毒の経路
カデナとレイゼラが舞踏会に行っている間、ヘンリクとエイドリアンは報告を受けていた。
ヘレン妃の舞踏会に参加している他国人の素性を調べさせていたのだ。
「簡単には尻尾はださないな。」
怪しいと目星を付けていた人物の出席があるが、確証はない。
この舞踏会は表立って王宮に出入りする為の布石なのだろう。
ジイラは深海に住む魚の名前だ、それが毒の名前になった。
無味無臭、銀にも反応しない猛毒である。
たまにタンザール王国で捕獲される程度で、珍しい毒であるが希少という程でもない。だが、管理が難しい。
ジイラの内臓から採取するが、腐りやすい。
半日程で異臭を放ちだす。
扱い難い毒だが、速効性で致死率の高いことが有名なのだ。
エイドリアン達3人が生き延びた事が奇跡なのである。
事件の直後、更迭された人々の内、エリスの持ち物から腐臭が漂い始め、毒の発見になったのだ。
エリス一人では、毒を手に入れ、さらに傷まさないように管理することは不可能だが、全てがエリスの罪として処刑された。
毒の入手先である、タンザール王国側とも内密に連絡をとり、調査しているヘンリク達だが、簡単なことではない。
タンザールの情報から、クレドールが手を結んでいるのは、タンザールの隣国グランデアル王国と思われている。
グランデアル王は好戦的で、領土は広がったが、国民は度重なる戦争で疲弊しているといわれている。
グランデアル王国にとって、タンザール王国の国境の警備は厳重であるため、攻め込めない状態だ。
「オーツ。」
ヘンリクが呼ぶのは、マイケルの弟のオーツ。
「これを、タンザール王とグランデアルのシュテフ王太子に届けてくれ。」
差し出したのは、其々宛の書簡。
グランデアルの王太子は、ヘンリクが連絡を取り合うようになった一人だ。
事件後、ヘンリクは情報収集を含め、いくつかの国に連絡者を作った。
シュテフ王太子は、父王から王位を簒奪し、戦争の為の重税、徴兵を緩めようと考えていた。
北部が緊迫している今、一刻の猶予もない。
マイケルが待機しているが、蜂起は時間の問題だろう。
「仕掛ける時期だろう。」
ニヤリと口の端を持ち上げて、エイドリアンがヘンリクに言う。
「誘導するか。」
「そうだな。蜂起を起こさせよう。マイケルが制圧するのはそれからだ。」
ヘンリクも頷いて答える。
「同時にグランデアルに、お前が討たれたと情報をだそう。」
エイドリアンが、グランデアル王をおびき出す為にタイミングが重要だな、と笑う。
「手薄になるのは、グランデアルの方だ。シュテフ王太子が動くだろう。」
ヘンリクがグラスに水を注ぎながら言う。
ヘンリクからグラスを受け取ったエイドリアンが、一口つける。
「手薄になるのは、我が国王室もだ。その時が、ヘンリク、お前が王を獲る時だ。」
「わかっている。」
そう言ってヘンリクは目を閉じる。
「結局、毒の経路はうやむやのままか・・」
ヘンリクが悔しそうに言うと、エイドリアンが答えた。
「それは、許せないな。
我々に毒を盛った事を、後悔させねばな。」
「もちろんだ。」
ヘンリクが笑う。
エイドリアンが事務官に書類を持って来させた。
「これがタンザールにある、ジイラが捕獲された届け出の写しです。」
事務官が説明を始める。
ジイラは猛毒であり、捕獲数も年に数匹程度である為、届け出ることが決められている。
大抵は、毒を持つ内臓は捨てられ、身が食用とされる。
「2年前の当時、ジイラを買い取った者の追跡調査をさせたのです。」
大変でしたよ、と事務官がエイドリアンに返事をしている。
「結果を言うと、ベッシーニ伯爵領に運び込まれています。
しかも内臓を捨てずに、1匹まるごと氷に包まれて運ばれていた。
もちろん、たくさんのダミーの名前を使ってですが、途中氷を追加するという運送方法が目立ったので、追跡ができました。」
ヘンリクは椅子に深く腰掛け、グラスの水を飲みながら、説明を聞いていた。
「そうか。
ベッシーニ伯爵は、マイケルにやろう。」
「借用書に名のあった、貴族院議員ミゼラテ伯爵。ヘレン妃の養子先、オルハンド侯爵も協力者だな。」
それもマイケルがやるだろう、とヘンリクが言わなくとも、執務室にいる全員にはわかった。
「ヘンリク、目はどうだ?」
「あのキノコはすごいな。
元通りとはいかないが、かなり視力は回復した。
普通に生活するなら支障がない程度になっている。」
「では、剣の稽古をしておけ。視力が回復しているのがばれないようにしろよ。」
「そっくり言葉を返すよ。」
ヘンリクがエイドリアンに言う。
「もう元には戻れない、行くしかない。」
ヘンリクの言葉にエイドリアンも、オーツも事務官達も頷く。
レイゼラがクレドールに苦慮している間も、ヘンリクとエイドリアンは、報復準備をしています。
レイゼラ以外は、陰謀とか策略とかが似合いそうな人物ばかり。