別れの予感
アイザフ・サルダトーレ、暴徒制圧に向かったはずの第2司令官がそこにいた。
キーン、剣と剣がぶつかり合う。
オーツがアイザフの剣を受けて、ヘンリクを守っていた。
第2部隊が王太子執務室を襲撃してきたのだ。
警備兵達も同じ軍である第2部隊と応戦している。
「王太子に刃を向けるとは何事だ!
剣をひけ、サルダトーレ!」
ヘンリクが大声を出す。
「笑止!
私は陛下直々の命を受けているのだ!」
アイザフがうすら笑いで剣をかまえる。
それは父王が息子を討てと命じたということだ。
ヘレン妃の暴挙を王が止めない事から予想はしていたが、実際に言われると、息子であるヘンリクには辛いものがある。
ヘンリクは全盲を装う為に閉じていた瞳をあけた。
エイドリアンは、神の頭脳だが、武術は人並みで、我が身を守れる程度だ。
反対にマイケルは、武神と言われる程の剣豪だが、知力はいい程度である。
王太子ヘンリクは、武術も知力も極めて秀でている。クレドールもそうである。
「王太子、目が!」
アイザフは叫び、戸惑った。
「残念だったな。」
ヘンリクはそう言って剣を手に持つ。
目が見えるヘンリクは戦力になるのだ。
エイドリアンも車椅子から立ち上がり、剣を持つ。
「謀ったな!」
アイザフは、エイドリアンの姿を確認して、甘い考えを捨てたようだ。
エイドリアンが身を守れるなら、警護兵が自由に動けるのだ。
狙うはヘンリクの命。
総司令官は精鋭兵を数多く残して、暴動制圧に向かったが、第2部隊は数が多い。
軍の本隊は、王宮に向かっているはずだ、彼らが間に合えば、ヘンリクの勝ちである。
第2部隊の一部は、カデナの暗殺にも向かっていた。
カデナの扉の外では、戦闘の音が聞こえる。
「扉を死守するのだ、王太子妃を守れ!」
いくら精鋭兵でも、数でむかってくる第2部隊には、苦戦しているようだ。
外の血の匂いが部屋の中まで漂ってきている。
ガン!!
部屋の扉がこじ開けられ、第2部隊の兵が中に飛び込んで来た。
部屋の中にいた兵が、カデナ達を背にかばい応戦する。
部屋の外でも戦闘が続いており、カデナの部屋は戦場となった。
ザン!!
第2部隊の兵が後ろから斬られて、倒れこんだ。
そこに立っていたのは、クレドールだ。
「レイゼラ!!」
レイゼラが護衛の兵士の後ろから、顔を覗かせると、クレドールの顔に笑顔が浮かぶ。
「この部屋に立ち入る者は、僕が斬る。
立ち去れ!」
クレドールが、扉の所で立ち塞がるが、第2部隊兵士達は引き下がらない。
数では、圧倒的に第2部隊兵士の方が多いからだ。
だが、元々精鋭兵を集めているところに、クレドールが加勢したことで、状況は精鋭兵達の有利に大きく傾いた。
次々と第2部隊の兵士達が、斬られて倒れていく。
クレドールの服も返り血を浴びて、赤く染まっている。
レイゼラは、クレドールの服の袖が切られているのに気がついた。
そこに、傷を負っているとわかる。
「クレドール様。」
レイゼラの声が聞こえたのだろう、クレドールが嬉しそうに笑う。
だが、この部屋まで駆けて来て、たくさんの兵士と対戦しているクレドールは肩で息をしている。
レイゼラにはわからない。
クレドールと襲ってきた男達とは、仲間のはずなのだ。
それが、自分達を守って戦っている。
最後の一人であろう敵兵士が倒れた。
クレドールが振り返ってレイゼラを見る。
けして、それ以上近づこうとせず、ただレイゼラを見ている。
「クレドール様、おケガを・・・」
「大丈夫だ、大したことない。」
レイゼラが心配するのが、嬉しいのだろう。クレドールの声は弾んでいる。
「君が、無事でよかった。」
「クレドール様、助けていただき、ありがとうございます。」
はにかむようにレイゼラが、クレドールに微笑む。
クレドールは目を細めて、眩しいものを見るかのようにレイゼラを見る。
「今、死んでもいいな。」
誰にも聞かれない様に、クレドールは小さく呟き、胸に手をあてる。
クレドールは、いつものようにレイゼラに背を向け去って行く。
庭の東屋で、ダンスの練習で。
クレドールは突然現れて、背を向け去って行った。
舞踏会でも、今も、レイゼラを助けてくれる。
クレドールの去って行く背中を見つめて、レイゼラの瞳から涙がこぼれる。
「カデナ様、私・・・」
それ以上の言葉が続かず、レイゼラはカデナにすがりついて泣くしかない。
「何も言わなくていいのよ。」
カデナがレイゼラの背を優しくなでる。