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貴婦人は優雅に微笑む  作者: violet
本編
40/65

ヘンリク・ノーマン

王は執務室で待っていた。

「クレドールは?」

最後まで、聞くのはクレドールのこと。


もう、慣れた、自分に父はいないとヘンリクは思う。

好きな女の子供というのは、こんなに違うのだ。

自分も、カデナと心を通わす前と後では違う。


王は、ヘンリクの表情で全てを悟ったのであろう。

ヘンリクやクレドールの様に、才覚に優れた人物ではないが、帝王教育を受け、王として長い時間を過ごしてきた人間なのである。

ヘレン妃を王妃にするまでは、周りからも信頼され、王の責務をこなしていたのだ。



「そうか。」

王は、覚悟をしていたようだ。

まっすぐにヘンリクに向かって、歩いてくる。


老いた、こんな顔だったろうか、とヘンリクが思う。


カツンカツン、王の足音が大理石の床に響く。


「ヘンリク!」

それは、エイドリアンの声だった。

無意識に手が剣に動いた。


ガツッ!

手に父の骨を斬る感触が伝わった。

ただ、倒れていく王の姿を見ていた。


クレドールの時は考える間もなく、身体を受け止めようと手が出たが、王の最後は、感慨もなく冷静に見ていた。


全てが終わって、全てが始まる。



カタン、少し左足をひきずってエイドリアンがヘンリクの横に歩いてきた。

「ヘンリク、お前の罪は、私達の罪だ。」

「私は、クレドールを殺してしまった。

クレドールが私を殺そうとした気持ちがわかる。

他の人間に、殺させたくなかった。」

ヘンリクはエイドリアンの方を見ずに答える。


そうか、と言いながら、エイドリアンがヘンリクの肩をたたく。

「お前が王だ。」


王位、それの為に失くしたものは大きい。

「私が、お前を支える。

ここに居る全ての者が、お前を王に望んだ。」

エイドリアンの言葉に、オーツを始め、同行している全ての人間が頷く。





王宮内に入り込んだ、第2部隊やヘレン妃の手の者を駆逐していた総司令官達も合流すると、本格的な国の再構築が始まった。

ヘレン妃に加担した貴族達の処分、それに伴う人事刷新。

やらねばならない事が、山積みである。

エイドリアンも父から宰相を引き継ぐことになる。

「私は、王が道を誤っていくのを、止める事が出来なかった。」

「いいえ、宰相や総司令官が抵抗してくれたおかげで、この国は、財政も軍も健全でいられた。」

宰相の言葉を受けて、ヘンリクが返す。



会議は長い時間が過ぎても、終わりは見えなかった。

「ヘンリク、どこに行く?」

ガタンと椅子から立ち上がったヘンリクを見咎(みとが)めるように、エイドリアンが聞く。

「カデナのとこだ。

安全の為に、我々から遠ざけて精鋭兵の護衛を付けていたが、顔を見たい。

無事の報告は受けていても、心配だ。」

カデナの部屋には隠し扉があって、最悪の場合は、そこからカデナ、レイゼラ、侍女を連れて逃げる手はずになっていた。

それを使わずに済んだが、目の前で交戦が始まり、ショックを受けているだろう。


「少し、休憩を入れよう。30分後に集合だ。」

エイドリアンが、これでいいだろう、とヘンリクを見る。



ヘンリク、エイドリアンが並んで王宮の回廊を歩いている。

落ち着いたとはいえ、まだ兵の死体も転がったままだ。

「何故、お前がついてくる?」

ヘンリクがジャマなようにエイドリアンに言う。

「ついて行っているのではない、目的地が同じなだけだ。

レイゼラが怖がっているだろう。」

「そんなにあの娘がいいか?」

「ああ。」

エイドリアンの言葉に驚くヘンリクである。

「・・・」


感情がないのではとまで思っていた、この男も、人当たりが良くとも誰にも心許さない弟も、あの娘がいいと言う。




カデナの部屋の前に立つ護衛は、戦闘の後のままらしく、血まみれの軍服で立っている。

「よくやってくれた。ありがとう。」

ヘンリクは、護衛に(ねぎら)いの言葉をかけ、扉を開けさせた。


カデナの部屋で、レイゼラはカデナにしがみついて泣いていた。

既に報告がきているのだろう。


「終わったよ、カデナ。」

「ヘンリク、無事でよかった。」

ヘンリクがカデナを抱きしめ、お腹は大丈夫?と確認する。



「エイドリアン様、ご無事で・・・よかった!」

レイゼラは、しがみつく相手をエイドリアンに代えて泣いている。

「お前が無事でよかった。」

レイゼラが悲しげに微笑む。

「クレドール様が・・・

クレドール様が、助けてくださったのです。」

レイゼラの涙は止まらない。

「そうか。」

エイドリアンは、レイゼラの髪を一筋取り指にからめる。



もう消す事はできない。

レイゼラの気持ちを疑うことはないが、クレドールの欠片がレイゼラの中に入り込んでしまった。

クレドールを(しの)んで泣いているのがわかる。

髪の毛1本、やりたくない、だが手遅れだ。

ほんの少しでも、レイゼラの心の中にクレドールが入り込んだ事が腹立たしい。

自分の中の独占欲に気づき、エイドリアンは苦笑いを浮かべる。

これだけは、譲る事ができない、と再認識するのだった。


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