肖像画に愛をこめて
うわぁ~! PV1,100万突破!!
ありがとうございます!
お礼に新作も考えたのですが、ご希望がありました他サイトに掲載した番外編をUPします。
エイドリアンとレイゼラの子供の話です。
他サイトに掲載していたこともあり、時間列は前後します。
『レイゼラ・デーゲンハルト公爵夫人』
膝に乗せた猫は真っ白の毛並み、群青に近い青の瞳。夫人の少しはにかんだようで慈愛に満ちた微笑みは、見る人を惹き付ける。その肖像画は完成直後、画家のアトリエから盗まれた。
その絵は、何人かの画商をわたり、ライリック王家の所蔵となった。
巨匠シアトル・シャンタンが描いたデーゲンハルト公爵夫人。密かに伝えられた絵の経歴は、それが正当な流通経路でない証明でもあった。
そして、たくさんの人々が夫人の微笑みに魅せられる事になった。
黒髪で頬に刀傷のあるジルブライト・フォン・ライリック国王もその一人である。少年の頃に見た肖像画が初恋であった。
ジルブライトは前王の第2王子として生まれたが、異母兄の王太子であった第1王子が病気で亡くなった為に王太子となり立位したのだ。毒で亡くなったと噂があるが、病死と公表されている。
ノーマン王国とライリック王国との友好条約締結の為に、ライリック国王ジルブライトがノーマン王国に訪れる事になった。ジルブライトの強い希望もあって、デーゲンハルト公爵邸を訪問して、レイゼラの肖像画を返還する為でもあった。
調印後はライリック使節団の歓迎式典である。ヘンリクとカデナ国王夫妻が主催し、主賓はジルブライトでだ。
エイドリアンとレイゼラ公爵夫妻も出席し、娘のリリアーヌも王太子ネイデルの婚約者として出席する。
ノーマン国王夫妻とライリック国王が最後に登場すると、調印後ということもあり、拍手で迎えいれられた。
席に着いたジルブライトの目はすぐにレイゼラを見る。肖像画とはいえ、初恋の女性である。彼女に会いたいが為に来たと言っても過言ではない、と自分でもわかっている。ジルブライトより20歳程年上ではあるが、今も公爵夫人は美しい。
肖像画のレイゼラは20代であろう、さすがにそれとは違っているが……
ふと、王太子の横にいる女性に目が止まる。
王太子と楽しそうに会話をしている姿に目が惹かれる。その気になる女性が、王太子に手をひかれ挨拶にやってきた。昼の調印の会議で、王太子とは会談しているので、リリアーヌだけが紹介される。
「私の婚約者の、リリアーヌ・デーゲンハルト公爵令嬢です」
紹介を受けて、リリアーヌがロイヤルカーテシーをする。公爵家の娘、王太子の婚約者、お妃教育も完璧にされているに違いない。
なにより、レイゼラ・デーゲンハルトの娘。
ジルブライトが目を細める。
つまらない貴族娘の一人だろうが、容姿は気に入った。
ノーマン王家の第2王女が、ジルブライトの3番目の側妃として嫁ぐことになっている。調印だけでなく、婚姻でも国をつなぐためである。
先ほど紹介された王女よりはいい、ぐらいの印象であった。
自分の結婚はそういうものだ、そのうち子供を産んだ側妃が正妃に立つのであろう。
王であるジルブライトは忙しい。夜会を終えた翌日には、デーゲンハルト公爵邸に肖像画を返還して帰国予定である。
側近を従えて、ジルブライトはデーゲンハルト公爵邸を訪れた。王の威厳にあふれた物々しい一行である。出迎えたデーゲンハルト公爵夫妻と儀礼的な会話をして、肖像画の確認をしている時であった。
ピーッ!!
庭から鳥の甲高い鳴き声が聞こえた。
エイドリアンが立ち上がり、異変に緊張するジルブライトの警備兵を止める。
「大丈夫です。庭の木に鳥が巣を作っているのです」
エイドリアンが顔色も変えずに言い放つのに、レイゼラの方は、他国の王の御前でと動揺を隠しきれず困ったように微笑んでいる。
ジルブライトがその微笑みに見とれる、昨夜の夜会の笑みではない、この笑みだ。
何かが目の端にちらついたジルブライトは、庭に飛び出した。後ろから警備兵が追いかけてくる。
そこには、木の下に女性用の靴が片方落ちていた。
先ほど目にちらついたのは、この靴が落ちるのが見えたからか、と思い木を見上げると、
「きゃーー! 下から女性を覗くなんてサイテー!!」
唖然とするジルブライトに、もう片方の靴が投げつけられた。
当然避けるが、問題はそこではない。靴に続いてその女性、リリアーヌが飛び降りてきたのだ。靴と違って、それを避けることは紳士としてしてはならない。
ドサッ!!
