カデナ
総司令官室に、王太子、宰相、総司令官、エイドリアンが集まっていた。
北部の暴動の規模など、情報が確認されていた。
ヘレン妃が集めた人員が、農民達を誘導し、暴徒化しているのは間違いない。
「軍を誘き寄せた後、手薄になった王都で蜂起だろう。」
宰相が言う。
「かねてから、王都の情報も探ってますが、それらしい集団は見当たりません。」
総司令官が、巡回などで軍が偵察していた様子を伝えた。
「ベッシーニ伯爵領だろう。」
机に広げられた地図のベッシーニ伯爵領を、指しながらエイドリアンが、王都に近いと言う。
だからこそ、賭博場として繁栄しているのだ。
地図には、暴動の起こっているサランダー男爵領に大きな印がついている。
その横に、エイドリアンはバツ印を書き込んだ。
「ここにストラトフォード第一司令官がいます。」
「北西演習地から、かなりあるな。移動したのか、どういう事だ?」
総司令官には、無断で移動しているということである。
「マイケルの移動に合わせて、サランダー男爵領に忍び込ませた手の者に、暴動の火種となるように指示してありました。」
「なるほど、暴動が起こったという事は、既にストラトフォードが来ているからだ、ということだな。」
「はい。」
「サランダー領では、いつ暴動が起こってもおかしくない状態でした。ならば、ヘレン妃が様子をみているなら、こちらの都合のいいタイミングでと、考えたのです。」
「それでも、軍は制圧に行かねばなるまい。」
うむ、と総司令官が納得しながらも、言葉に出す。
エイドリアンが地図の上に置いたのは借用書だ。
「ベッシーニ伯爵領の賭博で負った借金のようです。」
そこにかかれた名前を見て、総司令官が借用書を握りしめた。
「第二司令官、アイザフ・サルダトーレ。」
「彼を外した軍体制を考慮していただきたい。」
「かしこまりました、殿下。」
「それと、総司令官としても、義父上としても、話しておかねばならない事がある。
カデナが妊娠した。」
「おめでとうございます。」
その場にいた皆が、祝いを述べるがヘンリクの表情は暗い。
「世継ぎは嬉しいが、時期が悪い。」
「レイゼラを側にいかせましょう。」
エイドリアンの言う事が、カデナの為には最善であるが、公爵邸に比べ、王宮は危険が格段に高い。
エイドリアンを見たヘンリクの言いたい事は一つだ、いいのか?
「あの娘が知ったなら、自分から行くと言うでしょう。」
エイドリアンを援護したのは、宰相だ。
父親の言葉を聞くと、エイドリアンはフレディを呼び、レイゼラを連れて来るように指示した。
それは、自身をもってしても、世継ぎを守れ、ということだ。
レイゼラに武道の心得などなく、守りの役にはたたない。
だが、妊婦である、カデナの精神の安定には一番かもしれない。
夜明けを待ってレイゼラは登城し、すぐにカデナの部屋に向かった。
扉の前には、警備が増やされ、厳重体制になっている。
訪ねて来たレイゼラを見て、カデナは驚いたが、全てを察したようだ。
「まだ、朝早くてよ。」
「お祝いを誰よりも先に言いたかったものですから。」
カデナもレイゼラも危険が迫っている事はわかっているが、口にしたりはしない。
「おめでとうございます。」
「ありがとう。」
カデナもレイゼラも早朝というのに、身支度も化粧も完璧である。
たとえどんなことになろうと見苦しい姿はいけません、とレイゼラはパーミラに送りだされた。
カデナも同じ気持ちなのだろう、王太子妃という誇りがあるのだ。
「サンドイッチを作ってきました。お茶を淹れましょう。」
そう言ってレイゼラは、カデナの部屋を見渡したが、侍女の姿がない。
たとえ深夜であっても、王太子妃付きの侍女がつめているはずだ。
「先程、全員に実家へ帰るように言いました。
でも、イゼラとアビゲールが残ると言い張って、あちらの部屋で準備をしているわ。」
「勇者が二人もいて、素晴らしいです。カデナ様。」
「貴女もね。」
そう言って、カデナがレイゼラを見る。
「殿下はこちらには来られません。状況は刻々と変わっていくでしょう。」
カデナは、自分達でお腹の子を守るのだ、と言っている。
もちろん、何もない可能性もある。
北部の暴徒が制圧されて、それだけで鎮静化するかもしれない。
「最悪の事態を想定して、準備するのです。
もしもの時は、皆を盾にしてでも生き延びます。」
カデナの瞳はレイゼラを捉える。
「もちろんです。
どんな事があっても、お守りする為にきたのです。」
レイゼラが頷くと、カデナが微笑む。
「その時がこないことを祈るわ。」
王宮を捨て逃げることはできない。
王太子妃としての矜持がカデナを支える。