、領地では葡萄を最大に生かす為に、不純物を徹底的に取り除いてワインを醸造する。
エッデルブルグ家の全員が、確認して出荷するのだ。
「無味無臭の毒は、レディ・ガーネットの中では不純物だ。
だから、我々は直ぐに気が付く事ができ、吐き出したんだ。
生き延びる事が出来た唯一の理由は、レディ・ガーネットだったからだ。」
ああ、よかった!
エッデルブルグのワインは、役に立ったんだ。
グスグス、とレイゼラが泣き始めた。
「泣き顔も可愛いわね!」
カデナが、エイドリアンの手を払いのけて、レイゼラの手を取る。
「男性達は、これから悪だくみの続きだから、私達はお茶にしましょう。
王宮でのマナーを教えてあげてよ。」
エイドリアンが、無表情にカデナを見たが、にやりと口の端を上げる。
「よろしく頼むよ。」
反応したのはカデナではなく、レイゼラだ。恐いです、エイドリアン様。
レイゼラが小さく震えたのを、見逃さなかったエイドリアンは満足したのであろう、ヨーデルの薬の調合の話に加わる。
「恐いわよね。」
カデナがこっそり言うのを、レイゼラはウンウンと頷いて肯定する。
そして、レディ・ガーネットが自分の事かもと自惚れたことが恥ずかしく、頬を染めるのであった。
恥ずかしげな表情は、カデナに更に気に入られる事になったのだが・・・
「初めて見る得体の知れないキノコです。従来なら、口にするなど、とんでもありません。」
ヨーデルが、ジャクランを手の上に置いて見せる。
「だが、エッデルブルグのキノコだ。」
ヘンリクの言葉を否定する者はいない。
部屋にいるのは、ヘンリク、エイドリアン、マイケル、マイケルと一緒に来た補佐のオズロワ、ヨーゼフ、ヘンリク付きの事務官数名と離れた場所のソファーに座っているカデナとレイゼラ。
「エッデルブルグでは昔から、薬として重用されていたようだ。
毒への効果はわからないが、期待できる。すぐに処方するべきだな。」
エイドリアンの言葉で全員の同意となる。
「では、私はこのジャクランを処方しましたら、エッデルブルグ領に向かいます。
領地の警護が必要になるでしょう。
マイケル様、信頼のおける兵士を10名程、お借りしたい。」
ヨーデルはすぐにでも、エッデルブルグに発つと言う。
「わかった。選抜した者で後を追わせよう。エッデルブルグに着く前に追いつけるだろう。」
マイケルは言いながら、オズロワに指示をだす。
「くれぐれも王妃側に悟られるなよ。
あちらに毒消しを手に入れられると困るからな。
我々が毒を使えなくなる。」
「私が婚約したことで、レイゼラの元婚約者の報復を懸念して、エッデルブルグ領の警戒を高めた、でいいでしょう。」
ヘンリクとエイドリアンの意を受けて、ヨーデルはエッデルブルグにあるジャクランを全て持ち帰ることにした。
フレディの代わりにベッシーニ伯爵領におくる人員を決めねばならない。
賭博場の会員名簿が必要だ。
そこには負けて借金を負い、王妃側の手足になっている貴族の名前があるはずだ。
どれほどの人数になっているのか、毒の流通経路もそこからであろう。
エイドリアンの記憶にある、それぞれの経歴が参照される。
もう静かにしている時期は終わった、王太子陣営の報復が始まる。