アガーテ・デーゲンハルトの恋
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お礼に番外編を追加いたします。
コミカライズもたくさんの方に読んでいただいて、ありがとうございます!
王太子ジョセフの婚約が無くなったことは、大きな衝撃をもたらした。
ヘンリク王の治世において、国内が安定するには時間が必要だった。
王太子とデーゲンハルト公女の幼いうちの縁組は、無用な権力争いを無くし、国内外の貴族を納得させるためのものであり、国力を充実させる時間を作った。
王家とデーゲンハルト家にとっては、国が安定したら婚約解消する予定の仮初の婚約であった。ジョセフとリリアーヌに恋愛感情はなくとも仲が良かったために続いていたのだ。
リリアーヌがジルブライトと出会うまでは、このまま結婚するかもしれないぐらいの思いはあった。
公的に披露しているために、そんな事情と知っている者は関係者だけだ。
デーゲンハルト家は恋愛結婚を推奨しているために、早くには婚約者を決めない。リリアーヌの婚約はその前提の元になされているので、解消もお互いの同意だけですんだ。
だが、豊かな国となったノーマン王国の王太子がフリーとなると、王太子妃候補として国内貴族だけでなく、近隣王族からも縁談が持ち込まれた。
ましてや、婚約者のリリアーヌ・デーゲンハルトが原因となっての婚約解消である。
王太子に瑕疵はなく、適齢期で結婚市場に突如現れたのだ。
王宮には山のような釣書が届けられていた。
ジョセフは、その様子にウンザリしていた。
それは、アザレア王女とは様子が違った。
アザレア王女は婚約者との確定していた結婚が無くなった。すでに側妃が二人もいる王へ嫁ぐことが無くなって喜んでいるのだが、その反面、ライリック国王が自分ではなくリリアーヌ・デーゲンハルトを選んだと云うことに、プライドが傷ついていた。
結婚したくない相手だが、自分は選ばれなかったというのが許せないのだ。
絶対に、ライリック国王よりいい相手をみつけるのだ、と躍起になっている。
「お姉さまは、自分のことしか考えていない!
ジョセフ殿下にあんなに大事にしてもらっていたのに!!」
デーゲンハルト公爵家では、末っ子のアガーテがリリアーヌをなじっていた。
「アガーテ」
涙が止まらないアガーテに手を延ばそうとして、リリアーヌはその手を止めた。
「ごめんね」
リリアーヌの恋はたくさんの人を巻き込んでいる。エイドリアンの取りまとめもあって、表向きは円満に婚約解消したようになっているが、たくさんの人を傷つけ迷惑をかけている。
「ごめんね。だけど、自分の心に嘘はつけない」
エイドリアンが父親としての要求は、ライリック国王ジルブライトにリリアーヌだけを妃とすることと。それの実行がどれぐらいかかるか誰にもわからない。リリアーヌ自身も不安でいっぱいだが、それでもジルブライト以外は嫌なのだ。
アガーテは涙を拭う事もできずに、膝をつく。
「嘘ついてきた。お姉さまが婚約者だから、ずっと嘘ついてきた!
婚約者の妹でいないといけないから!」
見ちゃダメ、嬉しそうにしちゃダメ、ずっと心に嘘ついてきた。
見たい、声が聞けて嬉しい、笑って欲しい、なんて願っちゃいけないって。
「どうして、ジョセフ殿下を傷つけたの! 婚約解消するなら、もっと方法があったはずよ!
なのに、ジョセフ殿下はお姉様を庇ってくださったのよ」
優しい方なの、と最後まで言葉に出ないアガーテ。
それは、恋する乙女そのもの。
「アガーテ、貴女の気持ち気がつかなかった。
姉なのに、ゴメンね。
私と殿下の姿を見るのは、辛かったでしょう」
恋を知るまでは、殿下と結婚するのだと思ってた。
まさか、妹が殿下を想って耐えていたとは思いもしなかった。
「私の代わりに、アガーテが」
リリアーヌの言葉は続がなかった。アガーテの目が憎しみに燃えていたからだ。
「そんな単純な事が分からないで、ライリックの王妃になろうとしているのですか!?」
溢れ出る涙を抑えようともせず、アガーテは声を張り上げた。
「お姉さまがジョセフ殿下と婚約した時と、今では状況が違います!