木から落ちてくる女性を受け止めるという、初めての経験にジルブライトも驚くばかりだ。
受け止めたものの思ったより重く、それが落ちてきた勢いだと分かる。
腕の中の温もりが生きている証だと、感じる。
「ありがとうございます」
ゆっくり降ろされたリリアーヌが靴を履きながら礼をいう。そのリリアーヌは、ジルブライトの後ろを見て後ずさった。父親のエイドリアンが歩いて来たからだ。
身体を翻して逃げるリリアーヌを、ジルブライトが思わず追いかけてしまう。目で警備兵達に自分達を追い掛けるな、と指示しながら。
「リリー」
後ろからレイゼラの声がするが、リリアーヌは振り返りもしない。
エイドリアンがレイゼラに言っている言葉は、二人には届かない。
「護衛を連れて行った。心配する事もあるまい」
護衛とはライリック国王ジルブライトしかいない。
「よかったわ、ありがとうございました」
リリアーヌが教会の前で礼をしていた。リリアーヌの乳母の娘で姉妹のように育った女性の結婚式だったのだ。身分のため参列はできないと止められていたが、会ってお祝いするために抜け出したと言う。
「大事な客が来るから部屋から出るなって、お父様が言うのですもの。木から降りたのは初めてでしたが、上手くいったわ」
にっこり微笑んでいるが、木には鳥の巣があり、騒ぎたてられ、しかも落ちてきたくせに、とジルブライトは思う。
「リリアーヌ嬢の部屋のテラスから木に渡ったのか?」
ウンウンとリリアーヌは首を縦に振る。
ジルブライトにとって、規格外のお嬢様である。先ほどは、ちょっと待っていて、と教会の中に入って行った。ライリック国王を護衛代わりに使っていることには、笑うしかなかった。
昨夜、夜会で会った時には高位貴族の令嬢そのものだったのに、上手く化けていると思う。これなら、王妃になっても心配ないだろう。
「王様、お礼に串焼きをご馳走するわ。とっても美味しいのよ!」
自分が食べたいのがよくわかる誘い方である。急いで屋台に注文したリリアーヌが待っていてね、とチラチラ見ている。
ジルブライトは楽しくて仕方がない。
ライリック国王に、町の屋台で安全も確認できない食物を差し出す人間を初めてみた。
「はい」
ジルブライトがすぐに手をださないので、リリアーヌはパクッと一口食べる。
「ね、毒など入っていないわよ」
にっこりほほ笑むリリアーヌの口元には串のたれがついている。
ジルブライトの目がそこから離れない。それを舐めてやろうか、言葉を閉じ込める。
「ほら」
と差し出す串を取ると、手が触れた。
一瞬で真っ赤になるリリアーヌ。
「まいった」
ジルブライトから言葉が漏れる。
自分の心臓の脈打つ音が聞こえるようだ。神経の全部がリリアーヌに向いている。
「王様、美味しいわよ」
「ジルブライトと呼べ」
その言葉に困ったようにリリアーヌが微笑むのに見惚れた。
容姿は好みだった。陶磁のような肌、大きな瞳、小さな唇。レイゼラ・デーゲンハルトの娘ということで、最初から特別だったのだ。
でも、今は母親などどうでもいい。
「私はリリーと呼ばれているわ」
「リリー」
ジルブライトが名を呼ぶと、花が咲くように笑う。
かわいい。
この世の全ての黄金と交換しても、この笑顔が欲しい。
貴族のドレスのリリアーヌと、王の衣装のジルブライトが一緒にいる様子は目立つ。
「どこか、人目につかないところはないか。変なことはしないと誓う」
リリアーヌも、町の人々が見ているのに気がついていた。
こっちに、とリリアーヌが連れて行ったのは、町の中心にある噴水広場。たくさんの人が、噴水に腰かけて話を楽しんでいる。ここなら、人に紛れて目立たない、と判断したのだろう。
「よく街には来るのか? 王太子の婚約者で公爵家の令嬢が」
自分で言いながら、言葉が痛い。
他の男と結婚するのだ。
「たまによ」
絶対に嘘である、頻繁に屋敷を抜け出しているのだろう、とジルブライトは思って笑いが止まらない。
あの公爵なら密かに護衛を付けてはいるだろうが。
「王妃になるのか?」
「生まれた時から決まっていたから」
「それは、ライリックではダメなのか?」
意図せずこぼれた言葉に、言ったジルブライト自身が驚く。
「ダメよ。側妃が2人もいる男なんてお断りだわ。しかも、我が国のアザレア王女が嫁ぐと聞いていますから」
リリアーヌがジルブライトの頬の傷をなでる。
「ああ、これは子供の頃、兄の王太子の剣の稽古に付き合わされてできた傷だ」
子供の剣の稽古で真剣などあり得ない、リリアーヌでも想像がつく。
兄に斬られた傷なのだろう。その兄はもういないから、ジルブライトが王になった。
「名誉の負傷ね」
そういうリリアーヌの瞳は濡れている。
