たった一つの純情 イスデニア
フランセットの事を調べると言っても、フランセットは父の事を知らないし、母親は病床にあり負担をかける訳にいかなかった。
進まない養女の話に、ギュンターはデーゲンハルトで自分に甘い祖母のパーミラを味方につけることにした。
前公爵夫妻は、敷地内の別宅に住んでいてギュンターには都合が良かった。
フランセットと結婚したなら、母親のアルベルティーヌにもっと良い治療を受けさせる事も出来る。
ギュンターは焦っていたのだ。
何より、自分がいない間に、エッデルブルグ領でフランセットに懸想をする男が現れるかもしれないという不安が常にあった。
「お祖母様、侍女としてお側で教育して欲しい娘がいます」
子供の頃から、ギュンターの口から何度も出るフランセットという名前の娘にパーミラも会ってみたかった。
「それでは、お給金はエッデルブルグの工場よりも多めにしましょうね。
お母様を置いて来なければならないのなら、お給金が多くないと来ないでしょう?」
「ありがとう、お祖母様。
お祖母様孝行しますから!」
ギュンターの言葉にパーミラは声を出して笑う。
「貴方が生まれてくれただけで、孝行ですよ」
幼かったギュンターの笑顔にたくさんの幸せを貰った。
4人の孫、優しく育った全員がパーミラの宝物だ。
元王女のパーミラの侍女となれば、フランセットの養女の話も進みやすいだろう。
政略結婚で嫁いできたパーミラだが、エイドリアンがレイゼラと結婚し、夫のオスカーの心を知って愛の大切さが身に沁みた。
ギュンターが愛しく想う娘と幸せになることを願う。
だが、平民として育った娘が貴族の環境に耐えれるかと不安は拭えない。
元貴族の母親に教育を受けたとしても、働きながらだと時間も内容も足りないだろう。
ギュンターは直ぐにフランセットを迎えに行ったが、フランセットは母親を置いて行くことを拒否した。
エッデルブルグの祖母が様子を見てくれることと、近所の女性が面倒を見てくれることになり、やっと王都に行くことを決心した。
そして、パーミラは、フランセットを見て驚いた。
遠い記憶の令嬢によく似ているからだ。
昔の事で、パーミラも夜会で会ったことがある程度だから朧げな記憶のはずなのに、その令嬢に似ていると思ってしまうのだ。
エリス・イスデニア。
マイケル・ストラスフォードの婚約者だった令嬢。
「フランセットというのね。
私の侍女として、よろしくね」
「もったいないお言葉です。
精一杯仕えさせていただきます」
フランセットは、ギュンターの妻になれるとは思っていない。自分は平民で、ギュンターは公爵子息。
けれど、近くにいたい、と思ってしまうのだ。
フランセットの母の教育は十分ではなかったが、侍女としての仕事をするには問題なかった。
前公爵であるオスカーもパーミラが気に入っているならと、許可を出した。
ギュンターが頻繁に出入りするようになると、オスカーとギュンターが連れ立って狩りに行くことも増え、別宅に活気が出てきた。
フランセットは他の侍女達からも可愛がられて、王都で買い物や芝居に連れて行ってもらうこともあった。
その日もいつものように、先輩侍女と買い物に出かけ、パーミラの刺繍糸を買い、小物のお店を覗いたりして楽しい時間を過ごしていた。
横をすれ違った馬が止まった。
「エリス?」
立派な軍馬の上から声をかけられ、知らない名前だが思わず見上げてしまった。
「エリス!」
勲章やモールがたくさん付いた軍服を着た男性が、馬から飛び降りてフランセットの肩を掴んだ。
「エリス! 生きていたんだな!」
あまりの驚きにフランセットは硬直してしまい、逃げ遅れてしまった。
「きゃああ」
叫んだのは隣にいた、先輩侍女だ。それで、フランセットも正気を取り戻した。
「痛い、いやあ!」
フランセットの声に、男が掴んでいる手の力を緩める。
「悪い、痛かったのか」
そういう男の目からは、涙が止めどなく流れる。
「エリス、もうどこにも行かないでくれ」
「離してください、私はエリスではありません」
フランセットが振りほどこうとしても、その男はフランセットを離さない。
「僕だ、マイケルだ。僕が悪かった」
軍馬に乗っていたのは、マイケル・ストラトフォード将軍。
マイケルはフランセットを抱き上げると馬に乗せ、自分も飛び乗ると王都の道を駆けだした。
「いやあ!助けて」
フランセットが叫んでも、マイケルが離すはずもない。
「フランセット!」
先輩侍女は追いかけるのを諦めると、デーゲンハルト邸に急いだ。




