レイゼラの報告
「これって、絵本じゃないですか!
私で、遊んでますね!?」
レイゼラはベッドの上で、エイドリアンに詰め寄っていた。
エイドリアンが、レイゼラに持ってきた外国語勉強用の本とは絵本だったのだ。
「では、タンザール語はできるのか?」
「やる気は、あります!」
レイゼラがゴニョゴニョ付け足す。
「勉強は嫌いではありません、得意でないだけです。」
ふーん、エイドリアンがレイゼラを見る。
「昨日は先に寝たな?」
待っていて欲しかったって事かな?レイゼラは首を傾げてエイドリアンを見る。
「護衛から報告を受けた。前の婚約者がいたそうだな。」
どうやら、レイゼラの口から聞きたいらしい、とわかる。
1ケ月一緒にいると、なんとなくわかってくるものだ。
「それです。昨日は大変でした。」
護衛の報告とは違い、主観たっぷりに話すレイゼラ。
「もうね、僕に会いに来たのか、って言われて鳥肌が立ちそうでした。
どこの、ストーカーだ?
あ、すみません、エイドリアン様の事ではありませんよ。」
こそこそと、レイゼラはエイドリアンの腕の中に潜り込む。
「わかっている。それで?」
「そこは、私が淑女らしい応対でギャフンとする予定だったのですが、クレドール殿下が助けてくれました。
他人事ながら、王家が出てきちゃ大変だなぁ、って。」
レイゼラには元婚約者は他人になっていると、エイドリアンが納得する。
「最初にエイドリアン様にハンカチを作ってから、クレドール殿下とカデナ様のを作ります。
手仕事は得意なんです。」
ふふん、とレイゼラが言う。
「もう、前の婚約者の事はいいのか?」
「いろいろあって、どうでもよくなりました。」
怒涛の1ケ月ですよ、辛い事は忘れちゃいました。
「そうか。」
エイドリアンは、嬉しい事も、辛い事も、悲しい事も決して忘れる事が出来なのだ。
「これから、いろいろな所に一緒に行きたいです。
次から次へと思い出を作っていきましょう。」
昔を思い出すヒマもないぐらいに、忙しい毎日になりますよ。
「まずは、タンザール語だな。」
ニヤリと笑って、エイドリアンが絵本をレイゼラに渡す。
「元王女の母上は、タンザール語も含め、4カ国語話すぞ。」
「エイドリアン様は?」
「聞きたいか?」
反対に聞き返され、思わず首を横に振る。
きっと、勉強が増えるような事になると、直感した。
「タンザールは、ガラス工芸が盛んだ。」
エイドリアンの言葉に、レイゼラが身を乗りだす。
「そうだ、ワインの瓶も作っているぞ。
交渉するには、言葉が必要だろう?」
「エイドリアン様、大好き!」
力いっぱいの笑顔で、レイゼラがエイドリアンにのしかかる。
エッデルブルグのワインの出荷が増えていることを、エイドリアンは伏せている。
レイゼラには他に勉強がたくさんある事も理由の一つだが、レイゼラを見ているのが楽しいからでもある。
5年間、報告書で見て来た。
今は、実物を見ていれる。
報告書で、想像してきたレイゼラより、本人のほうが想定外な事をする。
「それにしても、クレドール殿下は、少しやり過ぎですね。
見せるだけで、貸し出したつもりはないのですがね。」
エイドリアンは腕の中のレイゼラの髪をなでながら、呟く。レイゼラが気づけば、恐いです、と言いそうな笑顔を浮かべながら。
「そういえば、クレドール殿下に馬車寄せまで送っていただいた時に、変な人を見かけました。
荷馬車から何か降ろしてました。
舞踏会の夜に無粋な事と気になって。」
「どんな人だったか、わかるか?」
「いいえ、暗闇だったのでよく見えなかったのです。
ただ、冷んやりしたの。」
冷んやりした・・・氷かもしれない。エイドリアンは、ベッドから飛び起きた。
「直ぐに登城する。
レイゼラ、仕度をしてくれ。」
ジイラの毒は、氷で包んで厳重に運んでも2~3日しか持たない。
この時期、大きな氷で包まないと、すぐに溶けてしまう。周りの空気を冷やす程の大きな氷。
「フレディ!」
エイドリアンが侍従を呼ぶ。
駆けつけて来たフレディに、エイドリアンは耳元で指示を伝えた。
レイゼラには聞かれたくないらしい。
「直ぐに、ヘンリクのところに行け。
私は父上に報告してから行く。」
「はっ。」
エイドリアンは、食堂で公爵に会うと、二人で執務室に籠った。
「お義母様、どうしましょう?
お二人で執務室に向かわれましたけど、朝食がまだですわ。」
「そうね。」
「サンドウィッチのような物を用意してもいいでしょうか?」
「あら、レイゼラが作るの?」
「はい、田舎では普通に作ってました。特にここ最近は、使用人を減らしてましたから。」
まぁ、とパーミラは感嘆すると、一緒に作るから教えて、と言い始めた。
公爵家では、公爵の執務室で、エイドリアンと公爵が重い空気で緊急の話合いをしていたが、食堂では、パーミラとレイゼラが楽しそうにサンドウィッチを作っていた。