たった一つの純情 デーゲンハルト公爵家
「フランセットが攫われました!」
先輩侍女ロノアの叫び声で、屋敷は騒然となった。
すぐにパーミラとオスカーが玄関に駆け付けた。
侍女は急いで屋敷に戻る為に、体力も気力も使い果たして玄関に倒れるよう座っているからだ。
「奥様、申し訳ありません。私がついていながら」
前公爵夫人付きの侍女とはいえ、将軍の顔を知るはずもなく、フランセットを攫った男の素性を知らない。
「ロノア、落ち着いて、思い出せることを教えて」
パーミラは侍女の名前を呼んで、興奮しているロノアを落ち着かせようとする。
「フランセットと二人で街を歩いていたら、通りかかった馬に乗っていた男性がフランセットを攫ったんです」
嗚咽にむせびそうになりながら、ロノアが状況を語る。
「その男性は何か言ってた?」
わざとゆっくり、パーミラは問いただす。
「僕だ、マイケルだ、と言ってました。
エリス、生きていた、とかも言っていた気がします」
ロノアは思い出そうと手を頭にあてる。
「大きな馬で、軍服でした。勲章や飾り紐がたくさん付いていました」
マイケル、エリス・・・
似ていると思った。
ガタンとパーミラがよろけながら動くと、オスカーが支える。
「すぐに・・」
ただ似ているだけだ、そうに違いない。
「本邸に行ってギュンターを呼んで来て。
シュトラスは、王宮のエイドリアンに連絡して、マイケル・ストラトフォード将軍の屋敷の場所を調べて来てちょうだい」
パーミラは家令のシュトラスに王宮へ向かうように指示をする。
「お祖母様、フランが!?」
バンッ!!
力任せに開けられた扉が大きな音を立てて、ギュンターが飛び込んできた。
パーミラが玄関に来る前に、使用人がギュンターに知らせに走ってあったのだ。
「落ち着きなさい、ギュンター」
パーミラが戒めるが、ギュンターはそれどころではない。
「どうして、フランが!」
床に座りこんでいるロノアにギュンターが詰め寄ろうとして、後ろから肩を掴まれる。
「落ち着け、ギュンター」
ギュンターの兄である、デーゲンハルト公爵家長男ユリウスだ。
「シュトラスに王宮に向ってもらいました。
ストラトフォード将軍の屋敷にフランがいると思うの」
ギュンターが何か言おうとするのを、ユリウスが止めてパーミラに尋ねる。
「お祖母様は、現場にいなかったのにわかるのですか?」
「確信があるわけではないわ。
フランセットを初めて見た時に、エリス・イスデニア嬢に似ていると思ったの。
そう、マイケル・ストラトフォード将軍の亡くなった婚約者で、今も妻にと望む令嬢。
街で、エリスと呼んで、マイケルと名乗るなら、マイケル・ストラトフォード将軍の可能性が高いと」
オスカーは侍従に椅子を用意させ、パーミラとロノアを座らせる。
「ストラトフォード将軍の屋敷なら王都の外れにあります。
王都の中で、エリス嬢のお墓に一番近い場所です。
直ぐに警備の兵士を集めましょう」
ユリウスが指示を出す間に、ギュンターはパーミラの側に寄る。
「お祖母様、ここで待っていてください。
必ずフランを連れ戻ってきます」
それは自分を落ち着かせるための言葉でもあった。
状況が分からない今、焦ることは禁物だ。
誰よりも先頭に立って、フランセットを助けに行きたいが、経験者である祖父のオスカーを中心にした方が確実であることも分かっていた。
「ギュンター、お前の大事な女性だ。
どんなことをしても探し出すのだ」
ユリウスが言えば、フランセットが平民であることで反対されてはいない、と心強くなる。
デーゲンハルト公爵家は、エイドリアンの方針で子供達に婚約者を決めていない。
自分で探すのが鉄則だ。
王宮からエイドリアンが戻ってくる頃には、オスカー、ユリウス、ギュンターが公爵家の私兵を引き連れてストラトフォード将軍家に向かっていた。
「オスカー・デーゲンハルトである。
マイケル・ストラトフォード将軍にお会いしたい」
ユリウスとギュンターを後ろに控えて、オスカーはストラトフォード将軍の屋敷を訪れていた。
普段は閑静な一角に、物々しい兵士の一群を率いた男達の姿は、異様な雰囲気であった。