舞踏会の夜
「僕の妖精を侮辱しているのは、君か?」
レイゼラがセルディに反論するより早く、後ろから声がかかった。
現れたのは第2王子クレドール。
シフォンヌは直ぐにわかったのだろう、顔を青くしている。
反対に、セルディはわからないらしく、誰だ、という顔をしている。着ている服で、高位であると察することも出来るはずなのに。
セルディもシフォンヌも、王家に拝謁する機会もまだないだろう。だが、シフォンヌは独身の王子ということで知っているようだ。
カデナは様子見に徹したようで、静観している。
表情には出していないが、面白がっているのが、レイゼラにはわかる。
「殿下。」
レイゼラの言葉で、セルディもやっと気がついたようで、礼をとる。
「僕の妖精が、どうしたのかな?」
殿下、僕の妖精って2度も言って、恥ずかしくないんですか?
レイゼラの心の声は外に出せない。
「いえ。」
セルディも相手が王子だとわかると、それまでの大きな態度が急に萎んでいく。
「君達は、母の誕生会を壊しに来たようだね。
可哀想に、レイゼラも怖かったろう?」
クレドールの言葉に、レイゼラは首を少し横に振って微笑む。
「大丈夫ですわ、力強い味方がいますから。」
レイゼラは、胸のアメトリンの事を言ったのだが、聞いている者は、違う意味にとったようだ。
「僕が助ける、と思ってくれてたのだね。」
ここで、違います、と言う勇気はレイゼラにはない、やんわりと微笑む。
「1曲踊っていただけますか?」
クレドールがレイゼラの手をとり、指先に唇を落とした。
周りから、悲鳴のような声があがる。
やり過ぎです、殿下、とは言えない。
嫌な顔になりそうなのを抑える為に、そっと少し俯いて瞳を閉じると、恥ずかしがっているようにも見える。
クレドールに手をとられ、ホール中央に向かう前に、レイゼラはセルディに視線を落とした。
驚き過ぎて、何も言えないのだろう、呆然とレイゼラを見ている。
さよなら、私の初恋の人。
シフォンヌに夢中になったセルディが、レイゼラをどうでもよくなった気持ちが、今のレイゼラにはわかる。興味がなくなった、この一言につきる。
それにしても、僕に会いにきた、はないでしょう。
偶然会ったのに、その発想とは驚くばかりだ。どれ程自惚れているのだろう。
少し笑うと気持ちが落ち着いてきた。
伏せた瞼を開けて、レイゼラはパーミラの教えを思い出しながら、全神経をつま先に持っていったかのように、最初の1歩を歩んだ。
流れるドレープはドレスの光沢をひきだし、胸元で輝く大きめのアメトリン。
淡い色合いのドレスとアクセサリー、優しい雰囲気に包まれたレイゼラは微笑みを絶やさない。
「あんなに綺麗だったんだ。」
セルディが小さく呟いた言葉は、誰にも届かない。
クレドールに手をひかれ、遠ざかるレイゼラは、もう手が届かない所にいることはわかった。
ダンスを始めると、クレドールがレイゼラに話しかけた。
「父と母がレイゼラに会いたがっている。」
クレドール殿下で手いっぱいです、と叫びそうになった。
次々に恐い人が・・・
「どうして?」
「さっきの事を見ていてね。」
クレドールの言葉はどういうことだろう・・・
さっきのって、セルディの事よね。冷や汗が流れる。
楽しい誕生会を台無しにしたと思われているのかも。
助けて、カデナ様ー。
ここで思いつくのがカデナで、エイドリアンではない事に、レイゼラも少し笑ってしまう。
曲が終わると、そのまま王と王妃の元に連れて行かれた。
「母上、ご希望の妖精を連れてきました。」
殿下、恥ずかしいから、その妖精は止めて欲しい、とは口に出せない。
ヘレン妃はレイゼラに笑いかけた。
「よく頑張りましたわね。
子爵令嬢というだけで、横暴な目にあったのね。」
そうだった、この方は、男爵家の生れであった。
「陛下、私は陛下が守ってくださるので、幸せですわ。」
ヘレン妃の言葉に、嬉しそうに王が頷く。
わかった。
とびきりの美人ではダメなのだ。
男性に、自分がいなければダメだと思わせる存在。
ヘレン妃は庇護欲をわかせる女性なのだろう。
「大丈夫でしてよ。
私の誕生会に招かれざる客の人達は、陛下が考慮してくださりますから、ねぇ陛下?」
セルディとシフォンヌの処分を暗ににおわせるヘレン。
「デーゲンハルト公爵家が婚約者に欲しがるのも、納得ですわね、陛下。」
「そうだな、綺麗な令嬢だ。」
ヘレン妃が話しかけ、王が答える、これが、いつもの事なんだろう。
ヘレン妃が王を扇動しているようにしか、聞こえないレイゼラ。
「母上、僕達はあちらでシャンパンでも飲んでますよ。」
そう言ってクレドールが示すのは、テラスだ。
広間の喧騒から離れているが、薄暗がりで、クレドールとは行きたくない場所だ。
「心配だろうから、そこで待機している警護の帯同を許可する。」
レイゼラではなく、後ろに控えている警護にクレドールが言う。
いろいろな事がありすぎて、心臓がバクバクのレイゼラだ。
「ありがとうございます、殿下。」
そう言うのが、やっとである。
王と王妃の前で、テラスに行くと言う王子の言葉を断る・・・無理である。
クレドール、そこはヒーローの役だろう、と思うのは作者だけでしょうか・・・