それで、全ての事情を悟ったのだろう、とジルブライトも思い当たる。さすがは、ノーマン王太子妃となるべく教育された娘。
陽が少し傾き、街の人々が夕飯の買い出しが始まる頃、
「ジルブライトから王様に戻る時間だわ」
リリアーヌが悲しそうに微笑む。
それは肖像画で見たレイゼラの微笑みではない。
もっと、恋しく美しい微笑み。
ジルブライトだけに与えられた、切なく悲しい微笑み。
ジルブライトの心が縛り付けられる。
二人で手を繋いで、公爵邸に戻る。
王太子の婚約者が他の男と手を繋いで歩いている。しかも王都の町をだ。直ぐに噂になるのは間違いない。
それでもリリアーヌは、今だけは一緒にいたかった。
ジルブライトは、デーゲンハルト公爵邸にリリアーヌを送り届けると別れを告げる。
「君の幸せを願っている」
その声が震えないようにするのに精一杯である。
目はリリアーヌを離さない。
背を向けるジルブライトにリリアーヌは返事ができない。涙で霞んで、ジルブライトの背中がよく見えない。
震える唇が、行かないで、と言いそうで。
公爵邸で待っていた側近達に傅かれて、遠ざかるジルブライト。
「リリアーヌ」
レイゼラが、リリアーヌを迎えに出て来ていた。
「お父様が、書斎でお待ちよ」
「ごめんなさい、後にして」
自室に閉じ籠ってリリアーヌは泣いた。短い時間だったけど、ジルブライトに惹かれた。
よく知らないのに好きになった。でも叶える訳にはいかなかった。
レイゼラが、リリアーヌの部屋を訪れたが、返事はない。ベッドにこもってリリアーヌは泣いていた。
レイゼラは何も言わず、リリアーヌの髪を撫でる。
遠い昔、自分も泣いた。この世の終わりかと思うほど泣いた。
コンコン!
リリアーヌは、テラスの扉を叩く音に目が覚めた。
いつの間にか寝ていたみたいだ。外は真っ暗、深夜なのだろう。
そこにいたのは、木を登ってきたジルブライトである。昼間、リリアーヌが降りた木を、ジルブライトは登って来たのだ。
「なぜ?」
リリアーヌがベッドから身体を起こして、ジルブライトを見る。
「リリーを失う事は、無理だとわかった」
途中で馬を止めてしまった、それは来た道を引き返す為だ。
「不戦敗など、柄にもないことを思ってしまった。友好国だからな、戦争ではなく、他の方法でリリーを手に入れる」
「ジルブライト」
会いたかったの、とリリアーヌが言う。
ガチャ、突然リリアーヌの部屋の扉が開いた。
「お父様、ノックもなしに開けるなんて」
リリアーヌがジルブライトを隠すように前に立つが、全く隠れていない。
「ノックすると、その男が隠れるかもしれないからな」
エイドリアンがニヤリと笑う。
「隠れるつもりはない。最初から、公爵は分かっておられるからな」
ジルブライトはリリアーヌの前に出て後ろに庇う。
「結婚を許そう」
エイドリアンは、ジルブライトが来たら通すように警備に指示してあった。
「ただし、正妃以外は認めない。他に妻のいる男に嫁がすつもりもない。他の側妃は離縁して国元に返すこと。ノーラン国内は、私が取りまとめよう。アザレア王女の代わりにリリアーヌを嫁がす」
エイドリアンの言葉にリリアーヌがジルブライトの背中にしがみつく。
「出来るか?」
大事な娘を嫁がす男を試しているのだ。
「必ず、次は堂々と迎えに来ます」
順番が逆になりました、と言ってジルブライトがエイドリアンに礼をする。
「ご令嬢を、我が正妃としていただきたい」
ジルブライトとエイドリアンの視線が交差する。
「よかろう」
ジルブライトが帰国した後、エイドリアンは王家に王太子とリリアーヌの婚約解消を申し入れた。
ヘンリクは怒り、受け入れないと言うのを止めたのは、王太子ジョセフ。
ヘンリクはジョセフとリリアーヌの婚約解消よりも、アザレアの結婚を失くしてライリック国王と結婚しようとしていることに怒っている。
「デーゲンハルト公爵、リリアーヌは生まれた時から知っている娘だ。年が離れていることもあり、妹とも思っていた。それでも、成長を楽しみにしていたのだ。そして、彼女の幸せを願うぐらいは愛しているのだよ。婚約解消を、受け入れよう」
リリアーヌに恋しているか、と問われれば答えに困るが、それでも愛していた。
デーゲンハルト家が恋愛に重きを置いているのは知っているが、このまま婚約を続けて結婚するかもしれないと思っていた。
夫婦になってお互いを大事にしていけると、思っていた。
君の恋の相手は、私ではなかったのだね。
読んでいただき、ありがとうございました。
作者自身が望外の喜びで、小躍りしております。
この話をUPできたのも、ひとえに皆様のおかげです!
たくさんの感謝を込めて。
violet