レイゼラの価値
ヘレン妃は、男爵家の出身である。
国に貢献するとか、他国との橋渡しをするとか、財政支援するとか、貴族間の調整をするとかの後ろ楯はない。
ヘンリクという優秀な王太子がいる以上、クレドール殿下を生んだということも、特に必要だった訳ではない。
反対に浪費、男性関係とトラブルが絶えない。
これで、王の心の平安になっているのか、とさえ思う。
クレドール殿下はご自身の存在をどう思っているのだろう?
あの聡明な殿下が、母親の害がわからないはずない。
自分は?とレイゼラは振り返る。
自分も後ろ楯はないに等しい。ワインを作る子爵家というだけだ。
せめて、愛情だけは偽らずに寄り添っていこう。
婚約解消されて、絶望の中にいた自分を望んでくれたのだ。
これが全て。
会いたい。
エイドリアンに会いたい。きっと何甘えてるんだ、って言われそうだとレイゼラは思う。
「レイゼラ?」
「お義母様がお姑さんでよかった。」
嬉しそうに笑うレイゼラは、未来の公爵夫人としては失格だが、現在の公爵夫人には合格点をもらった。
「親の私から見ても、息子は恐いでしょ?」
どこがいいの?と聞いているらしい。
「はい、恐いです。
嘘なんてついたら全部ばれます。
賢いって、凄いですね!」
賢いという程度ではないうえに、性格に難ありだ。
「でも、最近は顔や身体にお肉がついて、ガリガリでなくなったらカッコイイです。」
きゃー、と頬をおさえてレイゼラが興奮している。
それでも前の婚約者のシュレンヌは、エイドリアンを毛嫌いしていたわ、とパーミラは思い出す。
「お義母様、エイドリアン様をハンサムに産んでくれて、ありがとうございます。」
息子はよくぞ、この娘を見つけた。
それだけは、誉めてあげたい、パーミラが微笑む。
「お義母様、明日はカデナ様とお茶会なの。ドレスはどれがいいですか?」
「一緒に選びましょう。」
この娘には家の格式がない。
「その前に、結婚後のドレスの生地を見に行きましょう。」
「お義母様、先日も作っていただきました。
それより、一緒にケーキを作ってお茶にしましょうよ。
お義母様と一緒に作りたいです。
お義父様とエイドリアン様の分も。」
実家の格式はないが、レイゼラはすでにデーゲンハルト家の嫁であり、娘だとパーミラは確信する。
「貴女が、私の為に作ったケーキだからな、他の物とは違う。
初めてにしては上手に作れているではないか。」
夜遅く、帰ってきたデーゲンハルト公爵は、パーミラ夫人が作ったケーキを食べていた。
「甘い物は得意ではないが、これはさほど甘くなく、美味いな。」
「公爵が、甘い物がお好きでないと存じてますから。」
パーミラの言葉に、公爵も顔には出さないが、そうか、と頷いている。
「手をどうしたのだ?赤くなっているところがある。」
公爵が、パーミラの手の甲を見ながら言う。
「まだケーキ型が熱いのに、触ってしまって、大した事ありません。
レイゼラったら大騒ぎして大変でしたの。」
「なんだって!!」
公爵は、レイゼラ以上に大騒ぎだ。
こんな人だったんだ、とパーミラが微笑む。
今まで知らなかった。
レイゼラは寝室でエイドリアンを待っていた。
甘さを抑えて上手に出来た、と自分でも自信がある。
「この甘そうなのを私に食べろと?」
片眉をあげ、嬉しそうでもなく、嫌そうでもなくエイドリアンが言う。
「父上も母上の手作りとあらば、食べているのだろう。」
ほら、とエイドリアンがソファーに座る。
ケーキはレイゼラが、エイドリアンに差し出した形で持っている。
ソファーにもたれて、エイドリアンがレイゼラを見てる。
はっきり言って、何を望んでいるか、わからない!
とレイゼラは思うが、あれ、エイドリアン様、食べないと言わなかった、と気付いた。
食べたいんだ。
食べたいって、言えないんだ。
もしかして、食べさせろ、ってこと?
真っ赤になったレイゼラが、カチンと固まる。
カクカクの動きになったレイゼラがお皿の上のケーキを、一口分フォークで切り取りエイドリアンの前に差し出すと、パクとエイドリアンが食べる。
「ふむ、食べれるな。」
美味しいってこと?
エイドリアン様、普通に言ってください、そう思いながらレイゼラは手元のケーキを見る。
残りも食べさすのよね・・・
戸惑うレイゼラを見て、エイドリアンが満足そうに口の端を持ち上げた。