ノーマン王家には、デーゲンハルト公爵家よりも価値のある政略がたくさんあるのです。
姉が逃げたから妹? それはジョセフ殿下をバカにしてます!」
全面的にリリアーヌが悪い、それはリリアーヌも自覚している。
「アガーテの言う通りだわ。私は恵まれていた」
「そうですよ。お姉さまの責任放棄を、ジョセフ殿下は許されたのですよ。
それだけでなく、ヘンリク陛下のお怒りを鎮められたのは殿下です」
アガーテも落ち着いてきたのだろう、言葉も冷静になってきている。
「私なら、絶対に殿下をもっと大事にする。
優しくて、寛容力があって・・」
アガーテは、今まで抑えていた気持ちを口にすれば、身体が熱る。
リリアーヌもアガーテの恋する気持ちは共感するから、黙って聞いている。
「私よりずっと年上だけど、時々おちゃめな表情をすることがあって」
キュンキュンです、とアガーテは心の中で付け足す。
「王太子の執務だけでもお忙しいのに、剣技の訓練は毎日かかさない努力家でいらっしゃるのは有名で、声を聞けた日は1日中幸せに思えてました。
殿下の判断力は、広い知識と深い考慮からのものですし、その根底に優しさが見えます。もちろん、厳しい時もありますけど、そういう時も瞳が鋭くってステキです。
内面がいいだけでなく、見目麗しい・・」
トントン、という扉をノックする音で、アガーテは言葉を止めた。
夢中になってジョセフ王太子自慢をしていたのが、我に返ると恥ずかしくって顔を手で押さえた。
扉を開けて入って来たのは、父親であるエイドリアンだ。
「扉の外まで、声が聞こえたぞ」
そう言いながら、エイドリアンは後ろを振り返る。
「アガーテの気持ちに気がつかないで悪かったな。
だが、そこまでにしておいた方がいい。誉められ過ぎて、殿下が撃沈している」
そこには、胸を押さえて頬を染めている王太子ジョセフがいた。
「きゃあああ!」
失神しそうになる自分を奮いだたせて、アガーテはリリアーヌの後ろに隠れた。
「ライリック王国に嫁ぐにあたって、リリアーヌに確認することがあってきたのだが」
さすが王太子である、動揺はしていても自制して平常に話す。
「ありがとう、そんなに私を見ていてくれて」
机に積みあがっている釣書は、ノーマン王国王太子にきたものだ。
王太子の地位、王族として受け継いだ美貌、そんなものがジョセフの価値の大きな部分であった。
だが、アガーテはジョセフの人柄を言う。
婚約者の妹としてしかアガーテを見てなかったが、綺麗な令嬢に成長している。
そう思うと、意識せずにはおれない。
リリアーヌが後ろに隠れているアガーテを前に引きずり出す。
「お姉さま」
アガーテは恐る恐る顔を上げてリリアーヌを見上げると、リリアーヌはアガーテに微笑んだ。
「恋する気持ちが止められない、のは知っているわ。私の大事な妹、アガーテ」
ゴクン、と息を飲み、アガーテはまっすぐに王太子を見る。もう、父親がいることなど頭から消えている。
「絶対に、殿下を幸せにします!」
まるで、プロポーズの言葉である。
アガーテは、ずっと秘めてきた想いを、もう隠したくはなかった。
でも気持ちの半分も言葉に出来ない。もっと上手く言いたいのに言葉がでてこない。
ジョセフはエイドリンを通り過ぎ、アガーテの前に跪く。
「私のどこが好きなのだ?」
アガーテは恥ずかしそうに微笑んだ。
「言い出したら、1時間じゃ足りないわ」
この娘は私を愛してる、ジョセフがそう確信するに十分の、アガーテの笑み。
ジョセフがアガーテの手を取り甲にキスをすると、アガーテはさらに赤くなって止まっていた涙がポロポロ流れ出た。
「好き、好き、殿下が大好き」
震えるアガーテを、ジョセフは子供のように抱き上げた。
「アガーテは、可愛いな」
「うちの娘は可愛いです。
末っ子は嫁にやるつもりはなかったのですが」
エイドリアンの声がして、やっと存在を思い出したようにアガーテは驚くと、ジョセフの胸に顔を埋めた。
リリアーヌがエイドリアンの手を引き、サロンから連れ出すと、部屋にはアガーテとジョセフの二人だ。
「私も、幸せが少しわかったよ」
ジョセフが嬉しそうに笑顔を見せた。
リリアーヌとジョセフの婚約の説明を、追記しました。
番外編もずいぶん追加になりました。
これも読者の皆様のおかげで、嬉しいかぎりです。
これがvioletの励みにもなっており、感謝でいっぱいです。