策略
マイケルの率いる第一部隊は、農民達の中に突入していた。
北部地帯は寒冷地とはいえ、決して貧しい地域ではないはずなのだ。
気候に適した野菜を栽培して、干ばつなどの被害もない。
問題は、男爵領の税金である。
長年にわたる高い税金は、農民を苦しめ、不満を蓄積していた。
そこを逆手にとり、危険分子の排除と、ヘレン妃への貢献と両方をサランダー男爵は狙ったのだ。
軍本隊が来る頃には、暴動を主導したヘレン妃が集めた男達は王都に向かい、王宮を攻めている人員に加勢する手筈である。
最初から、軍本隊により、農民蜂起は鎮圧される予定で、男爵領での被害は最低限で抑えられるはずだった。
それが、第一部隊の急襲により、農民蜂起は大きなものとなる前に抑えられ、逃げるので精一杯の状況だ。
農民の中の危険分子の排除という、サランダー男爵の思惑に乗る形だが、それは仕方ない。
武器を手に持つ男達を狙って、軍が制圧していく。
訓練を積み統制された軍に、寄せ集めの部隊では、対応する術もない。
先頭に立って突破するマイケルが一番危険だが、右手も使えるようになったマイケルには、敵になる程の者はいない。
その頃、王都の軍本隊は、総司令官が率いてサランダー領に向け出発していた。王都を出たら途中で引き返し、王宮警備に戻る予定である。
軍が出発するのは、ヘレン妃側に思惑通りに進んでいると思わせる為だ。
第二司令官には、引き返すことを指令せず、サランダー男爵領での蜂起制圧だけを指令してある。
王宮の中で、王太子執務室は、たくさんの男達が出入りし、騒々しい場所となっていた。
クレドールがいる王の執務室もそうであろう。
反対に、カデナとレイゼラがいる王太子宮は、静かなものだった。
ものものしい警戒体制をしかれているが、レイゼラの緊迫感も使命感もほぐれていた。
私が王太子妃とお腹の御子を守る!と意気込んで来たのに、平和なのだ。
もちろん、王太子達が平穏に過ごせるようにしているのだが。
「それで、葡萄の実がなったら、収穫が始まるのですが、もう忙しいなんて言葉で言い表せないぐらい大変。」
何故か、レイゼラがワイン作りをカデナと侍女達に話している。
カデナ自身も、不安がなくなったのだろう。表情が穏やかになってきた。
まるで、いつものお茶会のような雰囲気だ。
「妊婦も大事にしてばかりいては、ダメなのです。
多少の運動も必要です。」
産んだことのないレイゼラが、講釈をしている。ワイン作りで領民達と接するレイゼラは、豆知識が豊富である。
夜が更けて来ると、それはお泊まり会の様相になっていく。
「今夜は、レイゼラも一緒に寝るのよ。」
カデナが当然のように言う。
「とんでもない、私は寝ずの番をします。」
早寝のレイゼラは無理な事を言う。
「女同士、お話をして過ごしましょう。
手を繋いで寝るのが、王都の女の子の常識よ。」
カデナは、レイゼラが知らない事をいいことに、ベッドに引き込もうとする。
赤くなりながら、レイゼラが白状する。
「寝相が、とても悪くって・・・・
お腹を蹴っては大変なのです。
朝、エイドリアン様の顔に足を乗せていたこともありました。」
レイゼラは自覚なしに、エイドリアンと寝ていると言っているのだ。
「まぁ、それで?」
「お前は、一晩に何回転するんだと、ネチネチ言われ。」
あの男はわかっていて、レイゼラの寝相を愛でているんだわ、とカデナは察する。
「それで?」
カデナの言葉に、可哀そうなぐらいレイゼラが赤くなっている。
「お仕置きされたのね?」
赤く固まったレイゼラは、返事しているのと同じである。
「大丈夫よ、私はお仕置きなんてしませんから。」
問題はそこではないが、カデナにとってどうでもいいことだ。
結局、ベッドに引きずり込まれ、カデナに鼻や頬をつつかれて起きるという事を繰り返し、無事に朝を迎えた。
「レイゼラが転がってくる顔は、可愛かったわよ。
起こすのが可哀そうで。」
そういうカデナは満足気である。
しかも、今日のレイゼラのドレスはピンクの花柄ね、と選んでいる。
レイゼラが目指す立派な公爵夫人とは違う気がするが、王太子妃に粗相をしないで安心したレイゼラである。
完全にカデナの策略にはまって、今夜も一緒に寝ると約束させられていた。
それは、突然だった、軍本隊が出発して1日が経とうかという頃である。
王宮に響きわたる爆音に、誰もが緊張を高める。
王太子妃室を守る警護達が、絶対に外に出ないようにとカデナ達に言って、剣に手をかけて立つ。