サファイアの瞳
クレドールは、報告を聞いて思わず舌打ちをした。
いつも穏やかなクレドールにしては珍しく、焦っていた。
ジイラは、王宮に着いた時には異臭を放ち始めていた。
毒として使うには、無理があるので、わざと見つかりやすい所に置いた。
王太子が毒を運び込んだと、見つけるはずだったのに、いつの間にか引き取られていた。
食糧貯蔵庫の調理人達を問い詰めると、王妃の使いが引き取ったと言う。
こんなに早くに見つかる予定ではなかった、しかも王妃の使いと騙っている。
兄に毒がバレた。
これでは、作戦を練り直さなければならない。
もう一月もない。
クレドールは自分の考えに、笑いだした。
「殿下、どうされました?」
報告をした侍従が、怪訝そうに尋ねる。
「何でもない。」
そう言うクレドールは、普段の表情にもどっていた。
もう一月もない、などと何を焦っている。
蜂起は、いつでも出来る準備が整っている、後はタイミングだ、焦ってはいけない。
レイゼラの結婚式を気にしすぎだ。
結婚式をあげても、エイドリアンの身体では、どうすることも出来まい。
今頃、ハンカチを刺繍しているかもしれない。
持って来たら、そのまま閉じ込めようか。
クレドールは立ち上がり、ストラトフォード第一司令官の動向を探るべく、指令を出す。
遠征訓練に行っている、となっているが、どこまでが本当か。
遠征は北西部地方、昔からの訓練場がある。
北部で蜂起したとして、間に合う距離ではないが、油断は出来ない。
兄は軍を掌握しているつもりだろうが、第二司令官はこちらの陣営だと予想もしてないだろう。
人は脆い。
金で、権力で、女で、簡単に裏切る。
レイゼラ、君はどうだろう?
兄達を裏切って欲しい、だが、裏切らないで欲しいとも思う。
「矛盾しているな。」
思わず、クレドールの口から言葉が漏れでた。
宰相や総司令官が国を動かしているとはいえ、王の権力が無くなったわけではない。
クレドールは、その王の権力を全権復活して、手に入れるつもりだ。
「殿下、グランデアル国の使者が来てます。」
「わかった、直ぐに行く。」
クレドールは立ち上がると、見ていた書類を閉じて机の引き出しにしまった。
クレドールは王妃の部屋に行くと、ヘレン妃と侍女達が宝石を見ていた。
グランデアル国の使者は、宝石商に扮して王宮に参じていた。
実際に、サファイアが産出される国でもある。
「綺麗ですね、僕にも見せてもらえますか?」
クレドールは、そう言って商人に近づいた。
「僕の瞳の色があるかな?」
クレドールの瞳は群青に近い、深い青だ。
王妃の誕生会で、淡い色を着けたレイゼラも良かったが、自分の色を着けさせたい。
大きな石ではないが、深い青色のサファイアのルースを見つけた。
手に取ってみると、自分の瞳と同じにみえる。
「これで、ネックレスを作り、同じ色の石を探してイヤリングにして欲しい。
デーゲンハルト公爵家のレイゼラ・エッデルブルグ子爵令嬢に届けてくれるか。」
「あら、貴方がプレゼントなんて珍しいこと。」
ヘレン妃は黙っていられなかったのだろう。
「この間のお嬢さんね。そんなに気に入ったの?」
「ええ、とても。」
そう言うと、クレドールは宝石商とデザインの打ち合わせの為に、別室に入って行った。
「先日、お届けした物は気に入られましたか?」
商人がデザイン帳を出しながら、クレドールに尋ねる。
「いや、途中で使い物にならなくなった。しかも逃げたな。」
「それは、おしい事を。」
そう言って商人が差し出したのは、グランデアル王からの親書だ。
クレドールは親書を読むと、使者の目の前で火を付け、暖炉の炭の中に放り入れた。
「ずいぶん、急いでおられるようだが?」
「我が国も、諸事情がありまして。」
「わかった。」
やはり、レイゼラの結婚式までに決着をつけようと思いながら、クレドールは返事する。
わずかの間でも、他の男の夫人になるのは許せないな、とクレドールは思う。
自分が望むものは、いつも既に他人のものだ。奪い取るしかない。
王女の母をもち、先に生まれたのが王太子だ。同じ父の子供なのに、自分は劣っていると言われ続けた。
同じ赤い血が流れている、どこが劣っているのだ?
自分の母親が良い人間でない事は知っている、だから劣っているというのか?
クレドールの爽やかな笑顔の下には、様々な思いが渦巻いている。
「殿下、こちらのデザインですと、彫金に2ヶ月以上かかります。」
「それでもいいよ。」
使者は、デーゲンハルト公爵家は無くなっているのでは、と聞いているのがわかる。
「王宮か、公爵家か、どちらかに届けておくれ。
彼女は、僕が守るから。」
たとえ、争乱になったとしても、彼女だけは僕が守る。
彼女がいる場所が勝者だ。
初めて、生き残りたいと思う。
レイゼラの横で生きていきたい。
もし、5年前にレイゼラを見つけたのが、エイドリアンでなく、クレドールであったら・・・
ヘンリクと協力して、ヘレン妃を排除するという穏やかな道もあったのかもしれない、と思ってしまうのです。