邂逅3
毎日がつまらない、エイドリアンは退屈していた。
王太子の側近であり、父親は公爵で宰相だ。やがてそれを継ぐことになるだろう。
何より、一度見聞きしたものは忘れない頭脳。
他人がバカにしか思えない。
女と遊んでみたが、一時の快楽を得ただけで、それだけだ。
婚約者もいるが、興味の対象にもならない。
揺れる馬車の窓にもたれて、外を見ていた。
それは偶然だった。普段より格段に早い、夕暮れの帰宅途中であった。
一瞬で見とれた。
目が離せない。
馬車を止めさせ、少女が街角を歩いているのを眺めていた。
少女は少年と一緒で、笑いかけ話していた。
護衛もいないようだが、平民にしては上等な衣類を着ている。低位貴族だろうと推察した。
後をつけると、すぐに街の宿屋についた。
少年は少女を送ってきたらしい、そこで別れると帰って行った。
エイドリアンは宿屋の主人に金を握らせ、少女の情報を得た。
レイゼラ・エッデルブルグ子爵令嬢。
それだけ分かれば、調べるには十分だった。
少年は、レイゼラの婚約者であった。王都に留学しているらしい。
気落ちしている自分に気付いたエイドリアンは苦笑いをする。
自分にこんな感情があった事が驚きだ。
自分は婚約者には毛嫌いされ、女性に好かれる性格でないのは分かっている。
あの娘を愛人にする想いがめぐる、きっと嫌われるだろう。
それでも、愛人にする方法を巡らしてしまう。
想いは閉じたままがいい、嫌われずにすむ。
何故にこんなにも惹かれるのか、まだ少女だ。
フレディを呼び、人を雇う手配をさせる。
レイゼラの動向を報告させるためだ。
未練がましい自分がおかしくなる。
毎月届く報告は、エイドリアンの楽しみとなった。
ワイン工場に入り込んだ者から報告が届く。
そっと様子を見に行ったこともある。
葡萄畑で作業をしながら笑っているレイゼラに見惚れる。
あの笑顔には、ヘレン妃を追い落とすべく、策を練っている自分の疾しさが浄化されるかと思う。
ヘンリクは婚約者であったカデナと結婚した。
隣国王女の母を持つヘンリクが、国内派閥の後ろ盾を持つ為の婚約であった。
公爵令嬢のカデナは美貌を誇り、気位の高い令嬢と思われていた。
父である王が反面教師だったのか、女性関係はなくなり、カデナを大事にするようになった。
政略結婚であった母を見てきたからであろう。
結婚によりヘンリクの基盤がかたまり、王に退位を迫ろうかという時期で事件は起こった。
ヘレン妃が先手を打ったのだ。
ヘンリク、エイドリアン、マイケルは毒に倒れた。
カデナはヘンリクに付添い、意識の戻ったヘンリクが視力を失くしたとわかると、目の代わりになると言った。
生活の世話から始まり、歩く練習も執務への復職もカデナが補助した。
カデナは、ヘンリクの書類を読む為に、早く確実に読む練習をした。
ヘンリクの言葉を全て書きとめるように速記の練習もした。
それは、人知れず練習したはずなのに、ヘンリクは知っていた。
カデナの声が擦れていることや、指に残るインクの匂い。
カデナの美しい顔を見る事は出来なくなったが、カデナの心に触れヘンリクは変わっていった。
王太子が失明しても再起できたのは、ヘレン妃への怒りと、カデナの愛情によるものだ。
エイドリアンの婚約者は、エイドリアンが生き残るとすぐに婚約解消した。
エイドリアンの方も、やっとかと思うぐらいであった。
何の感慨も起きない。長い年月婚約者であったが、お互いを理解しようとはしなかった。
マイケルは結婚することはないだろう。
女性の元にも行っていない。もっと早く分かっていたら、エリスはマイケルの横にいただろうに・・
エイドリアンの元に新しい報告書が届いた。
1度で覚えるが、何度も読み返す。
車椅子で動くのは目立ち、もうレイゼラを見に行くことは出来ない。
レイゼラの婚約者に恋人がいるのは、わかっている。
結婚してもすぐに、うまくいかなくなるだろう。
その時は、愛人として手に入れようか、楽しい考えに口の端があがる。
その前に、ヘレン妃の処分だ。
この身体にしてくれた礼をせねばならない。それはヘレン妃の命だ。
我々は生き残ったが、そんな事にならないように。
ヘレン妃の協力者全てもだ。
「レイゼラ。」
エイドリアンは、側にはいない報告書の中のレイゼラに語りかける。
エイドリアンの寝室にある机の引き出しには、レイゼラの報告書がたまっていく。
レイゼラが横にいる未来をこの時は知らない。
自分はレイゼラに、幸せを与えてやれないと思っていた。
だが、レイゼラの幸せを決めるのは、エイドリアンではない。レイゼラ自身だ。
レイゼラが、エイドリアンの横にいる事を選んだ。
エイドリアン、純愛です。
なのに、ピュアじゃない、エイドリアン・・・
粘着質の愛情です。
これで、『邂逅』完結となります。
お読みいただき、ありがとうございました。
violet