始まりの時
大聖堂の鐘が王都に鳴り響いた。
ヘンリクが王位簒奪して10日程である。
エイドリアンはずっと王宮につめていて、やっと時間が取れたのだ。
パーミラはレイゼラの仕度に夢中で、息子が来ても関心は低い。
「エイドリアン、久しぶりね。
顔を見たのは5日ぶりかしら?」
嫌味を言う程には、息子に親近感がでてきたらしい。
「忘れているかと思ってたわ。」
「レイゼラは?」
母親の言葉は無視して、エイドリアンが尋ねる。
「あちらの部屋で、エッデルブルグ子爵夫妻と話をしているわ。」
「そうですか。」
パーミラがパンパンと手をたたくと、侍女がやって来た。
「エイドリアンの支度をお願い。
時間がないわ。」
今日は、エイドリアンとレイゼラの結婚式なのだ。
ステンドグラスから光が射し込み、赤い絨毯の上を、エッデルブルグ子爵に手を取られて歩いて来るレイゼラに、エイドリアンは目を奪われた。
薄い繊細なレースに包まれたレイゼラは、柔らかく微笑みをうかべている。
白いウェディングドレスの胸元には白薔薇が装飾され、ロングトレーンにまで小さな白い花が縫い留められている。
レースのベールは後ろに長く流れ、トレーンの上に広がっている。
「美しいな。」
エイドリアンの口から言葉がもれる。
子爵からレイゼラを受け取ると、エイドリアンにはわかった。
レイゼラはかなり緊張している。
パーミラの教育で、以前のような機械人形のぎこちなさはなくなり、美しく歩くようになったのが、わかるのだ。
レイゼラはエイドリアンと目が合うと頬を薄く紅潮させる。
「エイドリアン様、カッコいい。」
元々の姿形は、美形にできているエイドリアンである。
この2ヶ月で、痩せた身体も肉がつき、新郎の姿のエイドリアンは見目麗しくあった。
「愛してたよ、ずっと。」
エイドリアンの言葉にレイゼラがエイドリアンを見つめる。
「とても、愛している。」
甘い笑みのオプション付きということはない、緊張した様子もなく、普通にエイドリアンは言う。
そういう機能が、備わっていないのかもしれない。
それでも、初めて、エイドリアンからもたらされる愛の言葉。
婚約解消から2ヶ月、たくさんの出会い、辛い喪失、レイゼラの頭に想いがかけめぐる。
「私も。」
そう言うだけで精一杯だ、涙が溢れそうになる。
せっかくパーミラや侍女達が、綺麗にしてくれたのだ、涙で崩すわけにはいかない。
だから、極上の微笑みをうかべる。
エイドリアンは少し頬を染め、レイゼラにみとれる。
二人で枢機卿の前に立ち、誓いの言葉を口にする。
レディ・デーゲンハルトの誕生である。
両親や王となったヘンリク夫妻、ストラトフォールド兄弟など、たくさんの人々に祝福されて、エイドリアンとレイゼラの結婚式が挙げられた。
その夜、エイドリアンの寝室では、いつものようにレイゼラとエイドリアンがベッドの中で話をしていた。
「エッデルブルグの父が言うには、ワインの業績が回復してきているらしいのです。」
レイゼラが、昼間聞いた事を報告している。
「ヘンリクの戴冠式の祝杯は、エッデルブルグのワインと決まっている。
その注文も入れてあるからな。」
え?とレイゼラがエイドリアンを見上げる。
「王のワインと認定されるのだ。
人々が買い求めるだろう。」
淡々と言うエイドリアンにレイゼラが抱きつく。
「エイドリアン様!ありがとう!」
きゃー、きゃー、とレイゼラが興奮している。
「レディ・ガーネットに我々は助けられたからな、当然だ。」
ところで、とエイドリアンが抱きついているレイゼラの手を取って、言葉を続ける。
「今夜は、私がお前を襲う番だ。」
ボン!とレイゼラが真っ赤になった。
翌朝、食堂で公爵夫妻が、まだ起きてこない二人の話をしていた。
「最初は女の子がいいわ。ね、公爵。」
「後継ぎの男の子が必要だ。」
「レイゼラは、元気だし、若いし、きっとたくさん産んでくれてよ。」
パーミラが、楽しそうに言うのをデーゲンハルト公爵が聞いている。
「パーミラ、そろそろ公爵位をエイドリアンに譲ろうと思っているのだ。
二人で旅行でもいかないか?」
「まあ、それはステキですわ。でも孫のお世話もしたいわ。」
「それで、もう公爵でなくなるので・・だな。」
言いにくそうに公爵が言うのを、クスッと笑ってパーミラが答える。
「オスカー様。」
わかっての仕草だろうが、パーミラの微笑みに公爵が嬉しそうに頷く。
「ああ。」