終わりの鼓動
はい、と渡されたハンカチにエイドリアンは目を見開く。
「これを、私に持てと?」
もう慣れた、これは、ありがとう、という意味だとレイゼラは笑う。
「1番上手に出来ました。」
フフフ、とレイゼラが言う。
「2番があるのか?」
「2番はね、いっぱいあるの。1番以外は順番つけられないから。」
「そうか。」
そう言って、エイドリアンは胸の隠しにハンカチを入れた。
1番はエイドリアンだが、1番時間をかけたのは、カデナのハンカチである。イニシャルの周りに色とりどりの花を刺繍したからである。
レイゼラは、エイドリアンの車椅子を押しながら王宮に向かう。
このところ、王太子執務室に行っても、直ぐにカデナと二人、お茶に向かう。
男性達は、カデナとレイゼラを話に入れたくないらしい。
それが、優しさゆえとわかっている。
いつもの、東屋で、お茶にする。
カデナとレイゼラの二人だが、周りには護衛もついており、目立っている。
レイゼラは、早速カデナにハンカチを渡した。
貴族女性に刺繍は趣味だが、時間をあり余らせている女性の中には、プロ顔負けの腕前の者も多い。
「お恥ずかしいですが、田舎の花を刺繍しました。」
「嬉しいわ。今度は私がプレゼントしますわ、期待してね。」
「そんな、カデナ様に作っていただけるなんて、おそれ多いです。」
レイゼラとカデナは、主従関係にあるが、同志でもある。
カサッと草を踏む足音に振り向くと、
「僕が頼んだのに、忘れたの?」
クレドールが、また供も連れずに現れた。
「殿下のも、もちろんあります。」
そう言って、レイゼラはハンカチを取り出した。
それは、クレドールの瞳と同じ深い青い糸で刺繍されていた。
「イニシャルが目立ち過ぎるかな、とは思ったのですが、殿下の瞳の色は綺麗なので。」
ニッコリ笑って言うレイゼラは、青い鳥が綺麗です、というぐらいに簡単に言う。そこには、媚びもお世辞もない。
言われたクレドールの方が、顔を赤くしている。
片手で、顔を隠してクレドールが呟く。
「君は・・・」
クレドールはレイゼラから、ハンカチを受け取ると胸の隠しに入れる。
エイドリアンと同じである。
思わずこぼれでたレイゼラの笑顔に、クレドールの目は釘付けになる。
今のクレドールには、レイゼラを抱きしめることは出来ない。
せつない・・・という気持ちを知る。
「ありがとう。」
そう言って、クレドールは背を向けた。
クレドールの姿が花畑の先に消え去ると、カデナが尋ねてきた。
「私のハンカチはクレドール殿下のおまけかしら?」
「申し訳ありません、エイドリアン様のおまけです。」
シュンとしてレイゼラが答えると、さすがにカデナも笑いだした。
「あの男のどこがいいか、わかりませんわ。」
「そうなんです、私もどこが、と聞かれたら説明できません。」
すごくわかりにくいですが、優しいのです、とレイゼラは思う。
「クレドール殿下の方がいい、と思わないの?」
エリスの事があるので、カデナも気になるのだろう。
「エイドリアン様一人で手いっぱいです。」
「たしかに、それは言えるわね。」
深夜に、扉を叩く音に飛び起きた。
それは、デーゲンハルト公爵邸に響き渡った。
「北部地方で、領民による暴動発生!」
エイドリアンはベッドから飛び降りたが、まだ左足に力が足りないらしく、バランスを崩した。
なんとか体勢を取り戻し、不安そうにしているレイゼラに振り返った。
レイゼラを引き寄せると抱きしめ、優しくないキスをする。
「私を忘れるな。」
レイゼラの返事も待たずに、エイドリアンは背を向け寝室を出ていった。
既に馬車が用意されていたらしく、フレディを従え、公爵と共に乗り込んだ。
とうとう、嵐がやってきた。
この先は、誰にもわからない。
お互いが相手の先を読み手を打っている。それはどちらが先手なのかは、今はわからない。