想いを伝える方法
ゴトン、部屋の扉が閉まる音で、レイゼラは飛び起きた。
「エイドリアン様。」
ベッドから降りてレイゼラが駆け寄る。
「寝ていたのではなかったのか?」
「待っていたかったのです。
でも、お布団の温かさで負けそうでした。」
今朝、待っていてほしそうだったエイドリアン様が少し可愛かったのです、とは口に出さない。
「そうか。」
口の端を少しもちあげるエイドリアンを観察して、正解だったと確信するレイゼラ。
ジイラの処理は極秘であり、慎重を要するものだった。
貯蔵庫から、ジイラが無くなった事は、すぐにヘレン妃の知るところだろうが、王太子や宰相が引きとった事を知られる訳にはいかなかった。
それこそ、ヘレン妃の狙いの一つだろうからだ。
宰相の部下達は、貯蔵庫の管理人や調理師達には、ヘレン妃の使いと名乗って引きとっていた。
結局、ヨーデルが研究として持ち帰り、廃棄処分とすることになった。
すでに、王はヘンリクにもクレドールにも駒でしかなかった。
エイドリアンは、レイゼラが来てから、父とも会話が増え、家族揃っての朝食もしている。
親子のあり方、それがこんなに違う、と思ってしまう。
我が国はどうなってしまうのだ。
クレドールは優秀だが、王位に就いたとしても、ヘレン妃を遠ざけれないだろう。
自分達がヘンリクを守り、支えていかねばならない。
その為には、必ず生き残るのだ。
王家の争いで弱った国を再生させる。
そして、腕の中にある、この温かい存在と暮していくのだ。
レイゼラは立ち居振る舞いなど変わってきたが、この部屋では、変わらず素のままだ。
彼女に嫌われるのが恐かった私は、5年も見ているだけだった。
「エイドリアン様?」
「着替えて来る、先にベッドに入ってなさい。」
杖をついて、寝室を出ていくエイドリアンが、着替えるより先に寝室を見に来たのだとわかる。
レイゼラはベッドにもどると、にやける顔が止まらない。
「しあわせ。」
うふふ、うふふ、と頬を両手で押さえても笑顔がこぼれてしまう。
「待っていて、ヨカッタ。」
エイドリアンの枕を抱きしめる。
「何しているんだ?」
!!
見られていた?レイゼラの顔が真っ赤になる。
エイドリアンは、レイゼラが抱きしめているのが自分の枕だと気付いた。
「そんなに私が好きか?」
返事のかわりに、レイゼラの首から上がさらに赤くなる。
うろたえているぞ、ああ、可愛い、今夜はどうやっていじめようか、エイドリアンの心の声が聞こえるようだ。
幸せな夜が過ぎて、結婚式に近づいていく。
その日のレイゼラはパーミラに連れられて、観劇に行く予定だった。
ヘレン妃の誕生会で、エイドリアンの婚約者としてではなく、クレドール王子と仲の良い令嬢と有名になってしまったレイゼラ。
パーミラはその噂を払拭すべく、レイゼラを連れ回し始めたのだ。
馬車の進みが悪く、劇場に着くのに時間がかかってしまった。
桟敷席から、見る歌劇にレイゼラは興味津々である。
裕福な時代に桟敷席は経験しているが、王都の豪華な劇場ではない。
騒がしい桟敷席があることに気がついた。
「騒がしいと思ったら、あの方だったのね。
それで、馬車道も進まなかったのが納得しましたわ。」
パーミラが手に持つ扇子を閉じる。
その桟敷席にはヘレン妃がいた。
どうやら男性連れのようだが、王でないとわかる。
「お義母様。」
「次々変えるので、噂にもなりませんのよ。」
もちろん、挨拶などに行きません、とパーミラが言う。
母はヘレン妃の出席する夜会には行かない、とエイドリアンが言っていたことを思い出す。
息子に毒を盛られて当然だろう、とは思っていたが、それ以前からだろうと推測する。
王が、この事を知らないとは思えない。
可愛らしい表情で男性に、何か言っているようだ。
たくさんの男性に囲まれて幸せを感じる人なんだろう、レイゼラには理解できないが。
そして欲しい物を手に入れる為に、手段を選ばない。
そんな風には見えない容姿を、あの人は利用しているんだ。
怖い、とレイゼラは身震いした。
ヘレン妃、彼女自身が王国に巣食う毒に思えてしかたなかった。