ダンスの相手
警護の者がクレドールの来訪を告げた。
僅かに眉を動かしたけで、カデナは通すように答える。
レイゼラは、横に寄るとクレドールの入室に合わせ、カーテシーをする。
「ダンスの練習をしていると聞きました。
男性パートが必要でしょう?」
え、と思うが顔に出してはいけない。
「あれ、嫌がらないんだ?
つまらないな。」
クレドールがレイゼラを観察するように見る。
「まぁ、殿下、どういうことかしら?」
カデナが代わりに答える。
確証がない、というだけで、エリスに毒を盛ることを指示したに違いない男なのだ。
カデナが、普通に対応しているのが、レイゼラには出来そうにない。
エイドリアンを殺そうとした人だ。
でも、この人から少しでも情報を取れれば・・・
自分の考えに恐くなる。
多分、気に入られている。それを逆手に取ろうとしているのだ。
「まだまだだな、赤くなったり、青くなっているのがわかるよ。」
クスッと笑いながらクレドールがレイゼラに声をかける。
え?と顔をあげたレイゼラの目の前に手が差し出される。
「一曲お相手を。」
カデナを見れば、頷いている。
差し出されたクレドールの手に手をのせ、覚悟を決める。
もう震えたりしない。
この人が、エッデルブルグ領のワインに毒を入れさせたのだ。
この人が、エイドリアンを半身不随にした。
この人が、王太子を全盲にした。
この人が、マイケルの右手を不自由にした。
この人が、エリスを見殺しにした!
少し上にある、クレドールの顔を見上げ、微笑んでみる。
私には、エイドリアンがいる。この人の手が届く存在ではない、と思い知らせる為に。
クレドールの手が背にまわされ、ピアノの伴奏で曲が流れるとステップを踏み出す。
「まいったな、綺麗で見とれたよ。」
「お上手ですこと。」
クスクス、とわざとらしく笑う。
「エイドリアンはダンスが出来ないでしょ、どうして練習を?」
クレドールの目はレイゼラの瞳を捉えたままだ。
男を誘っているのか、ということかしら?
「田舎娘なので、体を動かすのが得意ですの。ここでは木に登れませんから、ダンスが精いっぱいの運動ですわ。」
「木に登れるの?」
「いつかは挑戦したいわ。」
ハハハ、とクレドールが笑う。
「おしいな・・・子爵家か。
どこかの家に養子にいかないか?」
軽い口調なのに、クレドールの目は笑っていない。
クレドールの瞳を見つめ、優しく微笑む。
「興味ありませんわ。」
「この仔犬は手ごわいな。」
この人、恐い。底知れぬ恐怖を感じる。
ブルッと震えたのがわかったのだろう。
「へぇ、敏感だね。これは楽しみだ。
ねぇ、本気で僕に乗り変えない?」
「残念、タイムオーバーですわ。
次はもう少し、魅力的なお話を用意してくださいね。」
曲の終わりに合わせ、ニッコリと微笑みながら離れようとすると、手を強く握られた。
「レイゼラが微笑んでくれるなら、男はなんでもするよ。」
そう言って、レイゼラの手の甲にキスをした。
ニヤリと笑う顔は、それまでの優しい王子様の印象を覆す程の威力があった。
わかってしまった。
この人も王族だ。
王になる椅子は一つ、ヘンリクの言った言葉を思い出す。
これが、王族だ。
「私には王子様は一人で十分ですわ。」
恐怖に負けそうな自分を叱咤して、笑いかける。
「もちろんだよ。」
それは自分だ、と言わんばかりにクレドールが答える。
「仔犬は妖精に成長したようだね。」
「ただの田舎娘ですわ、放り置きくださいまし。」
無理だな、とクレドールは言い残して部屋を出て行った。
「カデナ様ーーー。」
レイゼラは、よろけた足取りで、お茶席に戻って来た。
「あらあら、よく頑張ったのに。」
レイゼラの顔色が悪かったのだろう、温かいお茶を入れてくれる。
「すごく恐いから、恐がってはいけない、とわかりました。」
レイゼラの言葉に、カデナは正解とばかりに微笑んだ。
クレドールは叡智に優れているのに、何もないのだ。
優秀な王太子の兄、兄の母は他国の王女。
それに反し、自分の母は侯爵家の養女になったとはいえ、男爵家の生まれ。
その母は野望大きく、重臣からは受け入れられない。
王になることでしか、自分の存在を知らしめられない・・・